10
フィリアが一巡する前。
港町に入って数刻が経つ。
タガネは港を散策していた。
先んじて港町に来ていたマリアの逗留先を訪ねて合流は果たした。目的だったミストの捜索状況は芳しくない。
剣姫を救出した。
王都まで身柄を届ければ報酬を受け取って万事が解決する。再び定住先を求める放浪の旅を再開する心算だった。
しかし。
その予定が大きく狂った。
王都の人間がどうなろうと関係ない。
自分は傭兵、仕事があれば国に固執しない流浪の民である。今までだってそうであり、本来なら今もそうなるはず。
マリアがいなければ。
「面倒なこって」
タガネは胡乱げに空を見上げる。
水平線上に影を落とす積乱雲が浮かぶ。
早く宿に戻らなければ。
マリアは先に港町北部の宿屋に移動した。さしもの公爵令嬢でも、部屋の予約手順は知っているはずだ。
タガネが到着すれば部屋がある。
そう、信じた。
「不安だね」
この先もこれが続くのか。
いまタガネが憂うこと。
それは、寄す処のない剣姫の始末。
届ける相手の行方はおろか、生死が杳として知れない状況下で、マリアを蔑ろにするのは知人な上に一応の恩人なので難しい。
処しがたい案件への対策。
結論として。
知人に身柄を預けることになった。
そんな折に。
南部で浮上したミストの目撃情報。
「見つかれば良いが」
亡国の生き残り。
宮廷魔導師でありマリアの仲間である。
死線を共に潜り抜けた同志。
さぞやマリアも心強いだろう。
そうすれば、後ろ髪を引かれる気分も無く。
タガネは自由になる。
「さて、どうするか」
しかし。
そのミストの痕跡が少ない。
マリアの調査がずさんだという可能性も否めないが、元仲間の彼女に探せないこともまた無視できない難点である。
果たして。
何か調査に役立つ情報はないか。
港町で最近見るようになり、周囲に特別な印象を与えている存在感を臭わす話があれば幸いだが、その程度の情報ならマリアでもつかめる。
もう港町を発ったか。
身を潜めているのか。
そも死んでいるのか。
「いてっ」
「ん、ああ悪いな」
誰かと衝突した。
タガネは己の前方不注意だと謝ろうとした。
その前に、相手に胸を肘でなじられる。
「おい、ちゃんと前見て歩きな!」
「……ああ、すまんな」
ぶつかった相手が立ちはだかる。
タガネは謝罪しつつ、相手を眺めた。
白い僧衣の人物である。
タガネはその風体に瞠目して固まった。
「どうした、お兄さん?」
小首を傾げる白い僧衣。
その姿にタガネが驚いたのは、相手が異様に小柄だったから、あるいは声をかける直前まで気配もさせずにいたことでもない。
その白装束に――見覚えがあった。
タガネは微笑みを顔に作って。
「来い」
「ひえっ」
タガネは白装束を肩に担ぎ上げた。
そのまま流れる人波の隙間を駆けて、人通りの少ない場所へと移動する。人気が無くなったと見るやいなや、廃屋の壁に白装束を叩きつけた。
「ぐえっ」
固い壁に衝突して。
白装束が苦しげな奇声を上げる。
タガネは相手の首をしっかと掴んで、壁面に固定した。片手で剣を抜きて、相手の鼻先に先端を突きつける。
白装束は怯懦の顔を鋼に投影させた。
「なぜだ」
「ひ、ひぃ、何だよ!?」
「なぜ貴様らがここにいる?――魔神教団」
タガネの鋭い眼光が突き刺す。
相手は顔面蒼白になって怯えるが、それも意に留めずに首を捕えた手に力をこめる。
彼が着用している僧衣。
それは魔神教団の物だった。司祭のデュークは黒かったが、火猿と交戦した部下たちは白装束だったのを憶えている。
「目的は何だ」
「し、知らねぇよ……魔神教団って何だよ!?」
「……何を言って」
そのとき。
タガネは目の前の光景に違和感を抱く。
前にも見たような気がする。
一つ引っかかれば、これまでの経緯にも疑問が生じた。
荷馬車で会った少女、宿で合流したマリア。どちらとの遣り取りも、思えば奇妙な既視感がある。
そう感じて。
空が暗くなり、路地裏が闇に染まる。
『空から来る、危ないぴかぴか』
脳裏に声が響いた。
タガネはその声が誰の物かを疑う前に。
ばっと空を振り仰ぐ。
「……何だ、あれは」
見上げた先で。
巨大な牙の列んだ口が迫ってきていた。
タガネの意識が暗転する。




