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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
四話「橋織る谷」・上巻
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 ここには吊り橋があった。

 王国北西部の山岳部。

 谷間に架けられた橋で、渡れば対岸の村に着くとされ、長らく利用されてきた。

 定期的な点検もあったと聞く。

 しかし。

 タガネは谷底を覗いた。

 遥か下に小河が流れている。

 残骸らしき木片は見当たらない。

 黒ずんだ支柱から垂れた綱は途中で断たれ、下で終端が揺れている。風が吹くたびに悲鳴じみた軋音がした。

 崖から張り出した桟敷状の橋の土台に座る。

 風は吹いている。

 下の小河を渡れば、対岸に着くのは夕刻。

「これは如何とするか」

 タガネは膝の上に頬杖を突いた。

 ここに来た理由。

 国境で繰り広げられた戦争が発端だった。

 ヴリトラ討伐で疲弊した王国。

 そこを狙った帝国の侵略を阻止すべく勃発した戦は、タガネが別の依頼にかかずらっている最中に、両軍とも思わぬ悲劇に見舞われた。

 砦の下町の目撃情報によれば。

 上空に異形の鳥影。

 空を覆うほどの巨躯で戦場を縦断した。

 その間、突如として誰のともわからない悲鳴が辺りに響き渡り、鳥影が過ぎた後はわずかな呻き声ばかりで人の気配は絶えていたという。

 そして。

 多数の戦士が行方を(くら)ませた。

 何とも奇っ怪な話。

 タガネがここに来たのは捜索のため。

 依頼ではない。

 ただ行方不明者の一人に用があった。

「何処ぞに消えたのかね」

 それは。

 王国騎士団の副団長を務める少女。

 剣姫マリアだった。

 先の一件でマリアに世話になっている。礼を言わなければならない。相手からの勝手な援護で、感謝する必要は無い。

 ただ。

 これを(ゆるが)せにはしない。

 それがタガネの中の鉄則。

 礼儀を欠けば、裏切りの可能性が高くなる。

 傭兵稼業以外での交流があった人間に必須な対応なのだ。その所為(せい)で王国から王家剣術指南官の勧誘を受ける厄介に繋がってはいるが……。

 ともかく。

 マリアを捜さなければならない。

 あれから一月も足取りを辿った。それでも、何ら手懸かりは出なかった。

 中断も検討したが、途中からは王国から依頼として話が運ばれ、前払いの報酬も受け取ったのでやむを得ず続行している。

 忽然と消息を絶った剣姫。

 捜して一月と三週間が経った。

 その苦闘あっての末か。

 ついに目撃情報が挙がったのが。

「この谷か」

 王国北西部に広がる山岳地。

 峻険(しゅんけん)たる地形もさることながら凶悪な魔獣が多いとあって、人は寄り付かず、帝国もここから攻め入るのを断念している。

 定住や通り道に向かない。

 そんな危険な土地にある唯一の村。

 それが橋の先にあるのだ。

 目撃情報は、そこから仕入れた物。

「……だが渡れん」

 事前に聞き及んでいた。

 その村の風土は王国とも異色。

 異なる生活文化で営まれている。

 何より。

 村の頭目は『橋守(ブルナーク)』と呼ばれる役職の人間が担っているらしく、橋を渡る人間を選別するとのこと。

 タガネは再度橋をあらためた。

「まさか、奴等の仕業か?」

 橋を吊るす綱。

 それを垂らす支柱に触れる。

 表面を撫でれば、砂に似た感触がする。

 訝って、タガネは手のひらを見た。

「……これは、灰か?」

 指の腹が黒ずんでいた。

 擦ってみれば砂のように風に散る。

 タガネは綱も確かめた。

 土台の下に落ちた分を手繰り寄せる。引き揚げた終端に鼻を寄せて嗅ぎ、次に触れて灰の有無を改める。

 やはり燃焼の跡がある。

 指につく灰、微かに焦げた臭い。

 この高地。

 橋は吹きさらしの状態である。

 灰もすぐに風で飛ばされてしまう。

 何よりも、すぐに消えやすい痕跡の臭いが残っている。人の嗅覚で調べられる強さならなおさらだった。

 最新の地図が発行されたのは二週間前。

 これでは橋は繋がっている。

 旅人や傭兵に誤った情報を与えるのは危険だと、地図は正確に記載するのが常道とされた。制作者がそこを怠るとは到底考えられない。

 その時期と照らし合わせる。

 つまり。

 橋が落ちたのは、十曜を二周りする間だ。

 それほど最近である。

「しかも、か」

 それも原因は橋が燃えたこと。

 明らかな事件性が臭う。

 剣姫の所在との関連性があるか否か。

 タガネは黙って思索する。

「おじさん、何してんの」

「……まだ一七だ」

 背後からあどけない声。

 タガネは振り返って声の主を探す。

 すぐ近くの木から、姿をのぞかせた。

 釣竿を担いでいる。

 まだ子供らしい丸みを帯びた豊頬、青い短髪に木の葉をつけて、袖や刺繍もない簡易な貫頭衣に身を包んでいた。

 笑った口許は、白い歯がまぶしい。

 タガネはその子供に近づく。

「なあ、(わっぱ)

「なに?」

「おまえさん、ここらに住んでるのか」

「うん、向こうの村だよ」

 子供が指で指し示す。

 対岸の方角だった。

「おじさんは、旅人?」

「ああ。村に用があって来たんだ」

「ふーん」

「でも橋が、これじゃあな」

 タガネが一瞥した先。

 焼け落ちた吊り橋が応えるように軋む音を立てた。

 すると。

 子供が自身の胸を叩いた。

「なら、おいらが案内するよ!」

「道、あるのか?」

「うん」

 タガネはそれを聞いて安堵した。

 子供の案内。

 いささか心配だが、危険な土地に営まれた村の住人ともなれば、常識から考えても正確には推し量れない。

 ここの地勢に精通しているのだろう。

 子供の顔に躊躇いの色はなかった。

「助かる」

「おいらマダリってんだ」

「タガネだ。よろしく頼むよ」

「よし。こっちだぜ、おじさん」

「たがら違うっつの」

 挨拶を交わして。

 マダリの導きに従って歩く。

 その足先は谷底へと向かっていた。もしや河を渡るしかなかったのかと、内心では肩を落としつつも小さな背中を追う。

 谷に風が吹く。

 遠くから鐘の音を聞いた。

 谷間に反響して、遠くの空に駆けていく。

 マダリが足を止めた。

 耳朶(じだ)に手を添えて耳を澄ましている。

「どうした」

「良い音だよな」

「この近く、東方式の教会でもあるのか?」

「いや、無いはずだけど」

 マダリの顔が曇る。

 再び前へと歩き出した。

 一瞬見たその表情の機微を見取って、タガネは猜疑心で眉間のしわを険しくさせる。

 嫌な予感がする。

 騒ぐ胸裏に呼応してか。

 ――ごぉぉおん。

 また、鐘は鳴った。





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