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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話「境の逃げ宝」下編
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 数軒はあった彼我(ひが)の距離。

 それが咫尺の間のごとく一瞬で潰された。

 砲弾さながらのバーズの驀進に、タガネは横へと体を煽って避ける。

 顔があった位置の虚空を、轟然(ごうぜん)と拳が突き抜けた。空気が焦げたような臭いがする。

 河原の亜人など比べるのも不遜。

 この膂力、直撃すれば肉片すら残らない。

 タガネも踏み込んだ。

 拳を振り抜いた直後のバーズ。その腕がまだ伸び切らないところで、胴を剣で横薙ぎに一閃した。

 (タイミング)、力、技……どれもが完璧だった。

 ところが。

「なッ……!?」

 タガネが振るった魔剣。

 その刃が、バーズの片手の指に(はさ)み取られている。胸の皮一枚を切ったところで停止させられていた。

 あり得ない。

 攻撃動作の途中で、反射的に防御したのか!

 タガネの顔が引き攣る。

 これが拳聖、体捌きにおいては大陸随一と(うた)われる剛拳の使い手。相手にしていると、一流の戦士ではなく一体の怪物とすら錯覚させられる。

 タガネが戦慄する最中。

 バーズの片足が後ろに引き絞られる。

「吹き飛べッ!!」

「く……!」

 タガネが咄嗟に小さく跳んだ。

 直撃は避けられない!

 その一瞬の後、烈帛(れっぱく)の気合いとともに足が振り上げられた。

 タガネは振り上げられるバーズの(すね)に足裏を合わせて踏み締める。そのまま足に押し上げられるように、上空へと跳んだ。

 足の発条(バネ)で衝撃を和らげた。

 刹那に下した判断。

 歴戦だからこそ可能な早業だった。

 さすが――とバーズがほくそ高揚で笑む。

 そして。

「ぐおッ……!?」

 首を強く引き締められる苦痛にあえぐ。

 バーズは驚いて首もとを調べた。

 すると、そこに輪っか状になったロープがかけられている。山の危険な道を移動するために使う旅の必需品だった。

 いつの間に、こんな物を。

 ロープの先を目で手繰(たぐ)ると、タガネへと続いていた。

 さっきは蹴りの衝撃を殺した。

 とはいえ、バーズの力なら着地不可能な上空まで叩き上げられる。

 それを予測し、踏ん張るバーズを支えにロープを巻き付けて上昇を防いだらしい。

 その狙い通り。

「ぐぅ……!」

「ッ……!」

 張力で、二人の距離が一定に保たれる。

 ロープから軋音(あつおん)

 タガネは腕にかかる負荷で苦しむ。

 バーズは首を締め上げられた。

 直線になったロープ。

 やがて力から解放されて(ゆる)み、タガネは平屋の屋根上に落下した。

 背中から落ちて、体を強打する。

 二人は同時に()き込んだ。

「てめっ……ロープ反則だろ」

「俺だって、滅多に使わん」

「首いてぇ」

「肩が外れかけた」

 タガネはロープを手放した。

 バーズは首を絞める輪を片手で引き裂く。

 そして、互いに構え直した。

「化け物が」

「てめぇもだろ。だが今回は俺の勝ちだ」

「は?」

「だって、ほら」

 バーズが片手の魔剣を見せつける。

 さっき吹き飛ばされる前に、タガネは手放してしまい、そこに取り残されたのだ。

 いま、タガネに剣は無い。

 剣鬼にあるはずの剣が敵の手中にある。

「剣の無い鬼なんざ怖くねぇ」

 挑発的な一言に。

 タガネが目を眇めた。

「なあ、バーズ」

「あん?」

「それ触ってて、何とも無いかい?」

 タガネの質問に。

 バーズは首を傾げた。

「は?何言って――」

 手元の剣を見下ろした。

 そのとき、バーズの全身から力が抜けていく。

 握った剣の柄に向かって、体から魔素が流れていく感覚がした。膝を屈してしまいそうなほどの倦怠感に満身が震える。

 バーズは剣を屋根に落とした。

 それを見て。

 タガネは、何も無い横へと手を伸ばす。

「戻れ、レイン」

 名を囁いた。

 すると、魔剣が独りでに動く。

 宙を飛んで、タガネの手元に戻った。

 掴み取って、軽く振るう。

 バーズは唖然としてそれを見詰める。

「なんだそれ!?」

「別に」

「ロープより反則だろ!」

「文句ばかりだな」

 バーズが立ち上がって。

 胸前で両の拳を打ち合わせる。

「くそ、仕切り直しだ!」

「まだやるのか」

「当たり前だ!!」

 バーズが跳躍した。

 出発点の平屋がそれだけで爆砕される。

 飛んでくる怪物の影。

 タガネは剣を構えて迎え撃った。

 至近距離で剣と拳が交わる。

 残像を残すばかりのバーズの猛撃と、電光石火で閃くタガネの剣撃。両者が仮借(かしゃく)ない凶器の応酬を繰り出した。

 それが延々と続く。

 そして互いが百手目の攻めに入ったとき。

 タガネの頬を拳がかすめ。

 バーズの胴を逆袈裟に剣が走った。

「ぶッ……!」

「いで!?」

 タガネはその威力に後ろへ転がる。

 バーズは傷を押さえて後退した。

「また腕上げたな剣鬼」

「嬉しくないね」

「褒めたんだぜ?」

 タガネは顔を険しくさせて睨む。

 バーズの体は傷だらけ。

 しかし、どれも浅かった。巧みに体を運んで深く斬られることを避けている。

 タガネの傷は頬を擦った一撃のみ。

 ただ、それだけでも意識を失いかけた。

「さて、第二回戦を――」

「ん、どうした?」

 バーズの表情が固まった。

 その異変にタガネが眉をひそめる。

 しばし黙り込んだバーズは、とつぜん屋根木に突っ伏した。いびきを掻いて、眠っている。

 愕然とするタガネ。

 その隣に、屋根の上に墨を垂らしたような影が現れた。そこから、ゆっくりと人間が這い出てくる。

「久し振りだな害虫」

「……たしかマリアの飼い犬か」

 タガネは胸を撫で下ろした。

 新たな刺客かと思われたが、そうではない。

 出てきたのは、剣姫の従者クレスだった。

 久しく顔を見なかった相手である。

「無事か、剣鬼」

「まあね」

「麻酔で拳聖を眠らせた。今のうちに退くぞ」

「……何でここにいる?」

 そう問いかけると。

 クレスが歯ぎしりしながら振り向く。

「お嬢様の寛大な心に感謝しろ」

「寛大、ねえ」

「貴様、文句があるのか」

「あんなみみっちぃ女に広い心があるとは」

 悪態をつくタガネ。

 その襟首をクレスが掴んだ。

 そこまま屋根の下へと引きずり込もうとする。

「お嬢様の命令だ」

「はあ、さいですか」

 タガネは少し感心してうなずく。

 よもやマリアに従者を遠方によこすほどの気遣いができたとは。

 慮外(りょがい)の展開に驚く。

「場所を移動する。そこで事情を話せ」

「必要ないだろ」

「は・な・せ」

「……以前にも増して、主人に似てきたな」

 クレスに強引に導かれるまま。

 眠ったバーズを置き去りにタガネはその場から離脱した。






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