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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・上巻
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 タガネは土を払って立ち上がる。

 橋守の男を正面に見据えた。

 威厳と気品。

 それを兼ね備えた印象だった。

 六尺手前まであるタガネの背丈を、さも嘲笑うように高い位置から注がれる金の眼差し。髪を刈って頭皮が晒されており、僧衣と相俟(あいま)っていかにも僧伽(そうぎゃ)の風体である。

 長身はすっくと姿勢よく立ち、(たもと)からのぞく腕の筋肉は隆々としていた。

 そして何より。

 手にした槍が異様に長かった。

 いや、槍というよりも(もり)に近い。

 槍の先端が猫の手のように屈曲している。

 薙刀か、それとも斧か。

 判じがたい奇妙な形状の刃だった。

「橋守のデューク」

 男が名乗りを繰り返す。

 タガネは笠を取って一礼した。

「タガネ、旅の者です」

「ふむ、東方の出身ですかな?」

「……いえ、母が東方人なので」

「なるほど」

 タガネは努めて笑顔を作る。 

 橋守のデュークが目を細めて。

「銀の髪?はて、何処かで……」

「橋が落ちた不祥事の由、失礼な形の訪問になってしまった」

 正体が傭兵だと感づかれる。

 その予感がしてデュークの思考を遮るように話しかけた。

 傭兵、それも銀髪となれば特定しやすい。

 剣鬼と露呈したら、危険人物と見なされて村への入行を禁じられる恐れがある。そうなれば本末転倒なのだ。

 最悪は王命という便宜があるが。

 強制力は悪印象と後顧の憂いを作る。

 タガネは頭を軽く下げた。

 デュークが目を剥いて。

「いえ、いえ。お気になさらず」

「そうですか」

「はは、善き人のようだ」

 デュークが満足げにうなずく。

 背後のマダリが胸を撫で下ろした。

 タガネも内心で安堵の息をする。

 どうやら。

 危険人物の嫌疑はまぬがれたらしい。

 僧衣の裾が翻る。

 デュークが村へと歩き出した。

「歓迎しよう、タガネ殿」

 マダリがそばに駆け寄る。

 タガネも後ろに従った。

「よかったな、おじさん」

「……」

 遺憾(いかん)な「おじさん」の呼称。

 タガネは胸中にみなぎる怒気を抑えた。

 無邪気に感情をぶつけてくる。

 だからタガネは子供が嫌いだった。

 本当に。

「しかし、この奥深い谷に村がね」

「利便性は都に劣るでしょう」

 先導のデュークが独り言に答えた。

 タガネは谷を眺める。

 もう闇に沈んで底は窺えない。

 街道からも外れ、山の悪路でしか通じず、橋一本のみが村への出入口。なるほど、便利さを問われれば苦しくなる地勢だった。

 しかも。

 その橋すら落ちている。

「しかし、我々には心地好い」

「……橋守の仕事とは?」

「都の番兵と同じ。橋を守り、害を退く務めなのです」

「大変なのでは」

「山賊相手がもっぱらですね」

 デュークの声に気負いはない。

 タガネは彼の槍を斜視する。

 それは自らの腕に対する自負か、それともこの辺りに跋扈する山賊が弱小であるとの確信なのか、或いはその両方か。

 いずれにせよ。

 殊更に疑念を誘う。

「橋が落ちていますが」

「ああ」

「理由を訊ねても?」

「実は、()()なんです」

 デュークが肩越しに微笑む。

 タガネは片眉をつり上げる。

「儀式?」

「道中、鐘の音は聞きましたか?」

「ああ、はい」

「あれは兆しなのです」

「兆し?それは――」

 タガネが問い糺そうとして。

 木々の間を通っていた三人の目の前に、豁然(かつぜん)と村の風景が広がった。天幕を張る家々が、内側に光を灯して森の中の夜気を照らす。

 デュークが両腕を広げた。

「ようこそ、我が村へ」

「静かですね」

「みな『鐘の音』を聞くためですよ」

 静寂に包まれた村。

 さぞや谷に反響する鐘の音が聞きやすいだろう。しかし、どうしてそこまで。

 それに。

「マダリは知らなかったのか?」

「え?」

「橋を落としたのは儀式だと」

 マダリの顔が一転して暗くなる。

 訝るタガネの前で、マダリの頭の上に手が置かれた。優しくデュークが撫でている。

「この子は孤児なのです」

「村の子ではない?」

「山賊が置き去りにしました」

 デュークの神妙な顔。

 タガネは目を伏せる。山賊の子、ともなれば想像ができたのは、この村では肩身の狭い思いをしていること。村の風習と思しき『儀式と鐘の音』を知らないのは、そのためだ。

 タガネがマダリを一瞥する。

「では、誰が世話を?」

「私と、娘で」

「そう、ですか」

 デュークが掌を打ち合わせる。

 その音にマダリが顔を上げた。

「我が家も狭いので」

「草枕でも構いません」

「いえ、旅人用の宿舎があります」

「……ありがたい」

 デュークがマダリの肩を押した。

「タガネ殿を案内してくれるか?」

「うんっ」

 マダリが早く、と催促する。

 前を駆けていく小さな影。

 そちらへと踏み出す前に、タガネは振り返った。

「そういえば」

「はい?」

「青髪の女性を見なかっただろうか?」

「青い髪、でしょうか」

「騎士らしからぬ傲慢なやつなんだが」

 デュークはしばし黙考し。

 目元を険しくさせながら緩やかに首を横に振った。

「いえ、覚えがありませぬ」

「そうか、ありがとう」

 タガネは歩み出した。

 ぐんぐんと進んでいくマダリを追う。灯りに囲まれた道の中、鐘の音がまた聞こえた。

 タガネは耳を澄ましながら進む。

 その背中を。

「青い、髪」

 デュークが睨んでいた。





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