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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
75/1102

10


 頭上から槍が振り下される。

 失血でまともに動けない。

 タガネは負傷覚悟で白刃取りの挙に出た。挟み取るほどの力は無いが、それでも死ぬわけにはいかない。

 迫る凶刃。

 打ち合わされる掌に収まる直前で、その動きがぴたりと停止した。

 訝って見ると。

「ぐっ……な、何事です?」

 デュークの脇の下に矢が刺さっていた。

 口から血が溢れ、その場にくずおれる。

 か細いうめき声だけで、あとは痙攣を繰り返していた。肺を貫通したか、発声はおろか呼吸すら危うい状態である。

 唖然として。

 タガネと巫女は周囲を見渡した。

 射手は誰なのか――その正体は、すぐ近くにいた。

「おっさんに手は出させない!」

「ま、マダリ……!」

 弓を手にしたマダリが立っていた。

 意外な人物にタガネも喫驚する。

 巫女は黙って、足元に倒れるデュークを見た。致命傷の激痛に息絶えている。

 マダリから隠すように。

 デュークとマダリを結ぶ直線上に立つ。

 ふと。

 タガネはその行動を見て。

「ッ……マダリ、気を付けろ!」

「え?」

「矢が跳ね返される!」

 その一言で意図は伝わらない。

 警告を発した後。

 マダリの肩に矢が突き立った。

 足下に倒れていたデュークが活力を取り戻して立ち上がる。

 上げられた顔はほくそ笑んでいた。

「くそ!」

 跳ね返される。

 来たばかりのマダリには、きっとわからなかっただろう。

 そう感じて、タガネは歯噛みする。

 相手に与えた損耗が跳ね返ってきた。

 巫女の一言――『反転』によって。

 魔法なのだとしても規格外の効力である。ベルソートの時間干渉に匹敵する、起きた事象をそのまま反射するのは無敵に近い。

 原理はともかく。

 どんな攻撃を加えても、相手を倒せない。

 体から力が失われる。

「ぐはっ」

 タガネはその場に倒れ伏した。

 被衣の下で巫女の冷然とした眼差しが覗く。

 屈み込んで、タガネの顎を指で持ち上げた。

「これが剣鬼」

「触んな……」

「妹が気に入っただけはあります」

「……妹?」

 巫女が僧衣の裾を摘んで持つ。

 そのまま頭を下げた。

「私、魔神教団二の巫女ラインでございます」

「……」

「我が『加護』は反転。発生した事象を覆す力です。発動条件は『間に立つこと』であり、中間地点から離れるほど精度は落ちます」

「ご丁寧に、どうも」

 タガネは岩の上にくたびれたまま。

 皮肉をこめて笑った。

 ちら、とマダリの方を見やる。

 その説明から察するに、デュークと相手の間に立つことで『反転』が発動する。タガネは剣撃が、マダリは矢が返ってきた。

 ただ。

 両者の中間地点が最高精度を発揮する位置。

 離れているほど効果が薄くなる。

 だからか、肺を穿(うが)たれたデュークの損耗を反転させたにも拘らず、マダリは肩に受ける程度で済んでいた。

 タガネは得物の関係もあって至近。

 だから、この有り様だった。

 魔法とはまた異質な力なのかもしれない。

 どちらにしても。

「貴方は私たちに勝てない」

「ですね」

 巫女ラインの不敵な言葉に。

 デュークが揚々と声を重ねる。

 勝てる見込みは、たしかに無い。

 その後ろで、マダリは必死に矢をつがえようと構えているが、負傷のせいで手元が思うように動かない。

 タガネはそれを視線で制した。

 下手に手を出せば、今度こそ自らの攻撃で死ぬことになる。

 相手は反則じみた力を行使する。

「面妖な連中ばかりだな……」

 呆れ半ばに呟きつつも。

 タガネは思考を止めはしなかった。

 抗う策を、ひたすら打ちだそうと脳内で試行錯誤を繰り返す。残りの体力で実行可能なものは絶望的に少ない。

 それでも。

 異常な能力『加護』。

 正体不明だが、発動条件は本人の口から暴露された。まだ何を考えても憶測を出ないほど情報量は少ないが、解き明かすだけの要素(ピース)は揃っている。

 中間地点、間に立つ、事象の反転、反転…………覆る、中間地点?

 タガネは面を上げた。

「反転……」

「何ですか?」

 ラインが小首を傾げる。

 タガネは、はっとして視線を伏せた。

 反転とは、単純に考えても回転のこと。物が回るには、必ず揺らがない支点が必要になる。

 ならば、この場合、その『動かない点』になっているのはライン本人。

 すなわち――。

「おらよっ!」

「な!?」

 タガネはおもむろに懐中から何かを投げた。

 それは巫女の袖についた。

 巫女は何事かと視線で探り、袖に付着した物に目を見開く。

 それは……赤黒い蜘蛛だった。

 気付かれたと思ったのか、そのまま服を伝って袖口から中へと侵入していく。悲鳴を上げた巫女が振り落とそうとするも、きっと衣服の中では無駄である。

 これは毒虫。

 あの日『マリア』の文字を糸で示した虫である。出会ってから、ずっと離れなかったその毒虫を懐に呑んでいた。

 タガネに対してだけ気性が荒く、噛みはしないが攻撃してくる。

 まるで剣姫(あの女)のように。

 ぞんざいに扱われてさぞや怒っているだろう。

 タガネは小さくほくそ笑んだ。

「やっちまいな」

「いっ!?」

 ラインが小さく悲鳴を上げる。

 おそらく、蜘蛛が皮膚に噛み付いた。毒のある、その牙で。

 彼女はうずくまった。

 デュークが慌ててその肩を抱える。

「巫女様!すぐに反転を……」

「反転、できないんだよな?」

 タガネの一言に。

 ラインの体が小さく跳ねた。

「反転できるのは、自分を間に挟んだ事柄だけ。自分自身に起きたことは、逆転させることができないんだよな?」

「ッ……小賢(こざか)しい!」

 巫女が荒んだ声で吐き捨てた。

 袖口から蜘蛛が脱出し、タガネの手元へと戻る。

 デュークは憤懣で顔を赤く染め。

 槍の穂先をタガネに突きつけた。

「無礼者、いま殺して差し上げましょう」

「ほー。だが残念、もう遅い」

「何?」

 自信満々で言い放つタガネ。

 その手元で魔剣が大きく震動していた。

 怪訝に眉根を寄せたデューク。

 その二人の鼓膜をつんざく雷鳴が轟いた。南の空が一瞬だけ明るくなり、山岳部全体に地鳴りが伝わる。

 デュークは南の山陰を見回す。

 一部は崩落し、狼煙(のろし)のように一筋だけ立ち上る煙があった。

「いけない」

 ラインが山頂の方角を振り仰ぐ。

 二人もそちらを見遣った。

 石像たちから噴煙じみた蒸気が発生している。雷雲さながらの濃霧となって、山頂一帯を覆い隠した。

 突風の勢いであふれる。

 タガネは手元を確認した。……蜘蛛がいない。

 迸る蒸気に耐えながら、デュークが槍を振り上げた。

「どちらにせよ」

「うん?」

「巫女殿に狼藉を働いたアナタは、ここで断罪します」

「お好きにどうぞ」

 デュークの力を込められた腕の筋肉が膨らむ。

 今度こそ仕留めんと槍が振り下ろされた。

 槍の穂先がタガネを目指して光る。

「――ただ、言ったろ。遅いって」

「!?」

 全力の一撃をこめた最後のとどめは――。

 穂先が消えたことで失敗に終えた。

 柄の部分から、すっぱりと寸断されている。柄はタガネを飛び越えて、遠くの岩の表面を打った。

 槍が切断された。

 だがタガネは満身創痍で動けない。

 一体、何者の仕業か。

 理解不能。

 混乱するデュークの横っ面に、霧を裂いた鋼の臑当(すねあ)てが直撃する。首の根本から薙ぎ払うように、デュークを蹴り飛ばした。

 僧衣が宙を舞い、岩の上をもんどり返る。

 タガネは安堵の息を漏らす。

「おまえさんも、遅いがな」

「助けたんだから感謝しなさい」

「どうもお世話様」

「ほんっと、ムカつく!」

 血だらけで伏せるタガネ。

 その隣の霧が鋭い剣の刃に割かれた。

 風が巻き起こって、辺り一帯を晴らす。

 タガネは、隣からする声に微笑みかける。

「あとは頼めるか」

「業腹だけど、仕方ないわね」

 うずくまっていたラインが目を見開いた。

 彼女の眼前、タガネとの間に。

 紺碧の美女が立ちはだかっている。細身の銀剣を片手に、凛とした眼差しで睥睨していた。

 ラインの唇が震える。

「委細承知……してないけど、任せなさい!」

 立ち上がるデュークに向かって進み出る。

 紺碧の女剣士。

 それは王国のみならず誰もが知る。

 この人は。

「まさか……」

「この剣姫様が成敗してあげる」

 剣姫マリア。

 ただ今、復活した王国随一の剣士だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 来たああああ!! 主人公タガネだよね!? 満を持しての登場感が主人公っぽいw
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