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王国の遥か南。
あの獣国すら越えて、さらに南下した先には大街道がある。かつて魔神討伐の軍道として世界各国が共有したとあり、その道幅も長さも常識の範疇を逸脱している。
現代でも、世界の物流の大部分を担う。
すなわち。
人種も多様、蒐集されるのもまた、国境どころか別の大陸を跨ぐ珍品さえある。そこに蟠る人の熱気、みなぎる活気はいつだって祝祭の巷じみた騒ぎようだった。
大街道の喧騒の中。
陽気に流れる雲を追うようなゆっくりとした足取りで荷馬車が進行している。幌で覆われた荷台だが、日差しは透らないのに熱だけは突き刺すように車内をあぶる。
蹄の音に揺られて。
眠っていた少女は目を覚ます。
「あれ……私?」
積まれた荷物の隙間から這い出る。
車内にこもっていた湿気で、褐色の肌に浮いた汗を手ぬぐいで拭いていき、乱れた短い黒髪を指で梳いた。寝ぼけ眼を手で擦り、改めて翡翠の眼差しで周囲を見回す。
なんだか既視感がある。
――何故だろう?
少女は疑念に小首を傾げる。
肩を回して凝った体をほぐした。
「もう、大街道ですか?」
「ああ、そーだな」
荷馬車を走らせる男に問う。
彼は気だるげに応えてた。
「港町まで、もうすぐだぞ」
「そうですか」
少女は肩にかかる髪を払った。
その下で耳飾りが光を反射する。
男がそれに目を眇めて、視線にきづいた彼女は慌てて手で隠した。誤魔化すように車体の後方へと振り向く。
「はあ、全く」
先頭から男のため息。
「やっぱ、そういう時期か」
「…………すみません」
「もう良いよ」
少女は神妙な面持ちでうつむく。
そのとき。
荷馬車が緩やかに停止した。
先頭で男が誰かと話している。少女は身を乗り出して耳を澄ました。
「何だ、小僧」
「この先にある港町に行きたいんだが、この日差しで困ってる。どうか俺も運んでくれんか」
「何用で」
「人探しでね」
荷馬車の横に少年が立っていた。
光を編んだような銀髪に、剣を帯びた風采である。精悍な顔立ちの奥に、どこか剣のような冷たさを湛えていた。
不思議な雰囲気の持ち主。
「金は払う」
「なら、構わんが」
「どうも、助かるよ」
そう言って。
少年は荷馬車の横から退くと、回り込んで後部から身軽に車体へと飛んで荷台へと乗り込む。車体が大きく揺れて、少女は小さな悲鳴を上げた。
それに気付いて。
少年が彼女の方を見た。
「いけねぇ、すまんな」
少年が小さく面前に手を挙げて謝る。
少女も頭を下げた。
「いえ」
「悪いが同車させてもらうよ」
「ええ」
銀髪の少年がその場に腰を下ろす。
「おまえさん、どちらへ」
「この先の港町です」
「へえ、奇偶だね」
少年が意外そうに目を見開く。
胡座をかいた膝の上に剣を乗せて、灰色の瞳が少女を真っ直ぐに映した。獰猛な獣に見つめられたような緊張感を覚えて、彼女は思わず背筋を伸ばす。
少年はそれに構わず。
「俺はタガネ、傭兵をしてる」
「あ、フィリアです」
お互いに名乗る。
初めて交わした名なのに、聞いた記憶があった。
少女フィリアは、ちらと彼を盗み見る。
剣士タガネもまた、フィリアを見つめていた。
「何だい?」
「いえ……その」
「うん?」
しばしの逡巡の後。
まなじりを決して口を開いた。
「どこかでお会いしませんでした?」
タガネが片眉をつり上げる。
顎に手を当てて考える仕草をし、黙り込んだ。深く考えなければならないほど思い当たる節が無い。それが既に回答だった。
やがて。
タガネが首を横に振る。
「薄情かもしれんが、恐らく初対面だ」
「そう、ですよね。はは」
「……?」
訝るタガネの眼差しをかわし。
フィリアは荷馬車の前へと体を向けた。
そうして。
馬車は大街道をふたたび進み出した。
今回は少し変わった話になっています。




