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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・上巻
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 山頂に向かう白衣の村人たち。

 それを率いる橋守のデュークは、長槍の穂先(ほさき)を回して頭上に円を描く。その挙動こそが儀式における何かの儀礼なのか、ひたすら槍を回転させている。

 奇怪きわまりない。

「気味が悪いな」

「うぅ……」

 マダリが小さくうめいた。

 タガネは眉根を寄せる。

 一風変わった文化の村。

 それらは幾つも見てきた。

 この場合は村一丸となった宗教である。

 そうなのだとしても。

 山頂の石化した人々を発見した。

 タガネとしては尊重すべき文化的価値よりも、退廃的(たいはいてき)で狂気すらうかがえる異常性だけが際立って感じられる。

 本来なら関わるべきではない。

 ただマリアが被害者であると発覚した今、心中では彼らとの衝突を避けることは(あきら)めていた。

 村から続く雑踏は山頂へ。

 低くなにかを呟いて進行する。

「化身さまが参られた」

「供物」

「生け(にえ)

「捧げなければ」

 口々に囁く。

 その片言隻句(へんげんせっく)を耳で拾って、タガネはひとり思索する。

 石化した人々、人を収集して体内で石化させて保存する魔獣、それを何かの化身と呼ぶ宗教、そして『橋織り』……。

 何事を成そうというのか。

 タガネはちら、と樹間から覗く。

 山頂を占有する巨大な魔獣。

 まだ夜闇で全容は見えないが、図体だけではない強さを感じる。魔剣レインが魔獣相手に反応しないのは、魔力反応が強すぎるためだ。

 (まず)い。

 あの石化はどう解けるのか。

 タガネ個人としても、依頼としても。

 救うべきはマリア一人。

 魔獣を倒さずして救えるなら良いが、橋が無い現在ではデュークたちの目を盗んで逃走するのは至難である。

 なら、倒すのか――あの巨獣を?

 静思に呻吟する最中。

 ふと、デュークが足を止める。

「おや」

 左右を広く見渡して。

「タガネ殿がいませんね」

 その一言にタガネは息を呑む。

 心臓がどきりと跳ねた。

 ――バレてんのかよ!

 その一言を胸の内に押し留めて観察する。デュークには、山頂にいることを気取られていた。それがマダリの催促だとも知られているだろう。

 なら。

 マダリもまた敵の手か。

 目が覚めたら訊く必要がある。

 今は鼓膜も破れて、精神的にも消耗していた。ここで彼らに見つかっても、逃げおおせる体力は無い。

 ここはまず、撤退だ。

 タガネはそっと、その場を離れようとして。

 何かが肩にぶつかる。

 そちらを見ると。

「お(ひさ)!じゃの」

「は?」

「そんな冷たい反応せんでも」

 三角帽子の老人がいた。

 片手を小さく上げて気さくな挨拶。

 その顔には見覚えがある。

 タガネは愕然とした。

「何してんだい、ベル(じい)

「お、その愛称良いのぅ!」

 思わず呟いた呼称に。

 腕を振って歓喜する老人を睨んだ。

 知らない間にタガネの背後を取ったのは、ヴリトラ討伐で世話になった大魔法使いベルソート・クロノスタシアだった。

 相変わらず天真爛漫。

 まるで子供のような無邪気さである。

「改めて――何してんだよ」

 タガネが呆れなかばに問う。

 ベルソートは豊かな顎髭を撫でて。

「調査じゃよ」

「何の」

「この魔神教団のじゃ」

「魔神、教団?」

 ベルソートが大きくうなずく。

 状況が状況なので。

 笑顔を絶やさない様子に、いささかタガネは苛々していた。鼓膜の破れた左耳からの痛みが引かないのもある。

 骨ばった指がデュークを指し示す。

「あれは司教じゃ」

「俺は宗教に明るくないんだが……」

「知らんくて当然じゃよ」

 ベルソートが肩をすくめる。

「あれは単なる宗教ではないのぅ」

「はあ」

「闇経済やら国家間での機密略奪の戦争でも幅を利かせとる。だから、ちょいと興味が湧いて、調べとるんじゃ」

 タガネは小首を傾げた。

 宗教団体が国家機密に関与するだけの争いにまで手を伸ばし、正規の手続きを外れて世を横行する武器の流通にも影響力があるなど荒唐無稽に思えた。

 そも今までタガネが見た宗教団体でも、大抵が魔獣を価値観から悪として定めている。

 名前に冠する通り。

 魔神を崇拝しているのだとすれば、一般的な宗教とは一線を画しているのかもしれない。

 タガネは怪訝に彼らを見やった。

「エセ宗教の手合いか」

「狂信者の集団じゃよ」

「うん?」

「魔神を崇拝しとる。そして、三大魔獣はその(つか)いとして扱っとるんじゃ」

「へー」

 ベルソートは魔剣を見た。

「使ってくれとるようじゃのぅ」

「うっせ」

「ほほ、ヌシの心もまだ乾いとらんらしい」

「……」

「良かった、良かったわい」

 ベルソートの目に涙がにじむ。

 その大袈裟な様子に、タガネは苦笑した。

 あれだけ非情にも王国を援護せず、ヴリトラ討伐を静観していた者が、どうしてタガネに温情をかけるのか。

 相変わらず底意が知れない。

 タガネは魔剣に触れる。

「それで」

「む?」

「あの魔獣の正体は?」

「あれはのぅ」

 ベルソートが杖で地面を軽く叩いた。

 その瞬間。

 風が凪いで、デュークたちの動きが固まる。舞っていた葉が中空で静止した。

 タガネは直感で理解する。

 時が――止まった。

 隣をちらりと流眄すると、ベルソートがにこりと微笑んでいた。

 これが【時】の大魔法使いか。

「でたらめな(じじい)だな」

「ワシはまだ三千と……たぶん百二十歳じゃ」

「何がまだ、だよ」

「ワシだって()()を読む」

「ごまかせる年数じゃないね」

 タガネは呆れて嘆息した。

 やはりつかみ所がない。

「あそこにいる魔獣は『デナテノルズ』。北の古語で『晩鐘(ばんしょう)』を意味する」

「三大魔獣か?」

「その手前じゃ」

「……()()?」

 タガネは訝って前のめりに問う。

 ベルソートが若干身を引いて続けた。

「ヤツは三大魔獣でも異質」

「異質?」

「成長過程があるんじゃよ。幼虫、(さなぎ)、羽化とな」

「まさか、虫なのか」

「あれは蛹の前じゃな」

 タガネは闇を意識を澄ませる。

 虫、ならば(はね)で飛行してきたのか。いや、羽化という段階があるなら、蛹の前に翅は無いはず。魔獣が尋常な虫と理を同じにするかは微妙だが、仮に同じ段階を踏まえるなら国境の戦場を横断した影とは一致しない。

 でも、マリアや行方不明者たちはいる。

「幼虫の際は巣を定め、そこに魂を喰らった後の獲物の『脱け殻』を石にして保存する。あとで捕食した魂を魔素に変換し、脱け殻を編んで作った(まゆ)の中に入って蛹となる」

「……魂、脱け殻……」

「蛹は橋のような見た目での。谷間に作られるんじゃ」

「……この教団は、成虫にしようとしてるのか」

 ベルソートが首肯する。

 いよいよ剣呑な事態だとタガネは愁眉を険しくする。

 行方不明者たちは見つけた。原因は三大魔獣、その成長を促す魔神教団が裏で暗躍している。

 ふと。

 タガネは疑問に思った。

 ここへは、情報提供者『マーダル』の目撃情報を(たの)みに来たが、本人にはいまだ会っていない。もしや、石に変えられたのか。

 何にせよ。

 あのままマリアを放置できない。

「ベル爺」

「おん?」

「石化を解く方法はあるのかい?」

「……ヤツは、魂を養分として蓄えとる。まだ魔素に変換しとらん。倒せば魂は肉体へと(かえ)るじゃろう」

「なら、やることは一つだ」

 タガネはその場から立ち上がった。

 マダリを抱えて斜面を山の駆け下りる。

 杖にまたがり、空を滑空するベルソートが隣に並んだ。

「どうするんじゃ」

「体勢を立て直す」

「それから?」

 ベルソートのにやついた顔。

 答えは聞かずとも察しているのだろう。

 呆れつつ。

 タガネもまた獰猛な笑みを浮かべて。

「化け物退治だよ」

 剣鬼としての本性をあらわにした。





ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。

次回に登場人物紹介を挟んで、『下巻』です。

今までで一番濃い戦闘とキャラが出ます。

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