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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」後問
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 杖を片手に。

 ミストは窓から板状に()()()()窓枠の上に座っていた。

 護衛対象はフィリア。

 雲の魔獣から守るべく、窓外から積乱雲を睨んだ。雲の進行速度というものは恐ろしく早い。

 なにせ風に乗るのだから。

 人の足では追走も敵わない。

 そんな速さで来るとなれば、その内側に潜む魔獣も俊敏であると予想される。いかにして屋内の人間を強襲するのか。

 正直、見当がついていなかった。

 そもそも。

 文献(ぶんけん)でも姿形が曖昧だった。

 みずからが生み出す雲霞に潜む。

 獲物を食らい、時間を歪める。

「もう少し情報が欲しいですね」

「ミストさん?」

「何でもありません」

 案じるフィリアの眼差し。

 ミストは手を振って毅然とした姿勢を取る。

 魔剣の証言では、敵は蛇体。

 雲から伸びてくるとされていた。

 ならば。

 垂直落下の勢いで獲物に肉薄する手法で来るのかとも想像できた。それも、タガネを捕食するほどの速度で。

 なら、屋内だと……。

「フィリア、私のそばへ」

「は、はい」

「防護壁を展開します」

 フィリアが床を杖で軽く叩く。

 その場所を起点に。

 放射状に五色の光が外へと散った。それぞれが壁や物に衝突すると、その色をした半透明の膜を作って部屋を包み込む。

 二人を中心とした半円(ドーム)状の防壁が完成した。

 フィリアが賛嘆の声をもらす。

「きれい」

「これで頭上からの襲撃は対処可能です」

「頭上?」

「はい」

 頭上からの襲撃。

 それはミストにとって思い出深い。

 何せ、この魔法を発動させて、ヴリトラに防壁もろとも呑み込まれた。ただ消化されないよう魔法を維持し、体力だけを削られるという辛酸(しんさん)を舐めさせられた。

 敵はヴリトラではない。

 しかし、同じ手段で来るなら。

 それに(かな)った対策を講じた。

「この防壁に触れてはいけません」

「どうしてです?」

「触れると炎に焦がされ、氷に貫かれ、雷に焼かれ、風に裂かれ、肉が腐ります」

「き、気をつけます!」

 凶悪すぎる性質の防壁。

 興味本位で触れようとしていたフィリアは、悲鳴混じりに手を引っ込めた。

 ミストはくす、と笑う。

「あとはタガネ達に任せましょう」

「大丈夫ですよ」

「そう、なんですか?」

「彼は強いですから」

 強い信頼をもって。

 ミストはしっかりと断言する。

「信じて待ちましょう」

「……良い、んですかね」

「どういう意味です?」

 実力を疑われたと思い。

 ミストが顔を険しくした。

「さっき、タガネさんが言いました。私の魔力は強いって」

「ええ」

 その通りだった。

 ミストが寝床にしている教会へもどった際、その中に強い魔力反応を感じて、いちどは警戒した。

 結局、中にいたのは魔法に心得もない無害な聖ヘルベナ教の信者だったが。

「私には力があるのに、人を助けられない」

「方法を知らないだけ。無理はありません」

「でも」

「剣や杖を執るのは、私たちの役目」

「…………」

「あなたは祈っていて下さい、成功を」

 ミストなりの気遣い。

 しかし、フィリアが首を横に振った。

「でも、足かせですよ」

「違います」

「…………」

「私は国土を守るために戦っていました」

「え?」

「本来、私は臆病なのです。虫すら怖くて触れない人間ですよ」

「でも、強い魔法使いさんですよね」

「ええ。そうなれたのは戦うとき、守りたい物がいたから、私は敵に立ち向かう勇気ができた」

「…………」

「あなたは護衛対象であり、私の勇気の象徴です」

 窓外で雷鳴が響いた。

 ミストはフィリアを背に庇う。

 杖先に魔力をこめて臨戦態勢になった。

 頭上への注意は要らない。

 雲の中には、無数のミーニャルテが群棲(ぐんせい)しているとされる。

 迫る一体ずつ撃破するだけ。

 高台の個体は、タガネが請け負う。

 自分はフィリアを守るだけだ。

 改めて決意を固くして。

 そのミストの頭上に強い魔力反応が現れた。

「来ますよ!」

「はい!」

 窓の外が白く染まった。

 空が光って。

 真上から落ちた雷が宿屋を両断した。

 音よりも速く、衝撃が防壁を軋ませる。それは防壁に魔素を供給して維持するミストにも伝達される。

 体に一瞬だけ強い圧力がかかった。

 苦悶の呼気(こき)をもらす。

 落雷は防壁によって逸れて、隣室から階下までを貫通した。ようやく遅れて音が辺りに響き渡る。

 衝撃の余韻(よいん)もおさまって。

 すぐさまミストは頭上を見る。

「な、これは……」

 防壁を襲った衝撃。

 それは雷ではなかった。

 天井は大きく裂け、その間から稠密な黒い鱗の胴体が伸びている。それは半円(ぼうへき)の上にのしかかり、そのまま隣室を穿って下階にまで及ぶ。

 尋常ではない長さ。

「蛇……?」

「これが、ミーニャルテ」

 人を丸呑みできる太さの蛇の胴体。

 それがゆっくりと上昇する。

 上への引きもどされていき、防壁の外側に魔獣の顔が現れた。

 頭頂にある一つの目が二人を睨む。

 下顎(したあご)の下にも牙が生え揃っており、()()()()()()を有していた。二重層になっている顎から、先の割れた二本の舌が伸びて防壁をなめる。

 フィリアが悲鳴を上げそうになり。

 ミストがその口を片手でふさいだ。

「静かに」

「むご」

「敵を刺激してはいけません」

 冷静に対応して。

 しかし、ミストも内心で戦慄している。

 予測どおり、頭上からの奇襲。

 ただ、その速度は想定を大いに凌駕していた。

 雷とともに落ちてきた。

 否。

 雷となって落下してきた。

 つまり、このミーニャルテ。

 雷の速さ、いわゆる光速でこちらに迫って来たのだ。

 だから、あの衝撃、あの威力。

 人に処しおおせる速度ではない。三大魔獣ほどでないにせよ、強力である。

 人を襲わない魔獣の本気。

 それがミストを恐怖させた。

 防壁が無かったら、瞬きすら許さず食われていただろう。

 それに。

「防壁に触れても無事、ですか」

 ミーニャルテは防壁を舌でなめる。

 その舌先が炎に焦がれ、瞬時に凍り……防壁に付与(ふよ)した通りの効果が見受けられるも、全く外傷は無かった。

 魔法に対して頑強なのかもしれない。

 驚きで心臓が早鐘を打つ。

「厄介ですね」

「ミストさん、大丈夫ですか?」

「ええ……!?」

 ふたたび雷光。

 次は窓を破壊して、横合いからミーニャルテの顔面が防壁を殴った。強烈な一撃に防壁が揺らぎ、ミストも思わず横へ弾かれた。

 慌ててフィリアが受け止める。

「方向に規則性はない、と……!」

「ミストさん!」

「大丈夫です」

 ミストは己が失策をさとった。

 ミーニャルテは強い魔力を好む。

 数ある動物の中で、獲物と定めるのはその特徴がある個体だけだ。

 ならば、宮廷魔導師。

 並びに、それに匹敵するフィリア。

 それが一ヶ所にいれば、ミーニャルテも集中するだろう。加えて、魔法を使っているとなれば、強い魔力を嗅ぎつけて、こちらに殺到する。

 これでは守る意味がない。

「……まずいですね」

「ど、どうしますか」

 できれば反撃に転じて撃退したい。

 防壁を展開中は攻撃を両立させることが難しい。だからこそ、それを兼用する迎撃用の防壁へと仕上げた。

 ところが、その効果も薄い。

 防壁を解いて強烈な一手をみまうか。

 光の速さで肉薄する敵には愚策である。

 なら、方法は。

「フィリアさん」

「な、何でしょうか?」

「今から防壁を強化します」

「はい」

「あなたの力を、貸して下さい」

「……はい?」

 フィリアはその言葉を理解できなかった。

 真剣そのものの表情のミスト。

 見つめ合って、数呼吸の沈黙。

「わ、私の!?」

 やっと意味を飲み込んで。

 フィリアは素っ頓狂な声を上げた。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・雷となって落下してきた。 つまり、このミーニャルテ。 雷の速さ、いわゆる光速でこちらに迫って来たのだ。 ・防壁を解いて強烈な一手をみまうか。 光の速さで肉薄する敵には愚策である。 …
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