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街灯の光が点き始める。
宵の空の下では町も彩りを変えた。
賑々しい道々に咲く雑談には酒も交わされ、昼よりも野蛮で品は無けれど空気を温かくする。
それを眺望する高さ。
クレスが検問の壁の上に立つ。
国境を囲う隔壁。
それは飛び越えるとごろか、登攀すら許さない絶壁である。
しかし、クレスには地形も高度も関係無い。
影魔法での移動。
それは光がある限り、何処へでも行ける。
水中、岸壁、あるいは雲の上……。
つまり。
壁面を影となって登るのも容易だった。
クレスは、眼下の獣国を見る。
「着いたぞ」
そして.
自身の影に手を突っ込み、おもむろに中から何かを引っ張り出した。
クレスの足元。
そこからタガネが引き摺り出される。
咳き込んで壁上に倒れた。
「気分が悪い」
「突き落とすぞ貴様」
「月の無い夜は無能のくせに」
「だ、黙れっ」
タガネの悪態に、クレスが顔を赤らめて怒る。
そう。
影の無い暗中。
新月の夜や人手の届かない洞窟などは、クレスの影魔法が効果を失う。今宵は下弦の三日月、あと数日後の巡り合わせならクレスは役に立たなかった。
タガネはふっと息を吐く。
クレスの影魔法。
闇の中では無効化されるが、有り余る利点があるので強力である。
どんな人間にも気配を悟らせず動ける。
他にも、他の影に取り付くどころか、自身の影に人や物を収容できる。
今回はタガネを強引に影へと収め、壁上まで移動したのだった。
二人は獣国を見回す。
「何処にいる?」
「あれだ」
クレスが指し示す。
そこには、一際大きな屋敷が建っていた。
子爵家が住むくらいの、豪奢とは言えずとも他とは風致が異なる外見をしていた。
そこにリクルがいる。
昼間にクレスが調査して突き止めた。影ならば検問にも悟られない。その間、タガネは宿屋に預けた荷物を回収し、合流した次第である。
これから獣国に侵入し、リクルを拉致する。
それが作戦だった。
タガネが目を凝らす。
「敵戦力は?」
「拳聖と、獣兵が三名」
「手強いな」
タガネが呆れて笑った。
クレスの麻酔で昏倒した拳聖。
効果は丸一日に及ぶと聞いたが、もう戦力として復帰している。出会せば昼の再演となるだろう。
あの拳が襲って来る。
背筋を戦慄が撫で上げて武者震いがした。
クレスが立ち上がる。
「屋敷内部まで影で潜入する」
「相変わらず反則だな」
「ふん」
クレスが胸を張る。
「この力は誰にも負けない」
「何であの嬢さんに付いてるんだか」
「くッ……お嬢様の許しさえ下れば、貴様なぞ殺してやれるのに」
「はい、移動頼むよ」
体がクレスの影に沈む。
そのまま壁面を滑り、地面を音もなく馳せる。雑踏の中に紛れても、誰も足下を通過していくクレスたちには気づかず。
鼻の利く亜人種にも気取られない。
そのまま、目的地まで。
「まずいッ!」
「は?」
屋敷の直前。
そこでクレスが立ち止まるや否や――タガネを引き摺り出した。
自らも影から出て飛び退る。
何事かを尋ねんとして、タガネは腰元の剣が微動しているのに気づいた。付近で強力な魔力の反応を感知したのだ。
何処かで起きている。
「結界だ」
クレスが鋭い眼差しで辺りを見る。
「結界内部に影では入れん」
「役立たず」
結界。
ヴリトラ戦でもそうだが、主に物理的衝撃と魔力的衝撃に耐久する壁を敷いた力場。これらの二種が主に防御として用いられる。
クレスが影で通過するのを避けた。
これは後者の結界だろう。
タガネは魔剣を抜いた。
「壊しても良いが……」
「奴らに悟られる」
「破壊と同時に影に隠れればいい」
「そうだな。」
クレスが結界のある境界線を指差す。
タガネが剣を振り上げた。
破壊と同時に隠れる。
相手に接近を知らせるが、その頃には内懐にいるだろう。
ゆっくり剣を振り下ろし――。
「待ってたぜぇええ!!」
頭上から轟く怒号。
そして。
二人の目前の道が爆発した。
結界が内側から光の破片となって散る。
タガネとクレスは爆風で吹き飛んだ。道の上を転がり、体勢を立て直して前を見る。
土煙で視界が塞がれていた。
しかし。
爆心地から進み出る影が浮かぶ。
先刻の声。
それだけで概ね誰かはわかっている。
タガネはげんなりしつつ、剣を構えた。
「早速か」
「面倒だな」
クレスも短剣を握った。
二人が警戒の眼差しを煙の中の人影に注ぐ。
すると前景の煙を裂いて、眥に傷を持つ快活な笑顔が現れた。
風が吹き荒れる。
「さあ、昼の続きと行こうぜ!」
「なぜ気づいた?」
「勘だ!」
「……野人めが」
その悪態に。
現れた男――拳聖バーズが笑って応えた。




