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タガネが魔剣を引き抜く。
水色の光沢に濡れる剣身が露になる。
刃区に巻き付く螺旋状の鍔。その交差点の一つは傘のように左右に手をひろげ、中心には青い水晶が装飾されていた。
タガネは鮮やかな手捌きで一旋。
剣先を床に突き立てる。
突然の行為に面食らって、二人は凝然と彼を見つめた。
その視線を受け止めて。
「安心しろ、正気だ」
「なおさら心配なのですが」
心外だと顔で語るタガネ。
フィリアには、先のことよりもタガネの素行が案じられる。階下の天井に突き抜けていなければ良いが。
ともあれ。
唐突な抜剣に続く行動。
その真意がわからない。
ミストと共に魔剣を注視する。
魔剣の柄頭にタガネの手が乗った。
「レイン、頼む」
『ん。……りょー、かい』
タガネの言葉に。
魔剣から発せられた幼い声が応答する。
フィリアは驚愕し、ミストの顔色が蒼くなった。
鍔の水晶が発光する。
『レインが、せつめーする』
「え、あ、お、お願いします!」
とっさにフィリアは頭を下げた。
魔剣の発声には驚かされたが、発音の拙さから説明も十全に行われるか疑問を呈する他ない不安が勝った。
魔剣が小さく揺れる。
『これは四回目の今日』
「四……!?」
『白いぽわぽわの中から長くてダメなぴかぴかが出て、人を食べてた』
「ぽわ……ぴか?」
初っ端から独特の表現で語られる。
フィリアは途方に暮れて目をまたたかせた。
タガネがため息を吐く。
「俺しかわからんか」
「あの、翻訳お願いします」
「積乱雲の中から蛇のような魔獣が出現し、人を喰らっていたらしい」
「あ、だから白いぽわぽわ……かわいい」
タガネが咳払いを一つする。
ミストへと視線を運ぶ。
「今の説明からの推察だが」
「うん」
「この現象の特徴から、そのミーニャルテとかいう魔獣の仕業なのは間違いない」
「じゃあ、私を襲った影って……」
「食われる瞬間を記憶してるのかい」
「はい」
フィリアが首肯する。
その隣でミストが手を挙げた。
「でもミーニャルテは人を捕食しない」
「発見された異例は?」
「記録上は無い」
魔獣ミーニャルテ。
捕食した動物の時間を円環状にして、同じ経緯を何度も辿らせる。その回数分だけ魔素を食らって養分にするのが目的。
ミストの補足。
捕食によって魔素が充足すれば、被捕食者を肉ごと消化し、時間の流れを修正する。
人間は襲った例のない稀少な種類。
だからこそ。
人を襲うミーニャルテ。
それがこの異常さそのものを語る。
「ミスト、おまえさんは?」
「……私は時間の異変は知らなかった」
「妙な既視感とか」
「それも」
ミストは時間の異変を認識していない。
既視感を得ている者を認識者として考えるなら、確認できている中ではタガネとフィリア、それにマリアが該当する。
町人の内から探せば、あるいは同じ存在がいるかもしれない。
無自覚と認識者。
この相違を生む内因とは何か。
タガネは首飾りの残骸を見る。
「俺たちとミストの違い」
「何でしょう……」
「考えられるのは一つ」
タガネが魔剣の柄をなでる。
「この一件に魔神教団が関与してる」
「まじん、きょうだん?」
「魔神を崇拝するエセ宗教だ」
タガネが忌々しげに言い放った。
魔神を崇拝する、それだけでも危険思想の持ち主なのだとは、この世では誰もが容易に理解する。
魔剣の水晶が明滅した。
『白い服のぴかぴか』
「俺は白い僧衣の男と会った」
「あ、私も街角で首飾りをもらいました」
フィリアも想起した。
あの首飾りを渡してくれた白い僧衣。
「あの装束は魔神教団の物だ」
「そうだったんですか」
「恐らく、魔神教団と接触したか否か」
「でも、それだけなら町中がそうですよ」
「条件はある」
タガネは二本だけ指を立てた。
「一つ、魔神教団の魔力に接触すること」
「あ、首飾り」
「俺は持っていない」
「じゃあ、あと一つは」
フィリアにはわからない。
たしかに魔力への接触の有無は必須になる。それだけでも、認識者はかなり限られるはずだ。
なら、それ以外の要因とは?
「それは」
タガネが最後の一本を折る。
「食われる瞬間の記憶だ」




