円舞曲は恋人達のための踊りですのよ?1
座学の試験が終わって三日後。
束の間の休息を経て、ついに実技試験期間に入りました。
今回の実技試験は、マナー、ダンス、魔法、器楽演奏、そして武術。
種類は少なくとも、時間のかかる試験が多いため、一教科に一日ずつあてられています。
マナーの試験など、実際にドレスを着込んで茶会の場を再現し、挨拶の仕方やお茶の頂き方などを細かくチェック、それだけでなく昼食を兼ねたフルコースのマナー試験や夜会ドレスの選び方など、それはそれは多岐に渡るのですわ。
初日にこのマナー試験が行われたのは、わたくしにとって良かったのかもしれません。
元々セレナは知識はありましたし、前世でも洋食マナーなど習っておりましたから、公爵家でも作法について咎められることはありませんでした。
だから大丈夫でしょうと思っていた通り、内容的には問題なかったのです。
ですが、着慣れないドレスを長時間着用するのは正直、辛いものがありましたわね。
試験はほぼ丸一日ですもの、ダンスの練習に二、三時間着ているのとは訳が違いましたわ。
前世で着物を一日中着ているのには慣れていましたが、それとドレスは別物だったようです。
まあそんな予想外の難点はありましたが、なんとか試験は乗り越えることができました。
ジュリア様とエマ様という精神的な支えがあったことも大きいですわね。
試験のテーブルが一緒で、緊張が解れましたもの。
一番体力的にも精神的にも辛いこの試験が最終日だったなら、わたくしのドレスに慣れない体は最後まで耐えられなかったかもしれませんね。
そして二日目は器楽演奏。
この世界には、前世と同じようなピアノやヴァイオリンなどの楽器が存在しています。
意外にも……というと失礼かもしれませんが、ピアノ専攻のミアさんはなかなかの腕前でした。
平民だった頃にはなかなか触れられなかったと思うのですが、男爵家に来てから猛練習したのでしょう。
もしくは、とても才能があったか。
いずれにしろ、ヒロインとしての魅力ばっちりですわね。
わたくしも前世は琴を嗜んでおりましたが、さすがに洋風のこの国では、琴は見たことがありません。
というわけで前世の技は活かせませんが、セレナも音楽の才が全くないわけではなかったので、ピアノもヴァイオリンも、(緊張しなければ)それなりに弾けます。
ですが、ミアさんやエマ様、ジュリア様の演奏には劣りますわね。
立派な悪役令嬢を目指す身としては悔しいですが、これは仕方ありません、わたくしは非凡な人間ではないのですから。
一度にあれもこれもは無理です、少しずつ積み重ねていくことにしましょう。
ということで三日目。
今日はついにダンスの試験の日です!
時々早くお帰りになるお兄様方やリュカに相手役をお願いして、厳しいけれど指導力のある先生に教えて頂いたことで、我ながらなかなか上達したと思います。
リオネル殿下がお相手役ということだけが、少々気にかかりますが……。
果たして素直に悪役令嬢と踊って下さるでしょうか?
「お嬢、そろそろ時間ですよ」
「あ、今参りますわ」
自室で支度を終えたわたくしを、扉の向こうからリュカが呼んでくれて、腰を上げます。
強い赤をベースに黒のレースや金の刺繍が入った、今日の日のために誂えたザ・悪役令嬢ドレスを翻し、わたくしは扉を開きました。
なぜ制服ではないのかというと、マナーやダンスの試験の日は、各々ドレス姿で登校することになっているのです。
普段よりも登校時間が遅めになっていることからも分かるように、大変時間がかかるのですよ、ドレスというものは。
今日はドレスに合わせて以前のセレナに近い、少し悪女っぽいものに仕上げてもらったため、特に髪のセットや化粧にもかなりの時間を要してしまいましたし。
まあ着物もなかなか準備が大変でしたけれど。
舞台に上がっていたあの頃を懐かしく思いながら、リュカの手を借り馬車に乗り込みます。
しかし今回は、前世の舞台とは違います。
修練を積んできたとはいえ、試験の始まるのが怖いような、楽しみなような……。
「大丈夫ですよ、お嬢」
会話のなかった車内に突然響いたリュカの声に、いつの間にか俯いていた顔を上げると、優しい眼差しと目が合いました。
「厳しい練習を積んできましたし、努力も重ねてきた。今日のお嬢は特別綺麗なんですから、胸を張ってその美しさを見せびらかせば良いんですよ」
わたくしの不安を読んだかのように、リュカが励ましてくれたのです。
「あんた、“悪役令嬢”なんでしょう?そんな緊張で震えてる悪役令嬢なんて、三流役者ですよ」
「……そうですわね。わたくしとしたことが、立派な悪役令嬢になるという目的を忘れていました」
胸を張って、堂々として。
美しく、気高い。
それが、わたくしの目指す悪役令嬢。
「ありがとうございます、リュカ。もう大丈夫ですわ。わたくし、今日の試験でミアさんを圧倒させる舞を披露いたしますから、見ていて下さいませね」
「上等。楽しみにしてますよ」
にっとしたリュカの悪戯な笑顔に勇気をもらって、わたくしは馬車から降り、今日の舞台へと続く一歩を踏み出したのです。




