プリン姫の冒険~ゼリー王国革命編~ 後
「チョコレートプリンマスター!」
「マスター殿、どうしてここに!?」
青い髪に灰色の目、いつものように優しく微笑んでいます。マスターはプリン姫の魔法の師匠でした。今はお城で仕事をしているはずなのです。マスターは穏やかな微笑みを浮かべ、近づいてきました。突然現れたマスターに、王様は怒って怒鳴ります。
「どういうつもりだ! 勝手に城に入り魔法を使うなど!」
「そちらこそどういうつもりなんですか? 香り高き、誇り高きコーヒーを乱用するなど捨て置けません!」
マスターは王様の前へと出て、その視線を真正面から受けました。王様はカンカンで、顔が真っ赤です。
「コーヒーとその神を愚弄するか! コーヒーこそが唯一、余に残された道なのだ。くらえ、コーヒーキャノン!」
怒りのあまり、王様は魔法を使って黒い玉を飛ばしてきました。
「チョコレートウォール!」
ですが、マスターは茶色い壁を出して玉を防ぎます。そして壁を消すと不愉快そうな顔で、王様を睨みつけました。
「それが、コーヒーの神を信奉する者の態度ですか!? コーヒー神殿に神託があったのです。ゼリー王国にて不穏な影ありと。なので神殿の依頼を受けて私が赴いたのです。陛下、あなたはコーヒーを愛し、神のためにされたのかもしれませんが、これはコーヒーを貶めているだけです。コーヒーとは無限の可能性を秘めているもの。それを一つの形しか認めないなど、愚の骨頂です!」
マスターはビシッと王様を指さして言い放ちました。王様の顔色がハッと変わります。力なく膝から崩れ落ち、悲しそうに眉尻を下げました。それほど、神託は重いものなのです。
「そんな……神のためと思ったのに、神はお認めにならなかったと」
「コーヒーへの愛を押し付けてはなりません。広めるのです」
そうマスターは優しく諭します。マスターはコーヒーの神を信じ、教会の依頼もよく受けていました。
「そうか、そうだったのか……。わかった、これからは色々なゼリーを作ってもよいことにしよう。その中で、コーヒーゼリーが一番となるように、余も努力しよう。それでいいのだな、マスター殿」
「はい、コーヒー神もお喜びでしょう」
こうしてプリン姫たちとマスターのおかげで、ゼリー王国はもとのカラフルなゼリーが並ぶ国へと戻りました。国中でプリンの騎士と魔法使いが王様を説得してくれたと話題になったのです。茶色かった湖も元のコバルトブルーに戻り、お城もミルク色になりました。
そして数日後、その湖の前にプリン姫、バニラ騎士、チョコレートプリンマスターがいました。
「すっかり元通りね。よかったわ」
にこにこと笑っているプリン姫を見て、マスターは少し残念そうに口を開きました。
「プリン姫はドレス姿に戻ってしまったのですね。騎士服もお似合いでしたよ」
「マスター……お父様とお母様には内緒ね?」
「おや、とても可愛らしく、勇ましかったのに?」
少し意地悪な顔で笑っているマスターは、どうしてプリン姫が話してほしくないのかをよく分かっています。
「もう、怒られるからに決まっているじゃない!」
むくれたプリン姫はふんっと顔を背けます。拗ねた姫に、マスターは呆れつつも愛おしそうに目を細めます。マスターにとってプリン姫はかわいい弟子なのです。
「はいはい。言いませんから、機嫌を直してください。さ、おいしいチョコレートプリンでも食べにいきましょう」
好物のプリンを出されると、プリン姫も意地は張れません。
「仕方ないわね……。でもマスター。この国、プリンがないのよ?」
「あぁ、ゼリー王国ですからね」
困った顔になったマスターに、プリン姫は胸をはって誇らしそうな顔をしました。
「だから、プリンを作って広めることにしたの。もちろん、コーヒープリンもチョコレートプリンもよ。さっそく一つ店を出したわ」
「それはいいですね。行ってみましょう」
その後三人はおいしいコーヒーゼリーとコーヒープリンを食べ、観光をしてゼリー王国を後にしました。マスターはお城に戻り、プリン姫とバニラ騎士は旅を続けます。
そして、ゼリー王国ではコーヒープリンのまろやかさと甘みが人気となり、コーヒープリン革命と呼ばれるようになりました。プリンで世界を平和にし、いなくなったお姫様を探すプリン姫の冒険はまだまだ続きます。
おわり
「ふ~ん。エリーが男に、へぇ。それでマスターが助けに来る、ねぇ」
新作のプリン姫の冒険を読み終えたクリスの冷ややかな声が、執務室に響いた。ソファーの向かいに座るカイルは辛そうに胃を押さえている。新作の原稿を見てもらっていたのだが、半分読み進んだあたりからクリスの表情が険しくなり、空気がぴりぴりしていた。
「いや……プリン姫は男装で。あと、話の流れ的に助けに来られるのはマスターぐらいしか」
魔王が降臨しそうな雰囲気に押され、カイルは言い訳のようなことを口にするが、何がお気に召さなかったのか分からない。
「男装……かわいいエリーが男の恰好をするなんて」
プリン姫の冒険で、ラウルをモチーフにしたマスターが活躍するとクリスの機嫌が悪くなるのは読めていたカイルだ。だが、男装の方にひっかかるとは……。
「いや、クリス様。あらすじをチェックした時は、了承しましたよね。騎士服を着るエリーも可愛いって言っていましたよね」
クリスは苦悶の表情を浮かべており、静かに試し読みの原稿をテーブルに置いた。
「これを読んだエリーが男になりたいと言い出したらどう責任を取るのさ」
「……え?」
エリーナへの過保護には慣れたカイルだが、今日のクリスが言っていることは一段と分からない。
「さっき、エリーが男になる夢を見たんだ。これは予知夢かもしれない……」
クリスの反応を見て話の修正を考えていたカイルは、半目になって呆れた表情になる。
「なんだそれ」
あまりにもばかばかしくて、素に戻ってしまった。クリスは深刻そうな表情で、腕組みをしている。
「エリーは男の子になっても可愛かったけど、ベロニカ様と結婚するとか言い出して……」
「まぁ、ベロニカ様ラブだからね」
「今も月に一回はお茶しているし、手紙も頻繁にやりとりしているし……取られそう」
「いや、もう結婚したよね? いつも商談の半分は惚気話じゃん?」
養子としてローゼンディアナ家にいた時も、エリー、エリーと愛が重かったが、結婚してましになるどころかさらに過保護になっていた。カイルはため息をついて原稿を受け取り、カバンにしまう。クリスはカップを手に取り、紅茶を一口飲んだ
「まぁ、話はそれでいいよ。挿絵はエリーを可愛く描いてね。あと、カラメル王子も出しといて」
「……はいはい」
カイルは了解と頷き、打ち合わせは終了と片づけを始めた。それを見てクリスは小首を傾げる。
「カイル、今日は他に仕事はないんだろ? ゆっくりしていきなよ」
「……いや、長居しても悪いし」
「せっかくカフェ・アークのプリンも持ってきてくれたし、コーヒーでも飲もう」
「あ~。けど、クリスも仕事があるだろ」
「それぐらい何とでもなるよ」
そう言われて、断る勇気はカイルになく、また断ることはできないことを長年のつきあいでよく分かっていた。
(ま、少しエリーちゃんの話を聞いたら機嫌がよくなるだろうし、つきあってやるか)
カイルは胃の痛みを紛らわしつつ、おいしいコーヒーを飲みながらクリスの話に相槌を打つのだった。
これにてリクエスト話の投稿は終了です~。お読みくださりありがとうございました!




