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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」後問
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 宿の一室で。

 フィリアは寝台の上に座っていた。

 黙って膝の上の拳固を見詰める。

 ミストも柔らかい寝床が久しいとあって、その弾力と毛布の感触を黙って楽しんでいた。長杖は無造作(むぞえさ)に横へなげうたれたままである。

 フィリアは窓外を見た。

 もうすぐ夢の中の夕暮れが近い。

 教会でミストとの邂逅(かいこう)、その後に宿までたどる道筋。

 すべてが夢をなぞらえている。

 これで合点がいった。

 夢ではなく、本当に局所的な『同じ時間』を繰り返して体験している。

 幾度それを経験したかは、もう思い出せない。そうだとしても、決まって終局は大きな影に襲われたことも共通しているはず。

「繰り返してる、きっと」

 荷馬車の中と、高台の時間。

 それが強引につなげられているのだ。

 同じ行動、顛末を辿って。

「なら、高台に行かなければ」

 ならば。

 高台に着くまでの経緯を強引に変更すれば。

 そう企むのも当然。

「でも、難しいよね」

 もう何度目か。

 この時間を巡っても、何も変えられていない。既視感として、常に異変を見取っていながらも。

 繰り返し自体を認識している現在ならばどうか、とも考えられる。

 しかし。

 宿屋を出て、異様なほど精神を掻き乱された。

 あれは単なる食事会への遅刻。

 そんな些末(さまつ)な理由で起きる不安感ではない。

 目的地を目指すまでの意識がおぼろなのを(かんが)みるに、あれは何かの力が作用した効果なのだ。

 あれには抗えない。

 だから、高台で同じ場面を演じる。

 なら、原因があるはず。

 食事会に関連する出来事や物。

 あの白い僧衣、それと……。

 フィリアは思考を巡らせて。

「あれだ!」

 一つの解答。

 それが脳裏に浮かび、即座に立ち上がる。

 寝台の上のカバンを手繰り寄せ、中を手で探った。指先に触れる物に意識をすます。

 手に細い物が引っかかった。

 それを握って引き抜く。

 カバンを脱した手中から首飾りが垂れた。

「これしか、無いよね」

 琥珀をつるした物。

 食事会の参加証明として持たされた。

 これを身にして会場に向かったときから、異常状態に陥った。

 フィリアは首飾りを手の中でまとめて。

 ミストへと差し出す。

「ミストさん」

「はい」

「これを調べてもらえますか?」

「これは?」

 受け取ったミストが眺める。

 外見はただの装飾品。

 ただ、魔法使いとして練磨(れんま)されたミストの神経は、機敏に魔力の働きを察知する力に長けている。

 触れた手のひらから感じる。

 首飾りに邪悪な魔力が宿っていた。

「危険ですね」

「そう、なんですね」

 急いでミストは手放す。

 枕元に投げられた首飾りが音を立てた。

 身構えるミストと、フィリア。

「あれは、何ですか?」

「魔法には催眠(さいみん)というものがあります」

「催眠」

「自身の魔素を相手に注入し、内側から体内に影響を及ぼす技。これによって、相手を暗示にかけたり、眠らせたりも可能なのです」

 フィリアは首飾りをにらむ。

「じゃあ」

「ええ、あれは催眠の力が施されている」

「そんなこと出来るんですか?」

 フィリアの疑問。

 それは魔法の力を物体に固定し、道具として運用すること。その技術じたいは、魔兵器(まへいき)として世に膾炙(かいしゃ)している。

 ただ製造は至難。

 もとより製法がとある一族しか知り得ない秘術なのだ。

 あの首飾り。

 目利きの才に自信云々はなくとも。

 フィリアには、それほどの代物には見えない。

魔導具(グリムエール)です」

「え?」

「国際的な研究機関で開発が進められている、生活に活用できる魔兵器」

「は、はあ」

「魔法の力を誰もがたやすく使える」

 ミストはふむ、と目を眇める。

「ただ、それは世界でも最先端」

「……」

 白い僧衣の男。

 彼が世界的にも最先端の技術で製造された物を所有し、しかも他人に配れるはずがない。

 一体、何者なのか。

「これは、何なんだろう」

 首飾りに集中する二人。

 その虚をつくように。

「もし、こちらに人はおられるだろうか」

 扉の向こう側から誰かが呼びかけている。

 フィリアは、あっと声を出し。

 ミストの顔が赤くなった。

 この声、聞き覚えがある。

「はい、ただいま!」

 フィリアは慌てて戸口へ急ぐ。

 扉を開けて、外の人物の正体を見た。

「た、タガネさん!」

「どうも」

 そこに。

 魔剣を抜いたタガネが立っていた。







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