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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」後問
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11



 魔法の障壁の中で。

 フィリアは周囲を見回してうろたえる。

 宿屋の壁が破壊された。

 剥き出しになった一室から。

 外で数体のミーニャルテが角度を改めようと身をくねらせる姿が見える。

 また第二、第三の雷が襲う。

 衝撃がミストに伝わり、苦しげな息を吐く。

 支えるフィリアにも、微弱ながらそれが伝わってきた。

 凄まじ負荷である。

 これ以上連続したなら……。

「フィリア」

「えっと」

「私に力を貸して欲しい」

 フィリアは差し出された手を見た。

 たちまち顔色が青くなる。

 力を貸す。

 それは是非(ぜひ)もない。

 しかし。

「わ、私の力で……本当に?」

「はい」

 フィリアの目に緊張が走る。

 現状の打破に必要だと言われた。ミストやタガネが言うように、そんな自覚もなく、他人に断言されても自信が湧かない。

 ミストにとって勇気の象徴。

 そんな誇らしい存在として認識された。

 ただ、窮地に立たされて祈りすら出てこない。

 常に祈りの力の強さを信じてきた巡礼者なのに。

 聖ヘルベナ教徒としても。

 ミストの勇気の象徴だとしても。

 自分の力が助けになる。

 その自信だけが湧かない。

 むしろ、事態を悪化させる場合だってあるかもしれない、そんな予感すらする。

 守られているだけなのに。

 フィリアが挫けていた。

「フィリア?」

「私の力なんかで、本当に何とかなるんでしょうか」

「ええ」

「どうして」

 ミストの体にまた衝撃が伝達された。

 激痛を覚えて、自身の体を抱く。

 もう人体が悲鳴を上げていた。これ以上、この魔法での耐久は難しい。

 ミストがフィリアを見つめた。

「フィリア、怖いですか?」

「……はい」

「それは、仕方ありませんね」

 ミストは苦笑して。

 フィリアの手に杖を握らせる。

 その上に、自分の手を重ねた。

「ミストさんは、やっぱり強いです」

「ん?」

「私はきっと、守る物があっても戦えない」

「どうして」

「だって、この状況で弟じゃなくて、自分の命のことで必死なんです。ミストさんの無事よりも、自分のことばかりで……」

「…………」

「自分のせいで事態が悪くなる責任感ばかりを先に恐れて……」

 フィリアの声が小さくなる。

 ミストは首を横に振った。

「それは人間として当然の心理です」

「え?」

「守るべき物は、私に勇気を与えて戦場に立たせる。戦場で戦い続ける理由になります」

「はい」

「ただ、奥底では自らの身を案じています」

 ミストが自身の胸に手を当てた。

「それを失うことで、その絶望を感じた自分の未来が、怖いんですよ」

「未来の自分……」

「結局、人は自分のことばかりです」

 防壁にミーニャルテが激突した。

 ついに魔法障壁が破壊される。

 ミーニャルテの巨体は他方向に逸れ、二人は床の上を転がった。爆風になぶられて、風圧にたえて立ち上がる。

 もう宿は原形も留めていない。

 その残骸の上に二人だけが健在だった。

 膝の折れたフィリアの肩に。

 ミストが手を乗せる。

「けれど」

「……?」

「もし、その守るべき物が隣で一緒にいてくれたら、何よりも勇気が出ると思うんです」

「……あ」

「自分だけのために戦っているのではない、と本当に思わせてくれる」

 ミストが改めて。

 フィリアの手を固く握りしめた。

「大丈夫、あなたの祈りには力がある」

「私の、祈り」

「そばにいてくれるだけで」

 繋いだ手から淡い光があふれる。

 二人を中心に、また五色の魔力が周囲に散る。

 今度は方形の障壁となった。

 フィリアも、口元を引き締めて。

 ぐっと瞼を閉じて、その手を額に寄せる。

「さあ、祈って下さい」

「はい」

「あとは私が導きます」

 光が二人の手のみならず。

 全身にまで波紋のように波及した。

 フィリアの体から白い魔素が溢れる。

 魔法障壁の壁面に、幾何学模様(きかがくもよう)が浮かび上がった。五色に変遷する壁の色が白くなり始める。

 それを見て。

 二人に(たか)っていたミーニャルテが身構える。

 突撃の姿勢に入った。

『ギルルルルルァアア!!』

「フィリア!」

「はい!」

 二人の声に呼応して。

 障壁の周囲に、五色の魔素で生成された槍が出現した。屋敷の大黒柱に匹敵するほどの巨大さにまで成長し、一体ずつへと差向けられる。

 ミストは小さく笑みをこぼす。

 これまで防戦一方だった。

 ただ。

 二人なら、攻防の二役をこなせる。

 フィリアの強力な魔力を防御に転換すれば、自分の障壁に遜色ない、いやより強い防御力を発揮する。

 彼女にはそれだけの資質があった。

 ミストが彼女から溢れる魔力を、わずかな自分の魔力で調整し、防壁の形へと整えた。

 本来なら、これでも高度な技巧である。

 これぞ宮廷魔導師と言われる所以(ゆえん)の技量がなせる所業だった。

 ただし。

「さて」

 ミストの魔法の練度(れんど)は高い。

 それでも、最も得意とするのは戦略的に相手を鎮圧する力――攻撃の方向だった。

 魔法障壁はフィリア。

 槍はミストの手によって。

 恐らく大陸でも比類なき高度な魔法が発動された。

「終わらせます」

『ギルルルルル!!』

「夕立ちは過ぎ去っていくもの」

『ギ……!?』

「いつまでも同じ時間に固執するな。立ち去りなさい!」

 ミストが手をふるった。

 その挙止に合わせて、槍が放たれる。

 光の()を引いた彗星のような姿で、突進を繰り出そうとしたミーニャルテを先んじて爆撃する。

 炸裂する暴力的な魔力。

 衝撃波で一帯の建物も消し飛んだ。

 ミーニャルテが閃光の中に儚く溶けた。

 そのうち。

 一体は胴を抉られながらも魔法障壁に突っ込み。

 触れた部分から白い粒子となって崩壊した。





 宿に密集していたミーニャルテ。

 それが消滅したのを合図に、積乱雲が消える。

 頭上に星空が広がった。

 天井が崩落しているので、二人にはよく見えていた。

 ミーニャルテの脅威が去ったと知って。

 二人は魔法を解除する。

「やりましたね」

「はい……」

 そして。

 次々に下の路地では人が光の中から現れ、地面に倒れ込んだ。

 フィリアが身を乗り出してそれを見る。

「あ、あれは?」

「ミーニャルテに捕食された人々です」

「え」

「消化される前だったんでしょう」

 フィリアは胸を撫で下ろすとともに。

 まだ状況が飲み込めていなかった。

 ミーニャルテによる最後の突撃。

 一度だけだが、自分の魔法障壁が自分たちを守った。

「フィリア」

「え、あ、はい!」

 呼ばれて振り返ると。

 ミストが微笑んで手を差し出していた。

「助けてくれて、ありがとう」

「…………!」

 たった一言の感謝。

 フィリアはそれを聞いて、その場に泣き崩れた。







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