表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
72/1102



 夜の森の戦が始まった。

 その様子を上空からベルソートが俯瞰する。

 杖に腰掛けて、欠伸を漏らす口元を手で隠した。月の無い夜では燃える火は照明としてありがたい。

 北の山陰を眺めた。

 その奥で極光が揺らめいている。

 当面の敵はデナテノルズだが、直近を通過した災厄は、きっとかつてない強敵だ。

 足下で火花が散る。

 ベルソートは眼下へと視線を映した。

 剣鬼と司教の決闘。

 疾風怒濤の刺突(しとつ)と閃光じみた剣閃(けんせん)が交わる。

 もはや二人の手元は何をしているか見えない。

 両者が高速で繰り出す凶手(きょうしゅ)

 あの間に割って入る無粋な者がいたら、きっと瞬きの間に肉片になる。

 いまは拮抗していた。

 果たして、どちらが勝利するか。

「さて」

 次は南の空へと目を巡らせる。

 山間を動く影が見えた。

『ごぉおおおん』

「おお。来よった、来よった」

 長杖の上から身を乗り出す。

 闇夜に糸を張って移動する怪物を視界に捉えて、ベルソートは小さく指を鳴らした。

 すると。

 その後方に無数の光の槍が出現する。

 それぞれ全体で火花がはぜており、迸る雷でまばゆい光を放っていた。谷が照らされ、それを見咎めた怪物の歩みが止まる。

 ベルソートと目が合った。

 老いた笑みが朗らかに咲く。

「剣鬼の邪魔はさせんよ」

『ごぉおおん』

「なにせ、大事な余興なんじゃからな」

 指を軽く(ふる)った。

 一斉に光の槍が射出されていく。

 ベルソートの背後から消えた瞬間のあと、デナテノルズの体で雷鳴を轟かせて爆発する。迸った強大な魔力によって暴風が吹き荒れた。

 その光景に。

 撃った本人(ベルソート)が驚いていた。

「あれ、想定以上の火力じゃな」

 自分の指をまじまじと見た。

 指先から煙が立っている。

「昨晩の鹿鍋が効いたかのぅ?」

 無論、そんなことはない。

 ベルソートも本能的に理解していた。

 これは高揚感の影響だ。

 知らずしらずの内に、久しい戦闘で気分が(たか)ぶっている。

 観察者として、常に人の世を観てきた。

 後世に物語として語り継がれる偉人の人生。

 大悪人の失墜。

 国の栄転と、反乱による退転。

 すべてがベルソートにとっての物語。

 けれど、自分から舞台の上に登壇(とうだん)するのは嫌いだった。

 それが今晩は少し異なるらしい。

「ほほほ、ノッて来たぞい!」

 ベルソートが掌を上に掲げた。

 同時に。

 デナテノルズの周囲に、光の輪が現れる。その中で、二本の秒針が浮かび上がると逆側に回っていく。

 ちく、たく。

 秒刻みで動くそれらに、デナテノルズは困惑していた。

「それは合図じゃよ」

『ごぉおおん』

「先刻放った魔力が、巻戻って()()()()を繰り返す。そういう、魔法じゃ」

 秒針が重なる。

 そのとき、デナテノルズの至近距離に光の槍が再び現れ、体を突き刺して爆裂する。さきがた直撃した数だけ爆撃が繰り返される。

 秒針がまた巡る。

 重なる。

 デナテノルズの体に雷轟(らいごう)が迸る。

 ベルソートが呵々(かか)と大笑した。

「ヌシは魔獣」

『ごぉおおん!!』

「ワシが殺した魔神の残りカスじゃ」

 光の時計が消失する。

 糸の上に倒れて動かなくなった。そこから微動だにせず、煙を立てて沈黙する。

 ベルソートは直下の山頂を確認した。

 デナテノルズが倒れれば。

 肉体から抜き取られて養分にされる前の魂も解放されて、石化した人間たちも元に戻る。

 それが唯一の手立てだった。

 いまデナテノルズは動かない。感知した魔力の反応は無く、生命活動の停止が見て取れる。

 だが。

「石化が解けとらんのぅ」

『ごぉぉぉおおおおおおおん!!』

「うおっ!?」

 かつてない大きさの音。

 空間に爆風じみた衝撃として伝播し、ベルソートは杖の上から転落しかける。

 すわ杖にしがみ付いて堪えると、デナテノルズの方を見やる。

 南の山々を覆うほど大きく膨れ上がる。

 デナテノルズの全身が数倍まで膨張し、全身を糸で包んで谷間に橋のように架かる(まゆ)を作り出した。そして、内側から何かが出ようと足掻いている。

 その様相に。

 ベルソートの笑顔が引き攣る。

「まさか、無理にでも羽化する気かの」

『ごぼるるるるるる!!』

 血の泡立つ音。

 繭から出てきた蜘蛛の脚が谷の両岸をしっかと掴む。続いて六枚の翅が展開され、夜空を塞ぐほど大きな影を伸ばす。

 そして、昆虫のような甲殻を身にした海獣(トド)が現れた。

 ベルソートも唖然とする。

「マジかのぅ」

『ごぎるるるるるる!!』

 ベルソートは杖の上で立つ。

 咳払いをして。

 再び、背後に光の槍を生成した。

「やれ、骨が折れそうじゃのう」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ