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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・下巻
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 夜の小屋に待機する二人。

 長杖を抱いて(イビキ)を掻くベルソート。

 魔剣を膝に置いて瞑想するタガネ。

 室内の沈黙は、両者が醸し出すもので全く対照的だった。むしろ、タガネは隣で呑気に寝ている老人に腹を立てている。

 援軍が望ましい現状で。

 マダリは一計ありとのたまった。

 それを半信半疑で頼ったタガネだったが、彼が小屋を出てから既に数刻が経過する。

 一計どころか。

 道中で一難あったかもしれない。

 タガネの顔は曇る一方だった。

 だからこそ。

 隣の老人の憂いの無い寝顔が苛立ちを誘う。

 鼓膜を魔法で治癒してくれたとはいえど、この能天気さは看過できる度合いを超えていた。

 ついに憤懣に堪えられず。

 しわだらけの頬を強くつねった。

「痛タタタタタッ!?」

「少しは心配しろ」

千歳(ちとせ)を生きるワシの瑞々しい肌が……!」

「斬るぞ爺」

「それワシの時が止まっちまうわい」

 灰色の瞳が剣呑な光を宿す。

 ベルソートが両手(もろて)を挙げた。

 つくづく真剣味を感じない態度が鼻につくが、各国から篤く尊敬を受けて、なおも支持する声が絶えない偉人である。

 三千を優に超える時間で熟した価値観。

 単に自分と合わないだけ。

 いや、考えすぎか。

 待機時間の長さに余計な思考が頭の中で台頭し始めている。これではマリア救出でも下手を打ちそうだ。

 タガネは頭を振った。

「マダリは遅いのぅ」

「向こうで交渉が難航してるのか」

 二人で思案していると。

 辺りにこだまする鐘の音がした。

 タガネにとって忌々しい鳴き声である。

「今宵もよく響くわい」

「耳障りだ」

「ふはは、冷たいの」

 その言葉にタガネが睨む。

 しかし、ベルソートはどこ吹く風で受け流していた。きっと殺気を飛ばしても、この老人が動揺することは無い。

 大魔法使いの名は伊達ではないのだ。

「なあ」

「む?」

「ベル爺は、何を生き甲斐にしてんだい?」

「ヌシのような人間に会うためじゃ」

「俺?」

 タガネは小首を傾げた。

「ヌシの周辺は苦難に満ちとる」

「……」

「その様相は、まるで英雄譚の一幕じゃ」

 嬉しくない評価。

 タガネは閉口して(かこ)ち顔になる。

 英雄になるつもりは毛頭ない。終わり方は常に血まみれである。

 ただ静かに暮らしたい。

 戦えば戦うほど。

 その夢は遠退いていく。それを見て楽しまれても業腹でしかない。

 ベルソートが朗らかに笑む。

「ま、ここに居るのも余興じゃ」

「悪趣味な」

「冷たいのう」

 そのときだった。

 戸がいきおいよく開け放たれる。

「ただいま!」

「…………」

「あれ、おいら歓迎されてない?」

 無言の室内にマダリが当惑する。

 タガネは、戸口に立つ元気な姿に鞘から抜きかけた魔剣を納めた。ベルソートが揚々と手を振って迎える。

 おずおずと入るマダリ。

 その後ろから三人が続いた。

 素肌に胸当てや肩の防具を付けた大男、角のある(かぶと)を被る小男、そして水着のような外見の鎧を着た女性。

 タガネは一人ずつ見回して。

「山賊か」

「うん、近くの山を縄張りにしてる」

「知り合いなのか?」

「小さい頃、世話になったんだ」

 マダリの回答に一片の迷いも無い。

 信頼を寄せている証拠だった。

 タガネは魔剣を床に置いて正対する。

「傭兵のタガネ」

「事情はマダリから聞いてるよ。アタイらは『火猿(イグテスト)』って名で通ってる」

 山賊の女性が口を開いた。

 タガネは驚愕し、わずかに瞠目する。

 火猿とは、名の知れた義賊(ぎぞく)の集団だ。話題性こそ最近壊滅した『面剥ぎ』には及ばないが、長い間王国の北部で悪名を轟かせた。

 風の噂では解散したと聞いていたが。

 この三人はその一員だとうそぶく。

 女性は胡座を掻いて、タガネの姿を眺め回す。

「……噂の剣鬼様でしょ」

「ケンキ?」

「マダリは知らなくていいの」

 女性がマダリを制する。

「火猿は解散したと聞いたが」

「表向きはね。ボスと数名が山賊になって、アタイらは引退」

「ボスは……」

「マダリの父親さ」

 タガネの顔が引き攣る。

 火猿の親玉の子息がマダリ。

 道理で山を駆ける猿じみた機動力が備わっているわけだと得心する。

 タガネは動揺を隠すように咳払いをして。

「単刀直入に言う」

「ん?」

「協力して欲しい」

 タガネが直截的に言い放つ。

 火猿の面子となれば、引退の後とはいえ戦力的にも信頼できる。魔神教団もまた未知数だが、この援軍はこの窮状では心強い。

 ところが。

 余計な会話を省くタガネの姿勢に、三人の発する空気が変わった。女性の顔にも険しさが宿る。

 大男が前に身を乗り出した。

「傭兵なら判るだろう」

「報酬か」

「そうだ。ボスのためとはいえ、我々も無賃(タダ)じゃ働かん」

「その通りだ」

 小男が賛同する声を上げた。

 予想通りの反応に、タガネは細く息を吐く。

 懐中から一枚の書状を出した。

「俺は国王の依頼で来ている」

「な……!?」

「これは本物だ」

「国王本人の印が()されてやがる!?」

 小男が特に騒ぎ立てた。

 タガネはそれを鼻先でちらつかせる。

 手に取ろうとした三人から、意地悪にさっと自分の方へと引き戻した。

「これで判るだろ」

「むぅ……!」

「協力すれば、おまえさんらにも報酬が与えられる整えを俺が取り計らえる」

 三人が互いに顔を見合わせた。

 壁際に移動して、なにかを詮議している。

 その内容がどうであれ。

 回答は一つだけだろう。

 確信をもってタガネは待ち構える。

 しばらくして戻って来た三人が、慎重な面持ちで書状に視線を運ぶ。

「本当に約束できるのか?」

「保証する」

「最後に無し、は許さんぞ」

「この稼業をやってるんでね。そこを(ゆるが)せにはせんさ」

 タガネは確約の意思を伝える。

 三人が決然とした顔で首を縦に振った。

「では、仲間を集めよう。用意できるのは最高で五十ほどだ」

「それでもありがたいが、早急に頼む」

「任せとき」

 契約が成立した。

 タガネは緊張を解いて、マダリと微笑む。

 魔神教団と一戦を交えるのに十全な戦力の備えができた。

あとはデナテノルズの蛹が作られる前に、襲撃を仕掛けて根絶やしにするのみ。

 ようやく先が見えてきた。

 タガネは拳を強く握って。

ふと、隣のベルソートを見た。

「ぐぅ」

「静かだと思ってたら」

「……寝てたんかい」




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