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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」後問
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10



 頭上でとどろく霹靂(へきれき)

 タガネの掲げた剣先へ、雲中から迸った光が落ちる。高空と地上、その距離感をものともしない速度だった。

 タガネの視界が白く染まる。

 直後。

 至近距離で爆風が発生した。

 土砂が飛散し、広間の半面が崩れ落ちる。

 中心にいた二人は、弾き飛ばされて転がった。魔神教団の数名が光の中に消滅し、首飾りにいざなわれた人間たちは吹く風に押されて転倒する。

 強烈な落雷。

 誰も耐えられない衝撃だった。

 タガネは跳ね起きて体勢を直す。

 (かたわ)らのマリアは気を失っていた。

 思わず舌を打つ。

「何が起きやがっ――」

 状況を確認しようとして。

 広間の半面が消し飛ぶ惨状に絶句する。

 そして。

 消えた地面を埋めるように、空から高台に突き立つ黒く長い塔がそびえていた。

 いや、塔などでは無い。

 艶を帯びた鱗が見受けられる。

「ミーニャルテ……!」

『キルルルル』

 塔の全体がうごめく。

 雲の中へ体を引き、顔を持ち上げたミーニャルテと目が合う。まぶたを瞬かせる単眼に、はっきりとタガネの姿が映されていた。

 二つの(おとがい)を打ち合わせ、かちかちと不気味な音を立てる。

 蛇ではあるが、体躯も外観も尋常ではない。

 これが雲の魔獣。

 それも、先刻は光となって降りてきた。

 つまり。

 人の視認可能な範疇(そくど)すら超越した域から、天下へと落下してきたのだ。

 タガネも剣には自信がある。

 技も、力も、剣速も……。

 ただ、それで処理しうる相手ではない。

 そう直感で悟った。

「光速の魔獣か」

 マリアを背にして。

 ミーニャルテに立ちはだかった。

 捉えられない領域の速度。

 桁外れの敵に、いかにして対抗するか。

『キルルルルッ!』

「くそ、考える時間も――」

 ミーニャルテの総身が光る。

 これが攻撃の予備動作!

 タガネは剣を前に構えて、再び光に包まれた視界に思わず目を瞑る。次は右側で衝撃波が爆裂した。

 胴を横殴りに襲って来る。

 左へとマリアもろとも弾かれた。

 地面にもんどり返る。

 直撃していない、それでも余波でこの威力。

 下手をすればヴリトラより厄介だった。

 タガネは剣にすがって立ち上がる。

「勘頼りってのが不安だな」

 やはり見えない。

 どうあっても、襲われる瞬間が視認不能。

 広間を横断するミーニャルテの胴体が、ずるずると地面をえぐりながら戻る。また発光したとき、食われるかもしれない。

 見えなければ斬れない。

 ミーニャルテの体が光を放った。

 再び剣を構える。

 爆風に薙ぎ払われ、またもタガネはマリアとともに広間を跳ね転がった。一条の光と化して突進する攻撃になす術が無い。

 立ち上がって、ミーニャルテを睨む。

 第三、第四、第五……と続けざまに攻撃。タガネは同じことを何度も繰り返し、そのつど土にまみれて体を地面に激しく強打する。

 飽くことない雷光の一撃。

 やはり目では、技では、剣では終えない。

 このままだと、本当に捕食される。

 このまま、だと………。

 そう考えて。

 タガネはふと違和感を覚えた。

「……なんでだ」

 浮上した疑問。

 それは二つあった。

 タガネは、改めてミーニャルテに正対する。

 幾度目かの雷の突進。

 タガネは爆風と衝撃に巻かれて宙を舞い、同じく空中に放り出されたマリアを抱えて、地面に落下した。

 やはり。

 確信が胸の中に根付く。

「こいつ、曲がる」

 一つ目の事実。

 それは、これだけ突進を仕掛けても直撃が無いこと。相手を微塵の肉片にすらできる威力を有していながら、全く捉えられていない。

 そして二つ目。

 直撃の寸前のこと。

 それは『前回の時間』で見た光景である。頭上から降りてくるミーニャルテの口腔と牙が見える瞬間があった。

 フィリアも自身を襲う影として視認した。

 光速で動くのに、どうして目視できたか。

『ギルルルルッ!』

「借りるぞ」

 タガネは魔剣を構えながら。

 足下に倒れるマリアの銀剣を手に執る。

 ミーニャルテが光を放出した。

 狙いをすまし、その(タイミング)に合わせ。

「これでもやるよ」

 銀剣を前へとなげうった。

 ミーニャルテが雷となって奔る。

 広間を撹拌(かくはん)するような轟音が風となって突き抜け、翻弄されるタガネたちは、何度も地面を激しく輾転(てんてん)する。

 やがて。

 空気を切り裂いた大蛇の胴体。

 その鱗が毛のように逆立つ。

『ギルルルルルァアア!!』

「はい、大当たり」

 はるか後方で。

 ミーニャルテが血反吐を撒いていた。

 喉から込み上げる血潮が滝となってあふれる。

 激痛で悶えていた。

 直線軌道で迫ってくるのなら、物を前に投げれば必中である。何せ、相手は自ら飛び込んで来るのだから。

 簡単な作業である。

 その最中で凶刃が体内に投げられたなら。

 それは致命傷となり。

「そして、動きは止まる」

 タガネはその間に立ち上がり。

 胴体めがけて剣撃を叩き込んだ。

 隙間から刃を入れ鱗を切り飛ばし、生まれた傷口から繊細かつ猛烈な勢いで斬り刻む。

 ミーニャルテが悲鳴を上げた。

 それも意に留めず。

 ひたすら鋼の洗礼を浴びせる。

「どうした、もう終いか?」

 剣鬼に獰猛な笑みが浮かぶ。

 顔を血に濡らし、凄然とした気迫で胴体を深く刻んでいく。

 そこからも滂沱と流血がほとばしる。

「それと、ミーニャルテ」

『ギルルルル!!』

「おまえさん、老眼か」

『ギッ………!』

 タガネは胴体に飛び乗る。

 そのまま、剣を下に突き立てながら疾駆した。

 血がタガネを追うように傷口から噴き出す。

 そして。

 わずかな時間で頭の上に乗った。

「ま、単眼にはある話だよな」

『ギルルルル!』

 タガネの確信。

 それは、ミーニャルテが遠視(えんし)であること。

 これは、この魔獣の特性だった。

 本来は高空から獲物を捕捉し、一気に下降して捕食する習性がある。なので、そも眼球が遠い物の輪郭を捉えることに長ける半面、至近にまで寄ると逆に明瞭(めいりょう)に認められない。

 だからなのか。

 よく近くのタガネを狙って突進すると。

 必ず別方向へと逸れていく。

 むしろ、最初にきた天空からの一撃の方が、まだ命中精度が優れていた。

 タガネにとって、近くに招いてしまえば。

 なんら造作も無い魔獣だった。

「さあ、時間だ」

 タガネが剣先を足下にかざす。

 ミーニャルテの動きが止まった。

「この厄介事の仔細は――」

『ギルルルル』

「おまえさんの中にいる人に訊こう」

 ためらい無く振り下ろす。

 単眼を貫いて、凶暴に鋼が肉を食い破る。

 そして、突き刺した状態で剣を自身へと引き、傷を大きく広げた。

 視界をおおうほどの血しぶきが舞う。

 満身に浴びて、タガネは赤く染まる。

 しかし、口元は笑っていた。

「やはり、いやがったな」

「ひっ」

 掻き斬った眼球のさらに奥。

 そこに、少年がいた。

 体には魔神教団の白い僧衣を着用している。もっとも、今は血染めで変わっているが。

 タガネは、その襟首をつかんで。

 一気に引き抜く。

 ミーニャルテの総身が脱力した。

 明らかな絶命反応。

 タガネはそれを確かめてから。

「さて」

「う、嘘だ……うそだ!」

「今回は女では無いみたいだな」

 ミーニャルテの上に引きずり出し。

 足で右手を、剣で左手、最後に片手で顔面をつかんで押さえる。

「お、鬼だ……!」

「癪だが正解だ」

 顔面を捕える握力を強くして。

 タガネは港町の北側を見た。

 街中は静かだが、宿屋の方角だけに落雷が集中している。いや、ミーニャルテが群で迫っている。

 もしや。

 あれらもすべて……。

「大丈夫か、あのお二人さん」

 二人の身を案じつつ。

 タガネは足下の少年を踏みしめて笑う。

「さあ、尋問の時間だ」

 声は、憎悪で染めていた。





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