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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
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 襲撃の数分前。

 (くだん)の山を挟む尾根。

 そこに奇襲を目的として編成された火猿の半数が潜伏していた。先日の交渉から参陣した員数はおよそ四十名である。

 この奇襲作戦の(かなめ)たる彼らは、午前中に村に悟られないよう迂路(うろ)で現在の配置に移動していた。

 作戦決行は夜。

 魔神教団が山頂に来る時間帯を狙う。

 逃亡したタガネが、四十名の加勢を得たとは予想もしない。その盲点を突いて、まず初手で目標は三割、望めるならば一気に壊滅。

 しかし、忘れてはならない脅威。

 魔獣デナテノルズ。

 その降臨だけで形勢は不利になる。

 対策として、山頂から離れた位置にベルソートが構えて迎撃する。

 大魔法使いによる攻撃で死滅、あるいは足止めに留まろうとも、その間に魔神教団と決着が付けられる可能性は十二分にあった。

 なにせ員数を重ねた手練の火猿。

 それに名高き剣鬼。

 これは。

 いま山岳部に集中できる最強の布陣だった。

 これで魔神教団に夜襲を仕掛ける。

 果たして――。


「マダリ!」

 夜の森が騒然となっていた。

 草木を爪先で裂いて駆ける人影が入り乱れ、ときおり樹間で火花が炸裂する。甲高い金属音だったり、人の倒れる鈍い音。

 殺伐とした夜気に満ちていた。

 マダリは木陰から敵を弓で狙撃していた。

 訓練された手腕は、木々の間を駆け巡る獣すら仕留められるよう技術を練り上げたので、たとえ相手が俊敏な魔神教団であろうと問題ない。

 人を殺めたことはない。

 たとえ弓であろうと、獣とは違う。

 それが躊躇(ためら)いを生んだ。

 一射必中の矢。

 その命中精度の凶悪さは、余さず敵の肩や足に注がれ、行動不能にすることだけに徹底された。

 期待通り。

 魔神教団の動きを止める。

 それを仲間が処理した。

「ナイスだ、マダリ!」

「あ、うん……」

(きたね)ぇ仕事は俺らに任しとけ」

「……ありがとう」

 優しく肩を叩いて過ぎていく仲間。

 その背中を見送って。

 マダリの表情はより陰りを増す。

 そう、自分では殺していない。

 まるで無責任で他人任せのような気がした。

 生殺与奪の覚悟もない小心者。

 この場に相応しくない子供。

 自らをそう卑下(ひげ)してしまう。

 罪悪感ばかりが胸裏を引き裂く。それでも手元は寸分の狂いすら出さず、望んだ通りの結果を叩き出した。

 また矢をつがえる。

 風を読み、足音で距離を測り、動く相手の影の進行方向を読んで放つ。

 命中。

 射つたびに心が軋む。

 この調子では、デュークとも……。

「マダリ、避けろ!」

「えっ?」

 悲鳴じみた警告。

 マダリはその声に振り返って――背後で短剣を振りかざす白装束の凶相(きょうそう)に息を呑んだ。

 自責の念との葛藤。

 それに気を取られて不覚を取った。

 咄嗟に弓矢を手放す。

 短剣を振り下ろす相手の腕をつかんで止めた。

「う゛ぅっ!!」

「おおおおおおお!!」

 マダリが呻く。

 白装束はさらに体重をかけた。

 押し潰そうとしてくる力。大人と子供では、端から歴然とした差があった。

 じわじわと。

 切っ先が顔に向かって近づく。

 腕を掴んだ手で狙いを逸らせば、頬の皮を薄く裂いていった。

「往生際の悪いやつめ!」

 白装束が手元を引き戻し。

 再度振り下ろす。

 息が詰まるような窮地の中、意識が白んでいく。

 このままでは、本当に――。

『鬼になることにしたよ』

 不意に、タガネの声が脳内でよみがえった。

 相手を殺す覚悟。

 大切だった人と果たし合う決意の形。

 それを訊ねたとき、彼が口にした解答の一つ。

 鬼になることした。

 何の為に――大切な人との思い出を守るために。相手を信じた自分の責任であり、それ以上思い出が壊れないように、汚れないように。

 マダリの視界が明瞭さを取り戻す。

 消えかかっていた意識が回復した。

「うああああ!」

「な!?」

 悲鳴を上げながら。

 首を傾けて鼻っ面に向かってきた刃を避ける。

 頬から耳にかけて鋭い痛み。

 それでも怯まず、矢筒から引き抜いた一本の矢を、体重をかけてくる相手の(のど)喉にめがけて突き上げた。

 肉を裂く手応え。

 相手の口から血潮が吐き出された。

「ごぼっ、ごぶ、ぶっ」

「ぜぇ、ぜぇ」

 相手は血を吐きながら後退する。

 マダリは。

「覚悟を、決めるんだ」

 喘ぐような呼吸のまま。

 けれど決然とした眼差しで狙いを定める。

 再び手にした弓矢で引き下がった相手に一射を投じる。

 (あやま)たず。

 眉間を貫いて絶命させた。

 仰向けに倒れる相手の死体を見て、目から涙があふれる。

 駆け寄ってきた数名の手が背中をなでた。

「大丈夫か?」

「よくやった、もう敵は死んだ」

 マダリは拳で涙をぬぐった。

 そのまま立ち上がる。

 払拭しきれない心の痛みはある。

 しかし、さっきの一人が善くも悪くも切っ掛けになってくれた。

 もう迷わない。

 マダリは仲間たちに振り返る。

「おいら、デュークの所に行くよ」

「大丈夫なのか?」

 心配する仲間の声に。

「大丈夫だぜ」

 毅然とした調子で答えた。

 仲間の一人が山頂付近を指し示す。

「あそこで剣鬼の兄ちゃんとやってる」

「ありがと!」

 マダリは一気に山を駆け上がった。

 体の中に巡る火猿の頭領の血で山の斜面を疾走する。岩場までわずかな時間を要さなかった。

 そして。

「……え」

 信じられない光景を目の当たりにする。

 燃える森に照らされて。

 岩場に揺らめく三つの影。

 一つは奇妙な僧衣の人物と、もう一つは見慣れた長身の禍々しい姿。

 そして。

 足場を血に染める銀髪の剣士。

「おっさん!!」

 全身から血を垂れ流して膝を屈する剣鬼の姿があった。




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