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夕刻の空。
海上では雷が鳴っていた。
一瞬の閃光と、彼方まで届く重い轟き。
港町で荷揚げを終え、船上で後片付けをしていた船乗りが、水平線を眺めて首を傾げた。
仲間の男がそれを見咎めて。
「おう、どうしたよ」
「いやさ、あれ見ろよ」
促されて見た先。
そこには大きな雷雲が浮かんでいる。
船乗りならわかる。
あれは波を高くし、甲板を矢のごとく強く打つ雨を降らす、船乗りからすれば天敵だった。反射的に二人が嫌気で顔を歪めたのは仕方がない。
ふと船乗りは訝って、指を唾液で湿らせる。
それを頭上に立てた。
濡れた部分は風の流れを敏感にさとる。
しかし。
「あれ、風が無ぇ」
「な、不思議だろ」
二人はぼう、とそれを見つめた。
「なんか不穏だな」
「そうか?」
「大変なことが起きると、不吉なことが連続するって話だろ」
「大変なこと?」
船乗りが周囲を見回した。
自分たち以外に人がいないと確かめると、波の音で掻き消えない程度の小声でささやく。
「王国滅亡さ」
「あー、魔獣にやられたって?」
「そうさ、そうさ」
船乗りの男が西の海を斜視する。
そこには、海上に頭をもたげる洞窟があった。暗闇を孕む口を、ぽっかりと開けている。
海にありながら、その洞穴には海水が入り込んでいない。
内部には不条理の空間が広がっている。
「あの『胎窟』からも、化け物級のヤツが出るんじゃねぇか?」
「やめろよ、冗談キツイぜ」
そのとき。
雷雲の中で鉄球を転がしたような遠雷の音。
二人は動きを止めた。
「何も無ぇと良いな」
「だな」
胸裏ににじむ不安から目をそらし。
二人は作業を続行する。
「もし。聞きたいことがある」
船の下から誰かの声。
二人が甲板から顔を覗かせると、そこに銀髪の少年が立っていた。
「なんだい?」
「あの雲」
「あ?」
少年が水平線を指差す。
「あの雲はいつ町に来る?」
「あー、あと二時間くらいだな」
「どうも」
返答を聞くやいなや。
少年はそのまま走り去っていった。
なぜ雲を気にするのか。
雨に降られる前に済ますべき事情があるのかもしれない。あの急ぎ用、注意力がおろそかになって途中で港町にたむろする与太者に絡まれなければ良いが。
「不穏だな」
「不穏だねぇ」
二人は水平線の雲を見つめて。
やれやれと肩をすくめて嘆息した。




