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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
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 交渉から四日。

 遠くの峰に奇妙な光を見た。

 マダリの狩りの道中、同行していたタガネが遠くの山間を眺めていると空が明るくなった。日が暮れてしばらく経つ地上を照らしたのは、月でも太陽でもなく虹色のカーテンである。

 夏とは思えない冷気に包まれた。

 息が白くなる。

 旱魃、行方不明、この寒気。

 王国に立て続く異変は何なのか。

 作為的と疑うほど連続していた。

 その渦中に。

 何の悪戯か、いつも自分が踏み込んだ。

 物思いに耽っていると。

 先を行くマダリが足を止める。

「おじさん、どうした?」

「いや、別に」

 タガネは再び足を進める。

 その間、鐘の音が遠くから聞こえた。

 デナテノルズが鳴いている。

「おじさん、あれ」

「……あれが」

 また今晩も魂を回収して来たようだ。

 極光(オーロラ)のおかげで、飛空するデナテノルズの姿形が夜気に映し出されている。

 それは、やはり異形。

 海象(セイウチ)の頭とそれぞれが別々に動作する十を優に超えた複眼。下の(あご)から口外へと高く伸びる二本の牙があり、海獣に似たヒレの前脚で空を泳いでいる。

 いや――厳密には、泳いでいない。

 タガネは谷に目を凝らす。

 デナテノルズがそこに前足を降ろすと。

 一瞬だけ、その足下で一条の白光が現れる。それは山全体まで網の目状に走って消えた。

「何だよ、あれ」

「まさか」

 タガネは周囲を顧眄(こべん)する。

 魔獣が歩むたびに現れる線たち。

 これは。

「蜘蛛の巣か」

 この山岳部全体がデナテノルズの巣。

 谷間をつなぐ糸を張り巡らせて、その上を移動していたのだ。

 意外な生態に唖然としていると。

 肩の上の蜘蛛が騒ぎ出す。

 あの日にマリアの名を糸で示したクモは、あれ以来ずっとそばを離れない。どうして、そうしているのかは判らない。

 糸の上を伝って。

 デナテノルズはあの山の頂へ。

「なあ、おっさん」

「はあ?」

「人を捜しに来たんだよな」

「ああ」

 マダリが矢筒にある矢を数えていた。

 たいていが一射で仕留めるので、さほど減っていない。ただ、いつもより頻りに数えたり、慎重になっているのが節々に見受けられる。

 戦を控えた緊張の影響。

 いつも溌剌(はつらつ)とした顔に強張りがあった。

「戦いが怖いか?」

「なっ、お、おいらは山賊の息子だぞ!」

「人を殺したことは?」

「……無ぇ」

 タガネは笑った。

「それが良い」

「え……?」

「山賊の息子だろうが、何だろうが。できなくて当然だし、するもんじゃない」

「でも」

「そう思ってるから戦争で稼ぎに行くとき、親父はおまえさんを小屋に置き去りにしたんだろ。人殺しにまで手を染めて欲しくないし、安全に暮らして欲しいから」

 マダリが顔を伏せた。

 手元の弓を眺めて首をひねる

「……そうなのかな」

「そうでなきゃ、こうして一緒に歩いてなかったろ」

 マダリの隣まで行き。

 タガネはその肩をやさしく叩いた。

「もし、おまえさんが本物の山賊なら」

「え?」

「橋で立ち往生してる俺を、おまえさんは殺そうとしたろ」

「……そう、なのかな」

「そうだろ」

 マダリが苦々しげに顔を歪める。

「だから、怖いのかな」

「何を」

「デュークと戦うの」

 タガネは目をすがめる。

 剣の矛先を、マダリならば射るべき標的は定まっている。ただ手元を鈍らせる邪念は、それまで胸の中にあった相手への友愛や敬意だ。

「そうだな」

「おっさんは、今まで大切だった人と戦うことになったらどうした?」

「そうさな」

 タガネは苦笑する。

「鬼になることにしたよ」

「え?」

「相手を信じた自分の責任だって。そいつと、今自分が守るべき物を天秤にかけて」

「おっさんは何を守ったの?」

「そいつと過ごした思い出だよ」

 魔剣を抜きて空に掲げる。

 極光の光に濡れた剣身に自分の姿が映った。

 瞳は何かを捨てた強さを奥底に秘めている。

「それ以上、壊れないように」

「……」

「汚れないように」

「そうなんだ」

 タガネは魔剣を鞘に叩き込む。

 かちん、と硬い音がすると相好を崩す。

「俺はそうだった」

「……」

「守りたい物は千差万別。おまえさんも考えてみるんだな」

「うん」

「さて、ベル爺のところに戻るかね」

 タガネが先立って歩く。

 マダリが慌ててその後に続いた。





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