なんともないと放って置くのはよくありませんよ?6
治療に慣れた医師や魔術師もご一緒ですから、納得して頂けるよう、わたくしは傷のことだけでなく、菌の存在、その菌が人体に及ぼす影響についても説明していきました。
そして、わたくしがやろうとしている魔法での治療についても。
「ふーむ……にわかには信じられませんが……。しかし、ご令嬢の言い分に説得力も感じます。確かに深い裂傷を治療した後、そのような不具合をおこす者もいるにはいるのです」
「“治療”は万能ではないということですね。それにしても、そんな聞いたことのない魔法があるなんて……」
冷静な医師と魔術師は、はじめこそわたくしがなにを言い出すのかと怪訝そうにしていましたが、説明を聞くにつれて真剣な表情で聞き入ってくれました。
「いえ、傷を負った直後ならば良いのです。ただ、傷を綺麗に洗わなかったり長時間放置したりすると菌の感染が進んでしまうので、治療だけでは足りないと申しますか……」
ちらりとハル様の方を見やります。
彼を納得させることができなければ、わたくしが魔法で治療することはできません。
わたくしの話を静かに聞いて下さってはいましたが、それと納得してもらえるかは別の話です。
きっとレイ様は、彼にとって大切な人。
誰に彼にでも治療を任せられるような存在ではないはずですから。
「……何度か、手当せずに放置した者の傷から、レイ様と同じようにジュクジュクした黄色い汁が出たり、赤く腫れ上がってしまったりするのを見たことがあります」
徐ろにハル様が話すのを、わたくし達は黙って聞いていました。
「確かに彼らも、我が国の治療魔法専門の魔術師達でも完璧に元通りに治すことはできなかった」
傷はしっかり洗えと、魔術師達にそう言われていたのに……とハル様が悔しそうに震えながら零します。
そんな彼の前にそっと近寄り、心を込めて伝えます。
「どうか、わたくしに機会を頂けませんか?レイ様を、優しいあなたの主を、苦しみから救って差し上げたいのです」
子どもを庇ってできた傷。
前世のわたくしと重ねているだけなのかもしれませんね。
けれど、この、彼を治したいという気持ちは本物です。
「……私や同行しているもうひとりの魔術師には、レイ様を治療して差し上げることができない。あなた方に頼るしかないのだ。そちらの医師や魔術師、そしてランスロット殿がそれが良いと判断したのであれば……」
「……僕は、セレナにならできるだろうと思っている」
静かに語るハル様に、お兄様も優しい声で応えてくれます。
先程は止めたそうにしていましたが、わたくしの説明を聞いて表情を変えておりましたものね。
わたくしの背中を押してくださるお兄様に、感謝の気持ちで一杯ですわ。
そして、リュカ、医師と魔術師もその隣で頷いてくれます。
「ならば、私がどうこう言うつもりはありません。このままだと、レイ様の命も脅かされるのですから。ご令嬢、どうかお願い致します」
決意の表情で、ハル様がわたくしに頭を下げてくれました。
彼の、その想いに応えるためにも。
「精一杯、心を尽くしますわ」
頭を下げたままのハル様の、震える肩にそっと触れて。
ベッドで横たわるレイ様の方を振り返り、傷のある背中に向かって右手の人差し指を掲げます。
傷口の洗浄は済んでいますので、まずは殺菌から。
水魔法の基本的な魔法陣を元に、治療魔法の図形を組み合わせ、最後に書く文字は。
「“殺菌”」
わたくしの声に反応して魔法陣から現れ出たのは、キラキラとした清浄な水の粒。
傷から体内へと染み込み、僅かにレイ様の体がぴくりと反射反応を見せました。
沁みたのでしょうか。
前世の幼い頃も、転んだ後の擦り傷に消毒液をかけるとよく泣いてしまいましたものね。
……わたくしが庇った飛び出し注意の坊やは、大きな怪我はなさそうでしたが、擦りむいたりはしなかったでしょうか。
「お嬢、大丈夫ですか?どうかしました?」
いえ、今はそれを思い出している時ではありませんね。
「ごめんなさい、リュカ。なんでもないんです」
新しい魔法を使うわたくしを、リュカは心配してくれているのでしょう。
「続けます」
次は、化膿したところの治療。
こちらは治療魔法の基本図形を描き、入れる文字を漢字に変えます。
そして最後の文字は。
「“化膿止め”」
今度は銀色の光が傷口を覆い、黄色い汁が少しずつ消えていき、赤い腫れも引いていきました。
そしてジュクジュクしたところは乾き、出血も止まったように思います。
こころなしか、レイ様の表情も和らいできたような……。
現代日本ならば、ここで輸血となるやもしれませんが、さすがに血液型が分かりませんし、まず魔法で血を複製できるのかも不明です。
彼の気力と体力を信じ、食事療養でなんとかするしかありませんわね。
あとわたくしにできることは、傷を塞ぐことだけ。
そこで医師と魔術師ふたりの姿を見て、はっとしました。
わたくし、出しゃばってしまいましたが、おふたりがやるべきお仕事を奪ってしまったのでは……!
ですがここでお役目を譲るのも違う気がします。
どうしましょうと顔を青くしていますと、それに気付いたように、ああと医師が微笑んでくれました。
「我々にはお気遣いなく。このような治療法があるのかと、感心し勉強させて頂いておりますので」
「ええ、ご令嬢の噂は聞き及んでおりましたが、よもや治療魔法や医術にも明るいとは。私もこの機会に学ばせて頂いています。どうぞ最後までしっかりと治療して差し上げて下さい」
魔術師まで優しいお言葉をかけて下さいました。
申し訳なさと共に皆様のお心が嬉しくて、はい!としっかり頷き返します。
できるだけ傷跡が残らないように。
丁寧に魔法陣を描き、力を込めて漢字を書き入れていきます。
普通の治療では、足りないかもしれません。
弱った体に負担がかからないように、できるだけ元の状態に近く。
そこでわたくしは、仕上げに“治療”の前に、二文字だけ付け加えることにしました。
「“上級治療”」
どうか、彼を癒やして下さい。
そう祈りを込めて唱えると、金と銀の混じった光の粒子がレイ様の背中に降り注ぎ、少しずつ傷が塞がっていきます。
その上レイ様の呼吸が穏やかなものになり、顔色も良くなってきました。
「早く、目覚めて下さいね。ハル様も同行していた魔術師の方も、心配しておりますから」
聞こえている訳はないと思いながらも、ほっとした気持ちでそう囁きかけます。
「セレナ、よく頑張ってくれたね」
息をついたわたくしをランスロットお兄様が労って下さり、肩の力も少し抜けました。
「ご令嬢、ありがとうございました。レイ様のお顔も穏やかで……恐らく、もう大丈夫だと思います」
涙ぐんだハル様もわたくしに頭を下げてお礼を言ってくれました。
良かったですわ、きっとできるはずと思いながらも、やはり不安でしたから。
貴賓室に穏やかな空気が流た時、廊下からなにやら騒がしい声が聞こえてきました。
「――――だ!――――だろう!」
「困り――――!でん……!」
怪我人が休んでいる貴賓室の前で、何事でしょうと皆の視線が扉に集まると、よく知ったおふたりの姿が現れました。
「怪我人はここだな!?治療できる者を連れてきたぞ!」
「お待たせ致しました!あたしが来たからには、もう大丈夫ですよ!……って、あれ?」
勢いよく開かれた扉から入ってきたのは、リオネル殿下とミアさん、そのおふたりでした。
気付けば50話を越えてました。
いつも読んで頂いて、ありがとうございます(T_T)
最後まで頑張って書き上げたいと思います!!




