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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
76/1102

11



 山頂付近は混乱に陥っていた。

 蒸気を発して石化が解けたこと。剣姫を筆頭に石の拘束から解放された面々は、お互いを凝視して(しき)りに周りに目を巡らせる。

 国境の戦地にて。

 王国と帝国の兵士、傭兵、盗賊。

 さまざまな面子で繰り広げた戦乱の渦中にあったはずが、意識が戻れば山の上に開かれた別の戦端とあって困惑は必至だった。

 もっとも。

 即応した人物はいる。

 剣姫マリアだけは状況――この場で自分が戦うべき敵を把握していた。

 さっそく剣を執り、対峙している。

 巫女の隣を通過し、デュークの下へ歩む。

 紺碧の眼差しは一点に注がれていた。

「さあ、この剣の錆に変えてやるわ」

「令嬢と疑わしき発言だな」

「アンタ、どっちの味方よ」

 意気込むマリア。

 後ろのタガネの小声でこぼした独り言を聞き咎めて、ぎろりと睨んだ。

 その視線も意に介さず、タガネは南の空を見る。

 ベルソートが魔獣を退治した。

 だから石化が解けたのである。剣姫の復活と()()()()()がその証拠だ。

 タガネは傷口を押さえて起き上がる。

 その隣に微風が起きた。

 中空から、ベルソートが降り立つ。

「始末しといたぞい」

「どうも」

「あやつ、無理やり羽化しよった」

「ほう」

「ま、体内に貯めた分だけだったんで強さも本来の二割に満たん生半な物じゃったわい」

 ベルソートがからからと笑った。

 強引な羽化。

 それでも他の人間なら手を焼いた。

 成虫前の段階でさえ、タガネは手も足も出なかったのだから。

「それにしても、ヌシ血塗れ過ぎじゃろ」

「治してくれな。……それとマダリも」

「ヌシは要らんじゃろ」

「え?」

「のう、レインよ」

 ベルソートが魔剣に囁く。

 すると、剣身から淡い光を発する。

 照らされたタガネの全身は流血が止まり、またたく間に傷が塞がっていく。痛みの引いていく感覚に驚くしかなかった。

 魔剣を持ち上げて、まじまじと凝視する。

 いま、何事が起きたのか。

 答えを求めてベルソートに振り向く。

「ヴリトラは奪う者。じゃが、何も無尽蔵では無い。特に、その魔剣の大きさならのぅ」

「……」

「その魔剣は、吸収した魔素を定期的に発散しとるんじゃないかの」

「まさか」

(おおむ)ね、ヌシの治癒力の促進に充てられとるんじゃろ」

 一瞬だけ(かこ)ち顔になって。

 タガネは魔剣の刃を指先で軽く撫でた。指の腹に生まれた小さな傷が、すぐ消えていく。

 剣身は、優しい水色の光沢に濡れている。

「なら、マダリを頼むよ」

「任せとれい」

 ベルソートが胸を叩いて快諾する。

 タガネは苦笑した。

 まだ壮健な様子を見るに、三大魔獣と戦って、まだ体内の魔素が尽きていない。遠景に見える山の崩壊や立ち上る煙から、使用された魔力は膨大だろう。

 さすがは歴史に名を刻む大魔法使い。

 ベルソートが杖で浮遊し、マダリの下まで全員の頭上を飛空して向かった。

 そして。

 タガネは改めて戦況を確かめる。

 山腹の戦はまだ続いている。山頂の復活した兵士は、未だ右往左往している最中なので説明が必要。

 あとは――。

 タガネは剣を振りかざす。

 冷たい切っ先は巫女ラインの首筋で止まる。

「おまえさんは大人しくしててくれな」

「……気付いていたんですね」

「何を?」

「毒虫と魔獣の因果関係を」

 タガネはその質問に笑みで応えた。

 沈黙の肯定。


 先日の蜘蛛の行動で気づいた。

 マリアの文字を糸で描き、タガネに対しても危害を加えずに付いてくる。明らかに自然界の生物にしては常軌を逸していた。

 そもそも。

 デナテノルズが魂を蒐集する行為。

 あの体で、何日もかけて人間を運び出すのは、吸収して取り込む容量にも限度があるということ。

 ならば、その間に人の魂は何処に保管するか。

 最たる例としては、変換による保存。

 ある形に変えて、一時的に保持する方法が最適だと本能的に悟っていたのだろう。

 デナテノルズは、蛹になるための養分として集めた人の魂を『毒虫に変容させて』保っていた。

 来る日に。

 毒虫は糸を紡いで蛹の基盤となる『橋』を、その魂を魔力に変換して消費することで織る。

 それが、この地帯で発生した毒虫の大量発生の原因だった。

 したがって。

 あの蜘蛛はマリアの魂そのもの。

 だから、その姿が忽然と消えたのが石化の解除の合図だと即座に察したのだった。


 タガネの反応に。

 巫女ラインが唇を強く噛んだ。

 歯の突き立った箇所から血がにじむ。

 彼女は魔剣をちらと見遣った。

「それは、ヴリトラの?」

「そうだ」

「……ああ、道理で」

 何やら一人で得心顔になるライン。

 疑念に思ってタガネが顔を覗く。

「何を納得してる?」

「いや、剣から懐かしい魔力が感じられたので」

「懐かしい?」

「妹ですよ」

 妹――その意味を推し量る。

 しかし、ラインはタガネの推理を待たなかった。

 あの不敵な笑みを口許に湛える。

「魔神教団三の巫女レイン」

「……なに?」

「それが私の妹の名です」

 ラインの告げた言葉に。

 タガネは時間が止まったように錯覚した。

 瞬間的に脳が理解不能に陥り、しかしゆっくりと嚥下し、なんども反芻(はんすう)して……蒼褪める。

 魔剣を握る手に力がこもる。

 銀の光が夜気に走り、ラインの被衣が両断された。

 はらり、と足下に落ちる。

 露わになったラインの顔を見て。

「……ふざけるなッ!!」

 タガネは怒号し。

 魔剣をラインの胸に突き入れた。


 デュークはそれを遠くに見て。

 先端を失った長槍を手に駆け出した。

 その目前にマリアが立ち塞がる。

「アンタの相手は、私でしょ」

「退け!!」

 稲妻めいた勢いで槍が空気を穿つ。

 それらを銀剣が丁寧に払った。

 タガネとは異なる剣術。

 剣鬼が獰猛に相手を殺める攻撃的な剣術なら。

 マリアは完璧な防御で相手の綻びを生み、その隙に鋭い反撃を喰らわす。

 凶刃を華麗にいなす。

 防御以外の一念は存在せず、ただ相手の失着(しっちゃく)の瞬間を虎視眈々と待つ。

 だからこそ。

 デュークにとって自分より背丈は二回りも小さい矮躯を、眼前を(とざ)す巨大な要塞のように錯覚させた。

 突いても、突いても。

 手応えは微かな刃の接触ばかり。

 埒が空かない!

 デュークは前に一歩踏み込み。

 その長柄を大上段から振り下ろす。

 渾身の力を投じた一手。

「これを、待ってたわ」

 マリアが冷たく微笑む。

 頭上に剣を水平に掲げて受け止める姿勢を作った。長柄は刃に受け止められて凄烈な火花で鋼を輝かせ――傾いた剣身の上を滑った。

 剣を軽く持ち上げて傾斜を作る。

 そうした途端、長柄はその角度に従ってマリアの横へと流れていき、地面を強打する。

 唖然としたデューク。

 その首が銀剣によって刎ねられた。

「残念、私の方が強かったわね」

 首と泣き別れた胴が地面に倒れ伏す。

 マリアは軽く剣を振って血を払う。

 鞘に納めた後、タガネの下へと駆け戻った。

「どう!?」

「……」

「アンタが苦戦した相手、華麗に倒してやったわ」

「……」

「今なら敗ける気がしないわ。怪我が治ったら再試合ね!」

「……」

「ちょっと、聞いてよ!」

 沈黙するタガネに。

 無視されていると思って不平を糾する。

 マリアが不機嫌になって彼を睨んだが、相手の表情の変化に気付いた。

 同じである。

 初めて出会ったとき、ヴリトラ討伐を完遂したとき。

 まるで感情が抜け落ちたような様子。

「ど、どうしたのよ」

「……これを、見ろ」

 タガネが足下を指差す。

 マリアは示された方向を確認して。

 一瞬で勝利の感慨と不平顔も消え失せた。

「え……?」

「信じたくはない、だが……」

 足下にあるもの。

 それは、倒れた巫女ラインだった。

 胸には深々と剣で貫かれた痕跡がある。溢れる血に僧衣が染められて無残な姿になっていた。

 そして。

 明かされたその顔つきは、マリアにとっても既視感のある面影があった。

「レイン、ちゃん?」

「……似てるもんだな、姉妹って」

 タガネが顔に呆れ笑いを滲ませる。

 ラインの顔。

 それは、三大魔獣の魔性を隠して王国を苦しめた水色の少女レインの面影があった。

 髪の色は金色、薄く開かれた光の無い瞳は鈍い青。

 外見年齢もレインとは全く異なる。

 それなのに。

 二人にはレインと似ている確信があった。

 タガネがやおら立ち上がった。

「魔神教団」

「え?」

「こいつらは、何なんだ」

 タガネが疑問を口に漏らす。

 その声色は、どうしようもないほどに怒りを秘めていた。





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