7
宛がわれた部屋で。
リンフィアは寝台に座っていた。
伏せた顔は憂いの陰りが消えない。
久しぶりに兄と再会を果たして、嬉しかったのは事実である。紛れもなく喜んでいた……のかもしれない。
けれど。
それよりも鮮烈に映った。
革命家リクルの顔。
待合室でのことも。
まるで別人で、今まで見たことが無い。
ガーディア戦争の跡地で会い、その後に帝国の地下牢に拘束された後も、身の危険を顧みずに探しに来てくれた。
そこに感謝の念は尽きない。
数年に及ぶ長い付き合いだった。
リクルの笑顔だけが苦境の中の救い。
でも、フォクスに見せていたときの顔は別物。企みを含む相貌は、もうリクルではなかった。
わからない。
「リンフィア?」
扉を叩く音。
リンフィアは驚いて肩が跳ねた。
向こう側からリクルの声がする。
懊悩の原因なだけに体温が下がっていく。
無意識に震えた。
「ど、どうしたの?」
「少し話があるんだ」
「え?」
「入っても、良いかな?」
リクルが入室しようとしている。
何をしに?
リンフィアは立ち上がって扉の前に立つ。
声は自分の知るリクルだった。
革命家としての一面に対する動揺はいまだ拭えないが、彼の行動や人柄を鑑みても、亜人種の立場改善に努めていることに偽りは無い。
そう。
革命家としての顔は、そのために必要だったこと。
本性はきっと、いつも知るリクルの方だ。
リンフィアは自身を納得させるために、何度も胸の中で繰り返した。
心を整理する。
疑念で騒ぐ胸中を落ち着かせた。
「どうぞ」
リクルを室内に招いた。
開いた扉の隙間から顔が覗く。
「ごめんね」
「な、何か用?」
「もうすぐ夕食ができるらしいよ」
「あ、そうなんだ」
リクルが室内に滑り込む。
それから、彼は顔を暗くさせた。
「少し、伝えなきゃいけない報せがあって」
「え?」
リンフィアの心臓が跳ねる。
悲しい報せ。
その内容を想像する。
そう言えば、彼らの目的はリンフィアを獣国へと無事に返すこと。護衛を要した危険な旅路が終わった現在、もうここに居る用は無い。
まさか、すぐに発つのか。
数年間も心の拠り所にしていたリクルが、去っていく。
想像がそこまで行き着いたとき。
とてつも無い不安に駆られた。
「実は、だね」
「っ……」
リクルが悲痛に歪める。
「剣鬼殿が帝国の間者だった」
「え……?」
想定していた物とは違う。――とはいえ、それは驚かざるを得ない。
自らの耳を疑った。
「そ、それは、本当に?」
「今、帝国の仲間とこっちに来てる」
「そんな……」
リンフィアの顔が蒼褪めた。
もし、そうなら。
今まで襲ってきた刺客、それを斬り払ったタガネの姿は、ことごとくが自作自演。
命懸けで守ってくれたが。
可能性はある。
傭兵なので、報酬次第では誰にでも傾く。
いつから、だったかは判らない。
それでも、今は危険人物なのは間違いない。
リクルがリンフィアの両肩を掴む。
「逃げよう」
「え?」
「君と僕の抹殺が彼の目的だ」
リクルに手を掴まれる。
「行こう」
「ま、待って!兄さんたちは?」
「君を任された」
全身から冷や汗が滲む。
フォクスは、恐らくタガネを引き付ける囮になるつもりだ。
もし、そうなら危険である。
道中で目の当たりにした剣鬼タガネの実力は、凄まじいの一言に尽きる。獣兵――亜人種の兵士――でも勝機は薄い。
兄が死んでしまう。
「ど、どうしよう」
「大丈夫、絶対に守るから」
「でも……」
「フォクスさんとの約束なんだ!」
リクルの切迫した表情と声。
リンフィアは口を噤んだ。
そのまま手を引かれて廊下に出た。
目の前の景色が歪む、溢れた涙が熱く目元を濡らす。
「大丈夫だよ、リンフィア」
「……うん」
タガネの裏切り。
死を覚悟した兄の行動。
激しく流転する事態に、もう冷静な判断はできない。
「僕に、ぜんぶ任せて」
リクルの声だけが聞こえていた。




