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宿の一室で。
フィリアは寝台の上に座っていた。
黙って膝の上の拳固を見詰める。
ミストも柔らかい寝床が久しいとあって、その弾力と毛布の感触を黙って楽しんでいた。長杖は無造作に横へなげうたれたままである。
フィリアは窓外を見た。
もうすぐ夢の中の夕暮れが近い。
教会でミストとの邂逅、その後に宿までたどる道筋。
すべてが夢をなぞらえている。
これで合点がいった。
夢ではなく、本当に局所的な『同じ時間』を繰り返して体験している。
幾度それを経験したかは、もう思い出せない。そうだとしても、決まって終局は大きな影に襲われたことも共通しているはず。
「繰り返してる、きっと」
荷馬車の中と、高台の時間。
それが強引につなげられているのだ。
同じ行動、顛末を辿って。
「なら、高台に行かなければ」
ならば。
高台に着くまでの経緯を強引に変更すれば。
そう企むのも当然。
「でも、難しいよね」
もう何度目か。
この時間を巡っても、何も変えられていない。既視感として、常に異変を見取っていながらも。
繰り返し自体を認識している現在ならばどうか、とも考えられる。
しかし。
宿屋を出て、異様なほど精神を掻き乱された。
あれは単なる食事会への遅刻。
そんな些末な理由で起きる不安感ではない。
目的地を目指すまでの意識がおぼろなのを鑑みるに、あれは何かの力が作用した効果なのだ。
あれには抗えない。
だから、高台で同じ場面を演じる。
なら、原因があるはず。
食事会に関連する出来事や物。
あの白い僧衣、それと……。
フィリアは思考を巡らせて。
「あれだ!」
一つの解答。
それが脳裏に浮かび、即座に立ち上がる。
寝台の上のカバンを手繰り寄せ、中を手で探った。指先に触れる物に意識をすます。
手に細い物が引っかかった。
それを握って引き抜く。
カバンを脱した手中から首飾りが垂れた。
「これしか、無いよね」
琥珀をつるした物。
食事会の参加証明として持たされた。
これを身にして会場に向かったときから、異常状態に陥った。
フィリアは首飾りを手の中でまとめて。
ミストへと差し出す。
「ミストさん」
「はい」
「これを調べてもらえますか?」
「これは?」
受け取ったミストが眺める。
外見はただの装飾品。
ただ、魔法使いとして練磨されたミストの神経は、機敏に魔力の働きを察知する力に長けている。
触れた手のひらから感じる。
首飾りに邪悪な魔力が宿っていた。
「危険ですね」
「そう、なんですね」
急いでミストは手放す。
枕元に投げられた首飾りが音を立てた。
身構えるミストと、フィリア。
「あれは、何ですか?」
「魔法には催眠というものがあります」
「催眠」
「自身の魔素を相手に注入し、内側から体内に影響を及ぼす技。これによって、相手を暗示にかけたり、眠らせたりも可能なのです」
フィリアは首飾りをにらむ。
「じゃあ」
「ええ、あれは催眠の力が施されている」
「そんなこと出来るんですか?」
フィリアの疑問。
それは魔法の力を物体に固定し、道具として運用すること。その技術じたいは、魔兵器として世に膾炙している。
ただ製造は至難。
もとより製法がとある一族しか知り得ない秘術なのだ。
あの首飾り。
目利きの才に自信云々はなくとも。
フィリアには、それほどの代物には見えない。
「魔導具です」
「え?」
「国際的な研究機関で開発が進められている、生活に活用できる魔兵器」
「は、はあ」
「魔法の力を誰もがたやすく使える」
ミストはふむ、と目を眇める。
「ただ、それは世界でも最先端」
「……」
白い僧衣の男。
彼が世界的にも最先端の技術で製造された物を所有し、しかも他人に配れるはずがない。
一体、何者なのか。
「これは、何なんだろう」
首飾りに集中する二人。
その虚をつくように。
「もし、こちらに人はおられるだろうか」
扉の向こう側から誰かが呼びかけている。
フィリアは、あっと声を出し。
ミストの顔が赤くなった。
この声、聞き覚えがある。
「はい、ただいま!」
フィリアは慌てて戸口へ急ぐ。
扉を開けて、外の人物の正体を見た。
「た、タガネさん!」
「どうも」
そこに。
魔剣を抜いたタガネが立っていた。




