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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」後問
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 フィリアが慄然(りつぜん)と固まる。

「食われる、瞬間……」

「俺やマリアの場合は、それしか考えられん」

「マリアも?」

「食われる瞬間を夢の中、と認識してる」

 タガネは魔剣を床から引き抜く。

 水晶が弱々しく明滅を繰り返す。

『おなか、空いた』

「安心しろ。馳走の目処は立った」

 タガネは鞘に納める。

 魔剣の発声にも魔素を要していた。斬った相手から吸収した力を糧に人格を取り戻したはいいが、それでもまだ微弱である。

 言語能力の発達した最期の頃のレインと比較して、まだ幼いのはその所為だった。

 ただ。

 幸運なことにこの町に養分はある。

 繰り返すとき、レインは逆にミーニャルテの魔素を吸収していたので、こうして対話の可能な段階まで成長していた。

 さらに、これから斬るべき敵はいる。

 空腹は満たされるだろう。

 ともかく。

 この怪異な状況は、概ね魔獣であることは判明した。あとは、その主犯者たちを全員さばいて終止符を打つだけ。

 しかし。

 ミストだけは納得していない。

「疑問があります」

「なんだ」

「一つ、魔獣が標的とするのは何者ですか?首飾りを与える者はともかく、どうして無関係なタガネ、マリアも?」

「た、たしかに」

「二つ、魔神教団の目的は?」

 タガネは肩を竦める。

 自身の胸を叩いて、卑屈な笑みを浮かべた。

「まず捕食対象は決まってる」

「どうして」

「強い魔力反応を発している者。フィリアには、特にミスト並みに強い力を感じる」

「え、私が……?」

 フィリアが驚いて。

 その隣ではミストはためらい無く頷く。

 魔剣(レイン)は反応しなかったが、以前にも感知した魔力が弱体化していると何も発しない。物事を静観していた魔剣は、すでにフィリア自体と会うのは数回あったことで無反応だったのである。

 そう、弱体化していた。

 フィリアの魔力が当初より衰えている。

「タガネの話が正しければ」

「ああ」

「ミーニャルテが捕食を繰り返す度に、少しずつ魔素の総量が減退します。時間の流れを歪めても補えない副作用のせい」

「つまり」

「繰り返せばフィリアは死にます」

 今度こそ。

 フィリアは顔を絶望の一色に染めた。

 長い巡礼の果てに、ようやく夢見た家族との再会が目前にあるところで、自分の命を奪おうとする災禍(さいか)に見舞われている。

 もし。

 あと少し気付くのが遅れていたら……。

 その想像に全身に悪寒が走る。

「すまん、主題からそれた」

 タガネが窓外を見遣った。

 雲は着々と港町に接近している。

「魔神教団は魔力反応の強いやからに首飾りを配って一所に集めてようと画策した」

「でも高台以外のタガネも襲撃されてます」

「高台に来る個体にだけ選別された魔力を与えたいんだろ」

「その個体だけに限定する理由は?」

「……それは後で判る」

「ミーニャルテが人を襲うのも」

「そこに端を発する」

 タガネは首飾りの残骸(ざんがい)をつかむ。

 それは懐中に入れた。

「俺は高台に行く」

「私も行きます」

「助かる」

 タガネは高台に向かう方針を口にした。

 言外(げんがい)に、魔神教団を襲撃する意思を示唆している。それを察して、ミストも同行を願い出た。

 宮廷魔導師の参戦。

 これ以上ない助勢である。

「私も、行きます」

「……首飾りは破壊した」

「はい」

「もう、おまえさんが食われる心配は無い」

 フィリアが顔を伏せた。

 胸前で握った拳を見つめて沈黙する。

 やりきれない思い。

 魔神教団が本当に暗躍していたのなら、魔獣の餌として利用されていた。それが許せない一念が強く胸の中にあるのだ。

 それが窺える様子に。

 タガネはふんと嘆息する。

「連れて行くべき」

「は?」

 ミストの発言に。

 タガネは思わず呆けた声を出す。

「あれは一度定めたら、餌を逃しません」

「……要するに」

「一人にするのは危険ですね」

 タガネは、がっくりと肩を落とす。

「高台の個体を倒せば済む」

「なら」

 ミストが自身の胸を叩いた。

「私が警護します」

「……俺は単騎でか」

「あなたなら大丈夫です」

 きっぱりとミストが言い切る。

 意外な一言で、タガネは目を剝いた。

 いつもは素っ気ない魔法使いから実力への信頼を感じられ、やや気が確かか疑う。

 そして。

 自身の発言をかえりみて。

 ミストが赤くなった顔をそらす。

「なら、俺一人で……」

『レイン一緒』

「……そうだな。あとは、あのじゃじゃ馬を連れて行くか」

 タガネは戸口に向かった。

 その後を、フィリアが追う。

「あの」

「うん?」

「……頑張ってください」

「おまえさんを助けるわけじゃない」

「え?」

 灰色の瞳が肩越しに見る。

 フィリアは射竦められて緊張した。

 あの、出会った時と同じ剣のような冷たさが彼の全身から漂っている。本能的に危険を臭わせる気配だった。

「俺は傭兵だからな」

「……はい」

「それにミストもタダ働きはせんだろ」

 ミストの身なりを見てのことだった。

 誰の目にも、生活が困窮しているとわかる。

 傭兵のタガネとしては、当然の価値観から来る判断だった。

「私は宿に泊めて貰っています。それで充分」

「え、そんなことで」

「良いんですよ」

 ミストが微笑む。

「俺の報酬が用意できるなら、そっちに高台の魔獣が行かないようにするのは可能だが」

 報酬の要求。

 傭兵ならもっともな話だろう。

 ただ、支払わなくてもフィリアは結果的にタガネに守られる。彼もまた被害者であり、これから諸悪の根源を絶ちに行くのだ。

 利害の一致。

 払う必要性は皆無だった。

「なら」

「ん?」

「西方島嶼を訪れたとき、私の家に無賃で宿泊できるのと……案内を」

「……本気で言ってるのか」

「はい」

 タガネは憮然として彼女を見る。

 フィリアの瞳は真っ直ぐだった。

 本気なのは間違いない。

「……了解だ」

 タガネは扉を開けて廊下に出た。

 途中で船乗りに尋ねた計算から、積乱雲の到着まであと一時間。その間にマリアに合流し、決戦に挑まなければならない。

 敵は魔神教団。

「今度こそ、訊かせてもらうぞ」

 剣鬼の顔となって。

 タガネは夕空の下を駆けた。





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