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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」前問
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 港の西側には宿がある。

 ただの宿泊施設ではなく、これは一般的な旅人ではなく、傭兵稼業だったり、素行に問題ありと世間から見られる者たちに提供される。

 同じ宿では安心して眠れない。

 そんな苦情から建った場所である。

 何より。

 与太者の往来する貧民街の隣。

 立地(りっち)からも事情さまさまだった。

 だから、宿自体が疎まれている。傭兵に需要があるので存続はしているが……。

 そんな宿の戸口に、タガネは立っていた。

「……まさか、あの女」

 荒くれ者の宿。

 そんな風評を抜きに、タガネの表情は暗い。

 手には一枚の紙片(しへん)

 そこには、この宿を示す短文が記されていた。

 丁寧に(つづ)られた文字は傭兵ではない。誰かの矯正(きょうせい)を受けながら正しさや気品を追及した貴族の字体である。

 だからこそ不安が募る。

「世間知らずめが」

 タガネは宿の扉を開けた。

 その直後。

「さあ、もう終わり?」

 麗らかな挑発。

 その声に聞き覚えがあり、タガネは間の抜けた顔で戸口に繰り広げられた光景に完全停止した。

 そこは、修羅場だった。

 床に倒れて呻く男たち。

 そして、彼等を睥睨(へいげい)する女性。

 タガネは開いた口が塞がらない。

 特に、後者には驚愕させられた。

「ふん、腰抜けばかりね!」

「くそ、舐めやがって……ぶごッ!?」

「敗者は黙ってなさい」

 男の一人を片足で踏みしめる。

 鞘ぐるみの剣を振りかざして周囲を見回す女性は、その所作に合わせて(あで)やかな紺碧の髪をなびかせる。

 宿の受付とおぼしき男女は、その姿に両手を組んで恍惚としていた。

 出会い頭に広がった意味不明な状況。

 タガネは鼻の頭を揉んで、嘆息する。

「やりやがった」

「ん?――あ、やっと来たわね!」

 タガネを見とがめて。

 ぱっと女性の顔が喜色に染まった。

 軽い足取りで駆け寄って来る。

「遅いじゃない!」

「…………」

「どうしたのよ、そんなしかめっ面で」

 下から覗き込んでくる美貌。

 タガネはゆっくりと手を挙げて。

「この阿呆(アホ)が!」

「いだっ!?」

 鋭い手刀(しゅとう)を頭に叩き込む。

 悲鳴を上げる女性を、怒りの相で見下ろした。

「おまえさん、馬鹿か?」

「この剣姫様に何するのよ!」

「黙れ小娘」

 挨拶ではなく手刀。

 それを不当に思って女性――剣姫マリアが、さっきと一変して怒声で糾する。

 タガネは依然として睨み続けた。

「この状況は?」

「この男たちが受付の女の子に乱暴を働こうとしたから、私が成敗したのよ!」

「…………」

「ほら、私に非は無いでしょ。謝罪しなさいよ」

「ふん」

「いたい!?」

 二度目の手刀。

 マリアが再び怒号する前に、その襟首をつかんで外へと引っ張り出す。路地の上に投げて、その目の前に仁王立ちになった。

 怒気をたぎらせる紺碧の眼差し。

 タガネはそれを真正面から受け止める。

「何でよ!」

「俺たちがここに来た理由は?」

「み、ミストを探すため」

 マリアが口を尖らせて答える。


 つい一月前。

 二人は王都の惨状に唖然とした。

 魔獣に滅ぼされた形跡、先んじて到着していたはずの騎士団の全滅した姿を見て、茫然自失となるのは必至だった。

 せっかく剣姫が生還した。

 なのに、それを迎える民も王もいない。

 全員が行方不明。

 いや、それも(てい)の良い言い回しで、ほとんど死亡という意味である。

 何より。

 王都近くの土地を治めていた公爵家。そこはマリアの生家であり故郷、その土地までもが魔獣の巣くう魔界に変貌していた。

 もちろん、人はいない。

 先に避難した、その記録は無かった。

 いや、記録以前に食い散らかされた死体が多かった。

 もう言い訳も通じないほどに。

 仕える国も、王もいない、父も家も無い。

 そんなマリアは絶望で打ちひしがれた。

 紆余曲折(うよきょくせつ)あった関係の彼女を捨て置けるほど冷たい人間でもなく、タガネは渋々と彼女を連れて旅を再開する。

 もっとも。

 そんな人間を連れて、タガネの目的である定住先の土地を探すことはできるわけがなく。

 情報収集を行った。

 王都の人間の生存確認。

 そのとき、宮廷魔導師の少女ミストらしき人物の目撃情報が、王国よりもはるか南部の港町にあると知った。

 その頃、タガネは金欠だった。

 報酬を約束した火猿に、国王の代わりとしてヴリトラ討伐で得た金をほとんど彼らに支払ったのである。

 傭兵稼業でかせぐしかない。

 結果。

 マリアは港町で逗留(とうりゅう)し、ミストの捜索を実行した。


 それが今に至る。――のだが。

「何してんだ、おまえさん」

「………」

「貴族のお嬢さんなら、他の宿を当たれ」

「……安いから良いじゃない」

「ちっ」

 タガネは苛立たしげに手刀を落とす。

 寸前でマリアが腕で受け止める。

「また?」

「国王に言われてんだ。おまえさんを無事に生還させるってな」

「え……?」

「報酬も貰ってない。それまでに何かあっちゃ困るんだよ。一応、一人の女なんだから自分の体を気遣え。こんな場所選ぶなんて」

 タガネの叱責。

 マリアの不手際を咎める内容だった。

 ただ、それは全く本人に届いていない。

「………えと、ごめん、なさい」

 マリアは真っ赤な顔を伏せる。

 タガネに他意は無い。

 そう理解しているが、タガネから浴びせられる叱声には自分への気遣いがあり、それがすらすらと心に染み込んでいたたまれない。

 彼からそんな風に大切に扱われる。

 それが不意打ちになっていた。

「……なに真っ赤になってんだ」

「は、はぁ!?」

「真面目に聞いてんのか?」

「き、聞いてるわよ。私が大切なんでしょ?し、仕方無いわね、そこまで言うなら聞いてあげなくもないわよ?」

「……何か腑に落ちねぇ」

 釈然とせずタガネは唸る。

 マリアを立たせると、港を見回した。

「ミストは居たか?」

「いや、探したけど……」

「おまえさんに見つけれんとはな」

 マリアの顔が暗くなる。

 ミストとは、『勇者パーティー』として隊を組んで戦った仲である。騎士団とは違った特別な関係とあって、その顔や特徴を誰よりも捉えているはず。

 しかし、そのマリアにも見当たらない。

 目撃情報が誤りの可能性もある。

 単なるマリアとの入れ違いも否定はできない

 タガネは腕を組んで沈思にふける。

「ねえ」

「うん?」

「ミストは、どうして隠れてるのかしら」

「………」

 王国滅亡の後。

 もし生存していたとしたら、ミストは王国から逃げたとされる。なら、各地にいる知り合いの伝手(つて)を頼って、マリアや騎士団長、各地の貴族などと連絡を取ろうと諦めない。

 なのに。

 それすら無かった。

「……何か秘密でもあるのか」

「そう、なのかしら」

「とにかく、宿を引き払うぞ」

 タガネは再び中へ入ろうとする。

 それを、マリアが腕をつかんで止めた。

「ねえ、変なこと聞いていい?」

「変なら聞くな」

「うるさい」

「ええ……」

 マリアが険しい目つきで。

「前にも、アンタとここで合流した記憶があるんだけど」

 奇妙なことを問う。

 タガネは意味がわからず憮然とした。

「……いや、ここに来たのは今日だ」

「そう、よね」

「……?」

 マリアは笑顔になって、宿に入る。

 その後ろ姿に違和感を覚えた。

 記憶にない、なのにその出来事を(おぼ)えている。

 そんな口ぶりを、どこかで聞いた。

「何だったか」

 タガネは疑念に眉根を寄せながら彼女を追った。





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