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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
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 満を持して司教を討つ。

 宗教とは信仰、つまり信頼の結晶である。

 特に、教えを授けたりする地位の高い者がいれば、そちらを敬い憧憬するのが当然。

 軍隊も同様。

 将軍が討ち取られれば士気は下がり、大抵の軍列は崩れて機能しない。

 これらを踏まえて、司教を討てば教団も止まる。

 デュークの戦力、地位ともにそれに相当すると判断して、タガネは獲物だと狙いを定めた。あの銛のような奇妙な槍からも、特異な戦術があるのだと窺い知れる。

 ならば。

 火猿よりも、自分が相手に適している。

 本来ならマダリに譲るべきだが。

 おそらく実力的にも敵わない。

 だからこそ。

 タガネが相手取ることを選んだ。


 同時に地面を蹴る。

 タガネは相手の得物の長さを目で測り、相手の攻撃に対して備えた。

 六尺(註、約一八〇センチ)の背丈を上回る長柄(ながえ)

 間合いとしては、相手の方が広い。

 接近すれば剣が有利、ならば近付けまいと手数を増した牽制の刺突を放ってくる。

 肉薄するデューク。

 その足が――予測より遠くで立ち止まった。

 驚いたタガネに向けて穂先を突き出す。

 届かない。

 明らかに遠い位置からの攻撃に、脳が瞬時に判断して。

「っ!?」

 デュークの微笑みが見えた。

 背筋を戦慄が駆け上がる。

 反射的に体を横に傾けると、槍が頬をかすめた。

 灰色の瞳が驚愕に見開かれる。

 遠いと慢心していたが、頬に走った朱の一線とそこから覚えた疼く痛み。穂先が自分を捉えた現実を物語っていた。

 槍の速度は目で捕捉できる。

 間合いの広さには面食らったが、かわしきれない代物では無い。

 タガネは前傾で進む体を、さらに加速させる。

 このまま。

 相手が槍を引き戻す手元に合わせて内懐(うちぶところ)に踏み込む。剣の刃圏(はけん)に収めれば、逃れる隙も与えず仕留める。

 決意とともに、さらに前へ一歩深く。

 同時にデュークが槍を引き戻す。

 タガネはここで剣を振ろうとして。

「危ねっ!」

 タガネはその場で屈み込む。

 そして一瞬遅れて。

 頭のあった位置を、槍の穂先が通過する。

 ただの槍ではない、先端は内側に屈曲して()()()のある特殊な形状だった。

 たとえ中に入り込んでも。時間が逆光したように(かわ)した槍先が返す刃で襲って来る。掻い潜っても安全ではない。

 刺突に合わせた不意打ち、これがデュークの戦法。危うく初手で必殺を喰らうところだった。

 まだ間合いを延ばした工夫(こざいく)が判らない以上、容易に踏み込めない。

 小さく舌打ちして。

 タガネは剣を中段の高さで構える。

 デュークの槍を駆る腕を腰元で引絞られた。

「よく避けましたね」

「ふざけた槍だが美事だな」

「剣鬼殿の称賛なんて畏れ多い」

 デュークの肩がかすかに動く。

 直後、タガネは剣で横に薙ぎ払った。

 両者の間で火花が炸裂する。穂先と剣先が一瞬の衝突を交わした(あかし)だった。

 横に打ち払われた槍が再び刺突を繰り出す。

 次は袈裟斬りで撃墜する。

 下へと狙いが逸れて。

 穂先がタガネの足のそばを通過していく。

 ――と。

 槍が引き戻され、足元を刈り取るように滑る。咄嗟に片足を上げて避けるや、直下を通過する前に足の裏で刃を踏み押さえる。

 デュークが瞠目し。

 タガネは槍をたぐる手元を一閃しようと振りかぶって、違和感に眉間のしわを険しくする。

 握り手が――異様に()()

 六尺超えの長物。

 距離感が何もかも遠く感じるのは当然。

 その認識の範疇すら逸した長さがある。

 剣がデュークの手の一寸(ちょっと)前を擦過した。

「ぬぅん!!」

「っ……」

 デュークが槍を振り上げる。

 乗っていたタガネの足が弾かれた。

 体勢が崩れる。

 そこへ狙いすました槍の一刺(いっし)

 片足だけで立つような姿勢で、重心が横へと崩れている。

 無防備な状態に放たれる凶悪な一手に。

 タガネは地についた唯一の足を軸にして体を一回転させる。巡る体の慣性をのせて剣をふるい、槍の先端に脇腹を抉られる寸前で弾いた。

 いや。

 槍に弾かれたというのが正しかった。

 タガネは槍を防いだ後、地面を転がる。

 豊かな凹凸の上で体中を打ちつつ。

 即座にはね起きるように体勢を立て直した。

「くそ、危ねぇ」

「おや。惜しい、おしい」

 デュークがにやりと笑う。

 それが癇に触って灰色の眼光が鋭さを増す。

 タガネは頬から垂れた血を指で拭った。

怪態(けたい)な手を使いやがって」

「ふふふふふ」

「聖職者の嗜みじゃねぇだろ」

 タガネは視線で槍をなぞる。

 デュークの手元の位置を見て目を眇めた。

「いや」

「ん?」

「おまえさんらは異端だったよな」

「我々こそ正道です」

「どうだか」

 タガネは改めて敵の手を分析する。

 想定を裏切る槍の攻撃範囲。

 直線軌道を描いて推進した穂先は、正面からほとんど動いていないように見える。予備動作から読んで対処するしかないが、手元の動きも見えにくいので肩の動きでしか判らない。

 だから、細工が一切不明だった。

 手品の種は握り手にこそある。

 それは今も。

 デュークは槍の中程から離れて石突(いしづき)近くを掴んでいた。

 タガネの視線に気付いてか、器用に槍を滑らせて握り手を中程に戻す。

 あれこそが間合いの正体だ。

 槍で相手を突く瞬間。

 握力を緩めて槍自体を前へと滑らせる。

 手元が石突まで退くが、穂先の推進距離はぐんと延長される。だから届かないと高をくくったタガネの虚を衝けた。

 見誤るはずだ。

 そのまま手元から槍が抜けてしまう恐れもある禁じ手でもあるのに、それを軽く為しうるデュークの手練こそ驚嘆に価する。

「やっぱり、エセ司教か?」

「ははは、ご冗談はよしてください」

「腹立つな」

 精巧すぎてまんまと幻惑された。

 この笑顔といい。

 まるで底が見えないのが恐ろしい。

「でも、からくりは読めた」

「ええ、大変です」

「その割には余裕を見せてくれるな」

「私には魔神の加護がありますので」

「ほー」

 信じていない。

 タガネの口からそういった声が漏れる。

 感心とは程遠い声色に、デュークも苦笑した。

 互いに摺り足で前に出る。

「それじゃあ、行くか」

「ええ、どうぞ」

 タガネが体を低くして駆け出す。

 デュークが槍で迎え撃った。

 夜闇をひらめいた穂先の残光(ざんこう)で刻むほどの高速で連続攻撃が放たれる。デュークの体自体がバネ仕掛けの機械じみた動きをしていた。

 それがデュークが数人いるように錯覚させられる。

 一人で作られる槍衾(やりぶすま)

 対するタガネは。

「いかがですか?」

「問題ないね」

 それを上回る速度で剣を振る。

 刹那の間に(はし)った紫電が槍を防いだ。

 歩みは止まらない。速度任せではなく、戦場で練り上げられた剣術と体捌きが合わさり、鮮やかに槍衾を切り払っていく。

 加速するデューク。

 タガネの剣がより獰猛に唸りを上げた。

 空気を焦がす火花の数が増し、打ち合う鋼の音の間隔が短くなる。一時に複数箇所で音と光がはぜる時もあった。

 熾烈さを極めていく剣と槍。

 タガネは確かな足取りで(にじ)り寄る。

 背後から奇襲する穂先の不意打ちも防御し、もう剣の間合いの一寸手前まで迫っていた。

 そして。

「詰みだ」

「おっ?」

 タガネの剣先が上に槍の柄を弾く。

 デュークの腕が大きく撥ね上がった。

 がら空きの胴が。

 タガネが深く踏み込みを決めて。

 デュークは後ろに飛び退く。

 その瞬間、幾重(いくえ)にも銀閃が光った。

 デュークの体から血潮が飛沫となって噴き出す。辺りの岩の表面を染める。

 デュークは地面に転倒した。

 先に飛んでいたので、浅くは無いが致命傷にもならない傷だった。それでも動きを止めるには十分な負傷である。

 タガネは前に飛んだ。

 いざ満身創痍のデュークにとどめを刺そうと息巻いて。

 間に割って入った影に目を剥く。

 それは、巫女と呼ばれた人物だった。

「――『反転』」

 顔を隠す被衣(かづき)のような衣の下の声。

 それは、タガネにとって懐かしい響きをもっていた。

 どこかで聞いた。

 かすかに魔剣を握る手が震える。

「はっ?」

 タガネの体から血が噴き出た。

 全身を激痛が駆け巡る。

 とつぜん跳躍してから、中空で起きた現象に混乱しながら、巫女の脇を過ぎ、デュークを越えて斜面に倒れ込んだ。

 何か起きた?

 タガネは自分の体をあらためる。

 全身に剣を受けた傷、特に胴に集中していた。

 傷口を押さえながら、片膝を立てる。

 地面に突き立てた魔剣にすがって体を持ち上げた。

「ありがとうございます、巫女殿」

「いえ」

 タガネの眼前で。

 傷の消えたデュークと、巫女が立っている。

 斬ったはずの相手が無事であるのを見て茫然とした。

 たしかに切り刻んだはずである。

 あの一言。

 巫女が囁いた途端に状況が――文字通り(くつがえ)った。

 膝を突いたまま見上げる。

 その先で槍を構え直したデュークが笑っていた。

「ここまでのようですね」

「……冗談きついな」

「ええ、本当に」

 槍が振り掲げられる。

「残念です」





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