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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
三話「境の逃げ宝」上編
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 熊の亜人が前に踏み込む。

 それだけで河原に衝撃の波紋が奔る。

 相手の間合いに飛び込むタガネの足下が揺らいだ。咄嗟に前へ転がって、跳ね起きる要領でより深く懐へと潜り込む。

 棍棒が低く横へと振り抜かれた。

 受ければ即死の威力。

 防御は愚策だ。

 棍棒がタガネの体に直撃する。

 その刹那。

「よ――――っと!」

 タガネは、棍棒へと上体を反らしながら跳ぶ。

 木陰で見守っていた三人が瞠目する。

 まるで、棍棒の上を滑るように回避していた。そして攻撃とすれ違いしなに、亜人の手元に剣先をふるう。

 直下の空気を薙ぎ裂く鈍器の疾走。

 振り抜くと、突風が吹き荒んで辺りの小石を蹴散らした。

 尋常ならざる膂力(りょりょく)の爆発である。――が、それと同時に棍棒が手元を離れて飛んでいく。

 理性の無い亜人の瞳が手元を見る。

 手は親指以外を失って、血が滴っていた。

 いつ損傷したか。

 熊の亜人には判らない。

 しかし、静観していた三人には見当が付く。

 棍棒の凶手をすり抜けた際に見せた小さな一閃である。見落としてしまいそうなほど瞬間の出来事だった。

 回避と反撃を一時(いちどき)に織り成せて見せた動き。

 あの凶器と、偉容による威圧を受けて。

 そんな妙技(みょうぎ)を繰り出す胆力。

 何より寸分も狂わない剣捌きの正確さ。

「これが剣鬼か」

 シュバルツが賛嘆する。

 タガネは軽やかに着地した。

『グルァッ!』

 そこを狙い打って。

 亜人が蹴り飛ばそうと足を後ろに振りかぶる。

 その膝に剣が叩き込まれた。

 骨の隙間から(ひかがみ)まで貫通する。(かし)の木ほど太い足が停止した。

 タガネは剣を突き立てたまま。

()っ!」

 柄を強く握り直して一気に横へと振り抜く。

 亜人の足は血を噴きながら膝を屈する。

『ゴウッ!?』

(しま)いだ」

 タガネの剣が(ひらめ)く。

 その勢いのまま支えを失って倒れてくる亜人の首を刎ね飛ばした。許しを乞うかのような姿勢で河原にくずおれる。

 ずん、と騒音。

 タガネは剣を鞘に納めた。

「さて、進もうか」

「剣士さん、お怪我は?」

「無い」

 案ずるリンフィアの声を無視して進む。

 タガネは前後に目を光らせた。襲撃の第二刃(にじん)は無さそうだった。

 だが。

 タガネの剣が微振動を起こす。

 異常な現象に気を留めていると、すぐそばの河の水が水流に逆らって、飛沫を散らしながら幾本もの蛇を(かたど)った。

 牙を剥いて河原を滑り、リンフィアたちへと肉薄する。そして逃げる間も無く、四人を縛り上げた。

 これは、明らかに魔法だった。

 どこかに魔法使いがいる。

「面倒な小細工を」

 タガネは悪態をつきつつ。

「やれ、()()()

 剣に小さく囁いた。

 声に反応して柄本(えもと)が微光する。

 すると、水の蛇たちが一斉にただの河水となって形が崩れた。逆流していた部分では()ぜて水柱が立つ。

 解放されたリンフィアが剣を見る。

「そ、その剣は一体……?」

「特製なんでね」

 タガネは軽く答えた。

 尋常な武具で魔法は斬れない。水を操作する魔力を絶たなければ、延々と拘束は続く。

 でも、この剣ならば。

 材料となった『 飢え渇くもの(ヴリトラ)』の特性が宿っているので、触れればタガネ以外の魔素を暴力的なまでに奪う。

 魔法すら斬り、魔法と言うに価する効果を持つ。

 すなわち魔剣(まけん)

「さぞや、名のある業物なんですね」

「まあ、名前はある」

 タガネは剣の柄を優しく撫でた。

「レインだ」

 魔剣レイン。

 タガネにとって唯一無二の(つみ)だ。

 これならば、手を焼いていた魔法使いすらも容易く滅ぼせる。

 シュバルツが目を細める。

「それは本当に剣、なのか」

「ヴリトラの骨で造った物だ」

「なっ、ならば魔兵器(まへいき)ではないか」

「あ?」

「しかもヴリトラだと?神器にも相応しい逸品だぞ!!」

「静かにしてくれんか」

 タガネは我知らずシュバルツを睨む。

 思い入れのある剣を神器――ただの祭具のように言われるのは(はなは)だ不満でしかない。

 シュバルツがまじまじと見詰める。

「初めて魔兵器の現物を見る」

「マヘイキって、何だいそれは」

 タガネは剣を腕で隠した。

「魔兵器とは、武器の形をした魔法とされる。実際には、特殊な魔獣の生態を組み込んだ武器なのだが、それを製造できるのは世界でアースバルグ一族だけだ」

「アースバルグ……」

「しかし、俗世が嫌いで各国からの依頼も蹴る難物と謂われる。それは紛れもなくアースバルグの造った物だろう、まさか(つて)があるのか?」

 シュバルツが興奮して一呼吸で長々と話す。

 タガネはその勢威に気圧されて後退する。

 そんな高名な人間が携わっていたのなら、なるほど珍品というだけでは済まない物なのだろう。

「いや、伝とかは……」

 そう考えて。

 タガネの脳裏に一人の人間の姿が浮かんだ。

 魔剣を手渡してきた老人。

 かの大魔法使いベルソートである。

『ワシが知り合いに頼んで――』

 知己に依頼したと説明していた。

 たしかに、伝説の魔法使いならば俗世嫌いと聞くアースバルグ一族ですら平伏し、願いを聞いてしまう存在なのだと察する。

 タガネは嘆息してシュバルツを睨む。

「悪いが売れんぞ」

「本来なら個人が持つに価しない。私が預かれば、それは――」

「シュバルツさん、騒ぎ過ぎです」

 リクルが横から遮って注意する。

 シュバルツがあわてて口を(つぐ)んだ。

「すまない。熱くなってしまった」

「いや」

 タガネは再び前に向き直る。

 そして、肩越しに二人を見比べた。

 思えば、シュバルツはどうにもリクルに対して恭しい態度である。リクル本人も、それがしかるべきと態度に出ていた。

 それに。

 魔剣を預ければ、というシュバルツの発言。

 遮られていないのなら。

 彼は一体、これを何処に貢ごうとしたのか。

 タガネは視線を能天気なリンフィアの笑顔へと滑らせる。

 ふっ、と一つ愁嘆の息。

「きな臭いどころじゃないな」

 護衛依頼の前途。

 その難関は、帝国だけではなさそうだった。





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