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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・上巻
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 タガネが案内された宿舎。

 村の隅に一つ天幕が張っているだけだった。

 旅人用としては、設備の少なさに驚かされたが、雨風を凌いで眠れるだけでも上々である。

 マダリと別れて中で休む。

 人ひとりが横になれる空間(スペース)

 タガネは天幕を見上げて小さく息を吐いた。

「東方人、ね」

 先刻のデュークの質問。

 名前は東方の道具に由来する。

 タガネは珍しい混血だった。

 母親が東方から船で航って来た踊り子。

 当時、行商人だった父と懇意になり、タガネを身ごもって定住したと聞く。

 まだタガネが四つになる頃に他界していた。

 原因は病だった。

 濡れ羽色の髪、雪のような白皙の肌、万人の心を惹き付ける玲瓏(れいろう)な声、訪れた地をその麗々たる姿で魅了した美女と噂すら立っていた。

 そんな母から生まれたタガネは、顔つきばかりは母に似て、髪などは突然変異で銀色になり、父には気味悪がられた。

 タガネを受け()れてくれた唯一の人間。

 それが母だった。

 朧気(おぼろげ)な記憶の中の人。

 床に臥せたときも故郷の話をしていた。

 夏の前には桃色の花弁を散らす木々が風にそよぎ、藁を編んだ床や紙を張った引き戸のある家、騎士に似た剣を持つ兵など。

 タガネの幼心をくすぐる物ばかり。

 たおやかな母の手が頭を撫でる。

『いつか、あなたを連れて行きたかったな』

 いつも言っていた言葉。

 色褪せない記憶だった。

「おじさん!」

「あ?」

 珍しく郷愁に浸るタガネに。

 天幕の外から呼び掛ける声がした。

 起き上がって外に顔を出す。

 マダリが片手にランタンを手にしている。何やら企み顔で、小脇に抱えた袋を差し出した。

 タガネは不審に思いつつ受け取る。

 中身は少量の木の実だった。

「これは?」

「おやつ」

「何で俺に」

「いいから」

 急かすように。

 マダリが外へと招いた。

 渋々と天幕を出てその後に続く。村のある平地を出て、山頂に向かう。急な傾斜を、猿もかくやといった機敏な身のこなしでマダリは上がっていく。

 タガネは必死に追従した。

 この体捌き、たしかに山賊の出なら納得だ。樹間を跳ね回って遠くなる背中が視界から消えないよう走る。

 やがて。

 周囲は木々や草が途絶えて岩場となった。

 村のときより、呼吸が苦しい。

 タガネは後ろをかえりみる。

 村からはずいぶんと離れたが、空気が薄くなるほどの高度は無い。夜闇のせいで幾分か距離感に錯覚が生じるが、それでも異様な肺腑を圧迫される苦痛があった。

 眉をひそめて前に向いた。

 山頂と思しき場所。

 そこに無数の彫像が建っている。

 タガネは近づいて一つずつ(あらた)めた。

「……これは」

 一つずつ。

「まさか」

 つぶさに。

「あり得ないだろう」

 事実を確かめる。

 タガネは呆然と立ち尽くす。

 彫像のすべてが信じがたい物だった。

 それらは石像。

 精緻に作られているのかもしれない。

 山賊と思われる野蛮な面差しの男たち、他にもさまざまな人間などはあったが、中でも一際異彩を放っていたのは一つ。

 タガネが触れた石像。

 長い髪をした女性だった。

「何で」

 片手に剣を握っている。

「おまえさんがここに?」

 それは――マリアに似た物である。

 空を見上げて、驚愕に顔を歪めていた。実物に会った人間にしか(わか)らないが、明らかにマリア本人に酷似している。

 周囲を見回した。

 王国騎士団、傭兵、帝国軍の装束をした石像が顔を揃えている。中には負傷した状態の物さえあった。

 それを見たタガネは、胸中に一つの感想を抱く。

 まるで。

「砦の戦線で戦った兵士みたいだ」

 顔触れは間違いない。

 近くに、王国騎士団の団長もいる。

 夥しい石像たち。

 これは誰かに岩を削って製作したとは思えないほど精巧で、まるで以前まで生きていたかのようにさえ感じる。

 タガネは茫然自失として。

 その後ろにマダリが立った。

「その人、綺麗だろ」

「こんな物、いつから?」

「さあ。おいらも見たの最近だし」

「え?」

 タガネは振り返る。

 そういえば、マダリは山賊に捨てられた孤児だと聞き及んでいる。そこに違和感を覚えた。

「一つ訊いていいかい?」

「なんだ?」

「おまえさん、いつから村に?」

「えっと、一年前」

「……おまえさんのいた山賊たち、どうなったか知ってるか?」

 マダリが首を横に振る。

「いんや、知らない」

「……」

「でも」

 彫像の集団。

 その一画をマダリは指差した。

「あそこに皆に似たのがある」

「え……」

「だから寂しくねぇんだ。デュークも姉ちゃんも優しいし」

 タガネは顎に手を当てて黙る。

 目前にあるマリアに似た石像を見た。

「そうか」

 タガネは山の下へと振り向く。

 村の灯りが闇の中に浮かんでいた。やはり人の声や生活音の一切が聞こえない。

 だからこそ。

 ――ごぉおおんっ!

 鐘の音は聞こえる。

 以前よりも、大きく。

 ――ごぉおおおおんっ!

 音圧で体が揺れるほどに。

「ぐッ……!」

「な、何だよこれぇ!?」

 堪えきれずマダリが耳を塞いでうずくまる。

 鼓膜を苛む響きが強さを増した。それが脳内にまで伝播し、平衡感覚を奪っていく。

 タガネはその場に膝を屈した。

 凄まじい音波が襲ってくる。

『ごぉおおおおんっ!!』

 山間を震撼させて、その『鐘の音』は闇の中から()()()()()()()






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