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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話「境の逃げ宝」下編
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 宛がわれた部屋で。

 リンフィアは寝台に座っていた。

 伏せた顔は憂いの陰りが消えない。

 久しぶりに兄と再会を果たして、嬉しかったのは事実である。紛れもなく喜んでいた……のかもしれない。

 けれど。

 それよりも鮮烈に映った。

 革命家リクルの顔。

 待合室でのことも。

 まるで別人で、今まで見たことが無い。

 ガーディア戦争の跡地で会い、その後に帝国の地下牢に拘束された後も、身の危険を顧みずに探しに来てくれた。

 そこに感謝の念は尽きない。

 数年に及ぶ長い付き合いだった。

 リクルの笑顔だけが苦境の中の救い。

 でも、フォクスに見せていたときの顔は別物。企みを含む相貌は、もうリクルではなかった。

 わからない。

「リンフィア?」

 扉を叩く音。

 リンフィアは驚いて肩が跳ねた。

 向こう側からリクルの声がする。

 懊悩(おうのう)の原因なだけに体温が下がっていく。

 無意識に震えた。

「ど、どうしたの?」

「少し話があるんだ」

「え?」

「入っても、良いかな?」

 リクルが入室しようとしている。

 何をしに?

 リンフィアは立ち上がって扉の前に立つ。

 声は自分の知るリクルだった。

 革命家としての一面に対する動揺はいまだ拭えないが、彼の行動や人柄を鑑みても、亜人種の立場改善に努めていることに偽りは無い。

 そう。

 革命家としての顔は、そのために必要だったこと。

 本性はきっと、いつも知るリクルの方だ。

 リンフィアは自身を納得させるために、何度も胸の中で繰り返した。

 心を整理する。

 疑念で騒ぐ胸中を落ち着かせた。

「どうぞ」

 リクルを室内に招いた。

 開いた扉の隙間から顔が覗く。

「ごめんね」

「な、何か用?」

「もうすぐ夕食ができるらしいよ」

「あ、そうなんだ」

 リクルが室内に滑り込む。

 それから、彼は顔を暗くさせた。

「少し、伝えなきゃいけない報せがあって」

「え?」

 リンフィアの心臓が跳ねる。

 悲しい報せ。

 その内容を想像する。

 そう言えば、彼らの目的はリンフィアを獣国へと無事に返すこと。護衛を要した危険な旅路が終わった現在、もうここに居る用は無い。

 まさか、すぐに発つのか。

 数年間も心の拠り所にしていたリクルが、去っていく。

 想像がそこまで行き着いたとき。

 とてつも無い不安に駆られた。

「実は、だね」

「っ……」

 リクルが悲痛に歪める。

「剣鬼殿が帝国の間者だった」

「え……?」

 想定していた物とは違う。――とはいえ、それは驚かざるを得ない。

 自らの耳を疑った。

「そ、それは、本当に?」

「今、帝国の仲間とこっちに来てる」

「そんな……」

 リンフィアの顔が蒼褪(あおざ)めた。

 もし、そうなら。

 今まで襲ってきた刺客、それを斬り払ったタガネの姿は、ことごとくが自作自演。

 命懸けで守ってくれたが。

 可能性はある。

 傭兵なので、報酬次第では誰にでも傾く。

 いつから、だったかは判らない。

 それでも、今は危険人物なのは間違いない。

 リクルがリンフィアの両肩を掴む。

「逃げよう」

「え?」

「君と僕の抹殺が彼の目的だ」

 リクルに手を掴まれる。

「行こう」

「ま、待って!兄さんたちは?」

「君を任された」

 全身から冷や汗が滲む。

 フォクスは、恐らくタガネを引き付ける(おとり)になるつもりだ。

 もし、そうなら危険である。

 道中で目の当たりにした剣鬼タガネの実力は、凄まじいの一言に尽きる。獣兵――亜人種の兵士――でも勝機は薄い。

 兄が死んでしまう。

「ど、どうしよう」

「大丈夫、絶対に守るから」

「でも……」

「フォクスさんとの約束なんだ!」

 リクルの切迫した表情と声。

 リンフィアは口を(つぐ)んだ。

 そのまま手を引かれて廊下に出た。

 目の前の景色が歪む、溢れた涙が熱く目元を濡らす。

「大丈夫だよ、リンフィア」

「……うん」

 タガネの裏切り。

 死を覚悟した兄の行動。

 激しく流転する事態に、もう冷静な判断はできない。

「僕に、ぜんぶ任せて」

 リクルの声だけが聞こえていた。



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