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宿の部屋の前。
入口に立っていたタガネは、フィリアをかわして室内へと押し入る。そして寝台の上の首飾りを見つけるやいなや。
魔剣で一閃した。
目にも留まらない速さ。
寝台の毛布には傷すらつけず。
首飾りの琥珀石が音もなく両断される。
唖然とするフィリア。
タガネが振り返る。
「間に合ったな」
「え、あの」
剣を鞘におさめて。
ようやくミストへと振り向く。
「よう」
「……何故ここに」
再会した両名。
タガネは気軽に話しかけている。
対するミストは。
「何か用?」
冷然とした態度で応えていた。
フィリアは呆然として、思わず間の抜けた表情で数呼吸ものあいだ固まる。顔を紅潮させて話していた様子とは対照的であった。
さも蔑むような眼差しで。
タガネを見つめている。
その光景に、フィリアは得心した。
「なるほど」
「なに一人で心得てんだ」
タガネが訝しむ。
周囲の空気に同調する余り、一人で彼と出会っても冷遇してしまうミストの態度は、もはや疑う余地もないほど平生のことなのだ。
気づくはずもない。
フィリアは二人を交互に見て。
「お気の毒に」
「……なぜ憐れまれたんだ」
納得いかないと不平顔。
タガネは釈然としない思いのまま、破損した首飾りを持ち上げる。掌の上に乗せ、鞘ぐるみの魔剣に近づけた。
魔力を感知する魔剣にも反応は無い。
無造作に放り捨てて。
次はフィリアの前に立った。
「不吉な魔力の反応を辿って来た」
「不吉な魔力?」
「そしたら町中で大きな反応は二つ」
「……高台」
「ああ、それと……おまえさんの所」
首飾りを一瞥して。
「この循環を終わらせる」
「循環……繰り返しですか」
「やはり記憶があるんだな」
フィリアは神妙な面持ちでうなずく。
直近の一度しか記憶は無い。
ただ、その『前回』ですら既視感があったので、もう複数回の経験には間違いない。この繰り返す時間を脱出できていないのだ。
タガネは寝台に座った。
「なら話は早い。――ミスト」
「な、何か?」
蚊帳の外だと油断していた。
ミストは彼の視線に一瞬うろたえる。
「巨大な顎と牙、天から伸びてくる長い胴体……雷雲」
「…………」
ミストは少し上の虚空を睨んで黙考する。
やがて。
「ミーニャルテ」
「ミーニャ……?」
「北の古い言葉の『夏の朝』、『夏の夕暮れ』が起源の魔獣」
フィリアは小首を傾げた。
会話の流れから、時間の循環についての内容だとは察せられるが、その中にどうして魔獣の名前が挙がるのか。
そんな彼女を置き去りに。
ミストは滔々と説明を続けた。
「群を成して行動し、その魔力で雲霞を生成し、巣とする。本来なら常に移動し続け、捕食した生物の時間を円環状にして繰り返させる。その都度、喰らって魔素を得て成長する巨大な蛇」
「魔素を……?」
「ただ、人を襲わない珍しい種で討伐対象なりえず放置される」
「そうか」
タガネは一人了解して。
フィリアへと再び向き直る。
「フィリア、この繰り返す時間の正体」
「は、はい」
「それは」
タガネが窓外を指差した。
その方向を視線でなぞったフィリアは、水平線上にある雲を捉える。
こちらへ悠揚と迫る巨大な積乱雲。
「あの雲の中身だ」
タガネが卑屈な笑みを浮かべた。




