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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・上巻
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 谷を降りて、河を渡る。

 対岸の山に着いたのは、やはり夕刻だった。

 案内の足取りが遅々としていたのではない。

 むしろ。

 マダリは子供にしては早かった。

 山岳部での足先の運びを心得ている。

 急斜面にも臆さず前に進む。

 タガネでさえも追いすがるので手一杯だった。

 人かも疑わしくなる。

山猿(ましら)じみてるな」

「猿じゃねえやい!」

 マダリが振り返る。

 タガネの独り言を咎めた。

 先導の凄まじさに苦笑する。時折、後ろの人間を忘れているのではというほど加速するときがあった。

 最低限は人の通れる道。

 ただ。

 タガネでさえも息が上がる難所だった。

 村の直前に着いた頃の空を見上げる。

 茜の(すみ)に群青の夜が兆していた。

「マダリ、訊いても良いか」

「なに?」

「最近、火事はあったかい?」

「え、何処で」

「この近くの橋だ」

「うん」

 マダリが前方を指差す。

 山の傾斜の上に、平地ができている。

 そこに天幕を張った家が建ち並んでいた

 タガネはそちらに視線を向けつつ。

「火事の原因は?」

「わかんない」

「だが、ここいらで火事は大事だろう」

 ここは草木の豊かな大地。

 ひとたび火が立ち上がれば、麓や頂まで伝わる勢いは風も同然である。村も橋の位置からさして離れていない。

 つまり。

 出火すれば即座に発見できる。

 それが知らないとは不思議に思えた。

 マダリが肩を竦める。

「きっと橋守様さ」

「橋守が?」

「余所者から橋を守ろうとしたんだ」

「余所者……」

 その言葉に。

 剣姫の姿を思い浮かべる。

 確かに性格に難はあった。

 しかし、マリアは大抵の人間――それも部下に対しては剣の腕を鼻にかけて威張り、周囲を侮ることが多々あった。タガネ同様に遺恨があったり、敵対関係である人と以外も衝突したりすることは少なくない。

 橋守と一戦を交えることはあり得る。

 とはいえ。

 そも火事の原因が余所者との(いさか)いとも限らないし、何よりそれがマリアと別人の可能性だってある。

 ただ、目撃情報があった。

 時期としても不吉。

 なるべく余所事であって欲しい。

 タガネは長嘆の息を吐いた。

「しかし、俺は良いのか?」

「え?」

「橋守へのお目通しだよ」

「あー、うーん……」

「橋を渡る人間を選ぶって話だが」

 タガネは橋の方を見やる。

「橋はあの様だ」

「じゃあ、会う?」

「……まあ、そうさな」

 村に入行する人間を選別する。

 それは危険性の有無を検査しているのだ。

 橋守は、いわば検問と同じ。

 橋がない不祥事とはいえ、断りもなく村へ入れば不法侵入だと咎められ、拘束されるとも考えられる。

 マリアのことも含めて。

 会って話した方が良いことは確かだ。

 マダリが笑顔でうなずく。

「なら、おいらから伝えとくよ」

「じゃあ、ここで待とう」

「うん、待ってて」

 マダリが先に駆けていく。

 タガネは木陰に腰を下ろした。

 鐘の音は聞こえない。

 谷底の小河の音が聞こえていたが、宵闇の中に沈みつつある。樹間に立ち上がりつつある陰が濃さを増し、夜の到来を感じ取った獣がそこかしこで(ざわ)めく。

 日中の強い風は鳴りを潜めていた。

 タガネは空を振り仰ぐ。

 橋守に事情を話せば許可は得られる。

 人捜しならば問題ない。

 後ろめたいことがなければ……。

「何事もなけりゃ良いが」

「そこの君」

 藪を掻き分けて。

 長身の僧衣が姿を現した。

 片手には、身の丈を超える槍を持っている。

 若い男だった。

 涼やかな眼差しが、タガネを射竦めた。

 隣にマダリが顔を出す。

「君かね、来訪者とは」

「ええ。……あなたが?」

 背筋を正して。

「橋守のデュークと申します」

 タガネを射竦めながら名告った。





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