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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話「境の逃げ宝」下編
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 二人は人気のない路地に入った。

 そのまま、クレスは建物の壁に(もた)れる。

 タガネはその隣に腰を下ろした。

 拳聖の放つ威圧から解放され、ようやく呼吸が楽になっていた。どっと肌に汗がにじみ出る。

 クレスが駆け付けなければ。

 今ごろは死んでいたかもしれない。

 それほどの強敵だった。

「さて、聞こうか」

「何をだ」

「今回の依頼内容、そして知ったこと全て」

 クレスの語調には強制の意がある。

 相変わらず高圧的な態度だった。

 マリアとは異なる苦手な人間とあって、タガネは無意識に険相で見つめ返す。

 どんな意図があって、こんな剣呑な使者を遣わしたのか。マリア自体も恨みたいけれど、現状は感謝しなければならない。

 タガネは項垂れて。

「了解した。話そう」

「すべてだぞ」

「くどいな」

 クレスに呆れつつ。

 この町に至るまでの顛末(てんまつ)を語る。そこに付随するリクルの正体と思惑なども、タガネなりに推察したことを解説した。

 リンフィアを利用して。

 リギンディアの復権を企む人間の暗躍。

 それが今回の護衛依頼の底意である。

 クレスは特段驚いた様子もなく。

「そうだと思った」

「は?」

 クレスは否定もしなかった。

 むしろ、予見していたとばかりの反応。

「リギンディア派の動向は知っていた」

「そう、なのか?」

「ヴリトラ討伐の際、その調査に出ていたからな」

「ああ、なるほど」

 道理で。

 タガネは得心した。

 常にマリアの傍にいるクレスが、ヴリトラ攻略で姿を見せなかった理由(わけ)である。もしいたのなら、再会直後にタガネに切りかかって来ただろう。

 納得というより安心だった。

 下手をすればマリアよりも難敵である。

 タガネは嘆息した。

「リクルは有名だ」

「何者なんだ?」

「偽善王の血縁で、革命を推し進める勢力の頭目(トップ)だ」

 だから。

 シュバルツは彼に従う。

 すべてがリクルの掌中にある。

「リンフィアの正体は?」

「ガーディア戦争で討ち取られた防衛大臣の遺児(いじ)、戦後に消息不明となっていた」

「……それで?」

「恐らくリクルが利用するために、一時的に帝国で保護したんだろう」

「利用、か」

「今の獣国防衛大臣は、リンフィアの兄だ」

 繋がった。

 リクルが三国を、リギンディア復権に利用しようとしている算段は、もうここに来たことで概ねが完遂されている。

 獣国に到着した後。

 リンフィアを兄に渡して交渉し、あとは国境の戦線に集中した帝国の隙を一気に叩くつもりだ。

 拳聖も傘下に加えている今、リギンディア派に戦力的な不安は無い。これなら革命も成り立つだろう。

 タガネは思わず失笑する。

 事情を深く訊かなかったとはいえ、知らない内に復権の橋渡しをしていた。

 これで勢力図は大きく書き変えられる。

 獣国の信頼を強く得たリクルが、革命の後に獣国をそそのかせば、そこで王国に挟撃(きょうげき)を仕掛けられる。

 実質、三国の命運をリクルが掌握している状態だった。

 クレスが胸前で腕を組んだ。

「これで王国も危険だ」

「そうだな」

「貴様のせいでマリア様が危険な目に」

「知らないね」

 タガネは立ち上がった。

 自分の肩を揉んで、検問に視線を向ける。

 所詮は人など道具。

 裏切って利用して、価値がなければ捨てる。

 世の常、人の常だ。

「俺は傭兵だ」

「……」

「三国の情勢なんか、金の種になる以外の興味は無い」

「…………」

「勝手に復権すりゃ良いさ」

 タガネは傭兵である。

 雇われれば、どの国にだって味方する。

 だから、王国が滅びようとも帝国が改革されようとも獣国が利用されようとも、他人事以外の何にも感じない。

 ただ。

「ただ、気に食わないな」

 リクルを見る、リンフィアの目。

 その奥に渦巻く熱烈な好意の眼差し。

 全幅の信頼を寄せているのは、護衛の道中でいやになるほど判った。

 そこまでの感情を。

 きっとリクルは使い捨てにする。

 ただの道具然に。

 悲しみながら大切なもの(レイン)を切ったタガネとは異なり、自らの目的のために自分を想ってくれる相手を捨てる。

 相容れない。

 不快。

 (はなは)だ腹立たしい

「行くかね」

「えっ?」

 クレスが当惑の声を上げる。

 それも意に介さず。

 タガネは獰猛な笑みを浮かべた。

「リクルには、報酬を払うつもりが無かった」

「そうだな」

「なら直接請求するとしよう」

「な、何を言っている?」

「傭兵としても、個人的にも」

「まさか」

「アイツに用がある」

 タガネがクレスの胸倉を掴みあげた。

 ぐい、と至近距離に顔を寄せる。

 クレスの鼻先で灰色の瞳が燃えていた。

「手を貸せ」

「な、なぜだ」

「奴の話が成立すれば、王国としても不利だろう」

「それは、そうだが……」

「マリアの奴も危険に晒される」

「誰のせいだと思ってる!?」

 タガネがクレスから離れる。

 襟を正したクレスがため息をついた。

「つまり」

「おまえさんは王国、マリアの為に」

「なるほど」

「俺は報酬やら私情も混じるが」

「利害は一致しているか」

 クレスは大袈裟に、またため息を一つ。

「しかし、相手は手強い」

「そうさな」

「それに、防衛大臣との対談は済んでいるかもしれん」

「それでもだ」

 タガネは全く譲らない。

 クレスも(まなじり)を決する。

「仕方あるまい」

「やることは一つだ」

 相手は強大。

 獣国との対談が完了していたのなら、どんな手回しをしても無駄になる。

 陰謀を阻止するには、計画をうやむやにすること。証拠などが不十分で揃っていない現状、彼らを打破する術はそもそも無い。

 阻止の動機も下らない。

 マリアと王国のため。

 報酬未払いと、性格が気に入らないだけ。

 一片(ひとひら)の正義すら皆無。

 誰も認めない、協力は得られない。

 それでは孤軍奮闘も同然。

 ならば。

 リギンディア派を止める方法は一つ。

 先導者がいなくなればたやすい。

 すなわち。

「リクルを帝国に売る」

「最低だな」

「いいんだよ。こっちも存分に裏切ってやる」

 リクルの計画を蹉跌(さてつ)に追いやる。

 その命もろとも。

 剣鬼の恨みを買った報いとして。

「覚悟しろよ、リクル」

 タガネは剣を握る。

 鬼の形相で検問を睨め上げた。







注)三話はハッピーエンドです。

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