7
夜の森の戦が始まった。
その様子を上空からベルソートが俯瞰する。
杖に腰掛けて、欠伸を漏らす口元を手で隠した。月の無い夜では燃える火は照明としてありがたい。
北の山陰を眺めた。
その奥で極光が揺らめいている。
当面の敵はデナテノルズだが、直近を通過した災厄は、きっとかつてない強敵だ。
足下で火花が散る。
ベルソートは眼下へと視線を映した。
剣鬼と司教の決闘。
疾風怒濤の刺突と閃光じみた剣閃が交わる。
もはや二人の手元は何をしているか見えない。
両者が高速で繰り出す凶手。
あの間に割って入る無粋な者がいたら、きっと瞬きの間に肉片になる。
いまは拮抗していた。
果たして、どちらが勝利するか。
「さて」
次は南の空へと目を巡らせる。
山間を動く影が見えた。
『ごぉおおおん』
「おお。来よった、来よった」
長杖の上から身を乗り出す。
闇夜に糸を張って移動する怪物を視界に捉えて、ベルソートは小さく指を鳴らした。
すると。
その後方に無数の光の槍が出現する。
それぞれ全体で火花がはぜており、迸る雷でまばゆい光を放っていた。谷が照らされ、それを見咎めた怪物の歩みが止まる。
ベルソートと目が合った。
老いた笑みが朗らかに咲く。
「剣鬼の邪魔はさせんよ」
『ごぉおおん』
「なにせ、大事な余興なんじゃからな」
指を軽く揮った。
一斉に光の槍が射出されていく。
ベルソートの背後から消えた瞬間のあと、デナテノルズの体で雷鳴を轟かせて爆発する。迸った強大な魔力によって暴風が吹き荒れた。
その光景に。
撃った本人が驚いていた。
「あれ、想定以上の火力じゃな」
自分の指をまじまじと見た。
指先から煙が立っている。
「昨晩の鹿鍋が効いたかのぅ?」
無論、そんなことはない。
ベルソートも本能的に理解していた。
これは高揚感の影響だ。
知らずしらずの内に、久しい戦闘で気分が昂ぶっている。
観察者として、常に人の世を観てきた。
後世に物語として語り継がれる偉人の人生。
大悪人の失墜。
国の栄転と、反乱による退転。
すべてがベルソートにとっての物語。
けれど、自分から舞台の上に登壇するのは嫌いだった。
それが今晩は少し異なるらしい。
「ほほほ、ノッて来たぞい!」
ベルソートが掌を上に掲げた。
同時に。
デナテノルズの周囲に、光の輪が現れる。その中で、二本の秒針が浮かび上がると逆側に回っていく。
ちく、たく。
秒刻みで動くそれらに、デナテノルズは困惑していた。
「それは合図じゃよ」
『ごぉおおん』
「先刻放った魔力が、巻戻って同じ結果を繰り返す。そういう、魔法じゃ」
秒針が重なる。
そのとき、デナテノルズの至近距離に光の槍が再び現れ、体を突き刺して爆裂する。さきがた直撃した数だけ爆撃が繰り返される。
秒針がまた巡る。
重なる。
デナテノルズの体に雷轟が迸る。
ベルソートが呵々と大笑した。
「ヌシは魔獣」
『ごぉおおん!!』
「ワシが殺した魔神の残りカスじゃ」
光の時計が消失する。
糸の上に倒れて動かなくなった。そこから微動だにせず、煙を立てて沈黙する。
ベルソートは直下の山頂を確認した。
デナテノルズが倒れれば。
肉体から抜き取られて養分にされる前の魂も解放されて、石化した人間たちも元に戻る。
それが唯一の手立てだった。
いまデナテノルズは動かない。感知した魔力の反応は無く、生命活動の停止が見て取れる。
だが。
「石化が解けとらんのぅ」
『ごぉぉぉおおおおおおおん!!』
「うおっ!?」
かつてない大きさの音。
空間に爆風じみた衝撃として伝播し、ベルソートは杖の上から転落しかける。
すわ杖にしがみ付いて堪えると、デナテノルズの方を見やる。
南の山々を覆うほど大きく膨れ上がる。
デナテノルズの全身が数倍まで膨張し、全身を糸で包んで谷間に橋のように架かる繭を作り出した。そして、内側から何かが出ようと足掻いている。
その様相に。
ベルソートの笑顔が引き攣る。
「まさか、無理にでも羽化する気かの」
『ごぼるるるるるる!!』
血の泡立つ音。
繭から出てきた蜘蛛の脚が谷の両岸をしっかと掴む。続いて六枚の翅が展開され、夜空を塞ぐほど大きな影を伸ばす。
そして、昆虫のような甲殻を身にした海獣が現れた。
ベルソートも唖然とする。
「マジかのぅ」
『ごぎるるるるるる!!』
ベルソートは杖の上で立つ。
咳払いをして。
再び、背後に光の槍を生成した。
「やれ、骨が折れそうじゃのう」




