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熊の亜人が前に踏み込む。
それだけで河原に衝撃の波紋が奔る。
相手の間合いに飛び込むタガネの足下が揺らいだ。咄嗟に前へ転がって、跳ね起きる要領でより深く懐へと潜り込む。
棍棒が低く横へと振り抜かれた。
受ければ即死の威力。
防御は愚策だ。
棍棒がタガネの体に直撃する。
その刹那。
「よ――――っと!」
タガネは、棍棒へと上体を反らしながら跳ぶ。
木陰で見守っていた三人が瞠目する。
まるで、棍棒の上を滑るように回避していた。そして攻撃とすれ違いしなに、亜人の手元に剣先をふるう。
直下の空気を薙ぎ裂く鈍器の疾走。
振り抜くと、突風が吹き荒んで辺りの小石を蹴散らした。
尋常ならざる膂力の爆発である。――が、それと同時に棍棒が手元を離れて飛んでいく。
理性の無い亜人の瞳が手元を見る。
手は親指以外を失って、血が滴っていた。
いつ損傷したか。
熊の亜人には判らない。
しかし、静観していた三人には見当が付く。
棍棒の凶手をすり抜けた際に見せた小さな一閃である。見落としてしまいそうなほど瞬間の出来事だった。
回避と反撃を一時に織り成せて見せた動き。
あの凶器と、偉容による威圧を受けて。
そんな妙技を繰り出す胆力。
何より寸分も狂わない剣捌きの正確さ。
「これが剣鬼か」
シュバルツが賛嘆する。
タガネは軽やかに着地した。
『グルァッ!』
そこを狙い打って。
亜人が蹴り飛ばそうと足を後ろに振りかぶる。
その膝に剣が叩き込まれた。
骨の隙間から膕まで貫通する。樫の木ほど太い足が停止した。
タガネは剣を突き立てたまま。
「疾っ!」
柄を強く握り直して一気に横へと振り抜く。
亜人の足は血を噴きながら膝を屈する。
『ゴウッ!?』
「終いだ」
タガネの剣が閃く。
その勢いのまま支えを失って倒れてくる亜人の首を刎ね飛ばした。許しを乞うかのような姿勢で河原にくずおれる。
ずん、と騒音。
タガネは剣を鞘に納めた。
「さて、進もうか」
「剣士さん、お怪我は?」
「無い」
案ずるリンフィアの声を無視して進む。
タガネは前後に目を光らせた。襲撃の第二刃は無さそうだった。
だが。
タガネの剣が微振動を起こす。
異常な現象に気を留めていると、すぐそばの河の水が水流に逆らって、飛沫を散らしながら幾本もの蛇を象った。
牙を剥いて河原を滑り、リンフィアたちへと肉薄する。そして逃げる間も無く、四人を縛り上げた。
これは、明らかに魔法だった。
どこかに魔法使いがいる。
「面倒な小細工を」
タガネは悪態をつきつつ。
「やれ、レイン」
剣に小さく囁いた。
声に反応して柄本が微光する。
すると、水の蛇たちが一斉にただの河水となって形が崩れた。逆流していた部分では爆ぜて水柱が立つ。
解放されたリンフィアが剣を見る。
「そ、その剣は一体……?」
「特製なんでね」
タガネは軽く答えた。
尋常な武具で魔法は斬れない。水を操作する魔力を絶たなければ、延々と拘束は続く。
でも、この剣ならば。
材料となった『 飢え渇くもの』の特性が宿っているので、触れればタガネ以外の魔素を暴力的なまでに奪う。
魔法すら斬り、魔法と言うに価する効果を持つ。
すなわち魔剣。
「さぞや、名のある業物なんですね」
「まあ、名前はある」
タガネは剣の柄を優しく撫でた。
「レインだ」
魔剣レイン。
タガネにとって唯一無二の剣だ。
これならば、手を焼いていた魔法使いすらも容易く滅ぼせる。
シュバルツが目を細める。
「それは本当に剣、なのか」
「ヴリトラの骨で造った物だ」
「なっ、ならば魔兵器ではないか」
「あ?」
「しかもヴリトラだと?神器にも相応しい逸品だぞ!!」
「静かにしてくれんか」
タガネは我知らずシュバルツを睨む。
思い入れのある剣を神器――ただの祭具のように言われるのは甚だ不満でしかない。
シュバルツがまじまじと見詰める。
「初めて魔兵器の現物を見る」
「マヘイキって、何だいそれは」
タガネは剣を腕で隠した。
「魔兵器とは、武器の形をした魔法とされる。実際には、特殊な魔獣の生態を組み込んだ武器なのだが、それを製造できるのは世界でアースバルグ一族だけだ」
「アースバルグ……」
「しかし、俗世が嫌いで各国からの依頼も蹴る難物と謂われる。それは紛れもなくアースバルグの造った物だろう、まさか伝があるのか?」
シュバルツが興奮して一呼吸で長々と話す。
タガネはその勢威に気圧されて後退する。
そんな高名な人間が携わっていたのなら、なるほど珍品というだけでは済まない物なのだろう。
「いや、伝とかは……」
そう考えて。
タガネの脳裏に一人の人間の姿が浮かんだ。
魔剣を手渡してきた老人。
かの大魔法使いベルソートである。
『ワシが知り合いに頼んで――』
知己に依頼したと説明していた。
たしかに、伝説の魔法使いならば俗世嫌いと聞くアースバルグ一族ですら平伏し、願いを聞いてしまう存在なのだと察する。
タガネは嘆息してシュバルツを睨む。
「悪いが売れんぞ」
「本来なら個人が持つに価しない。私が預かれば、それは――」
「シュバルツさん、騒ぎ過ぎです」
リクルが横から遮って注意する。
シュバルツがあわてて口を噤んだ。
「すまない。熱くなってしまった」
「いや」
タガネは再び前に向き直る。
そして、肩越しに二人を見比べた。
思えば、シュバルツはどうにもリクルに対して恭しい態度である。リクル本人も、それがしかるべきと態度に出ていた。
それに。
魔剣を預ければ、というシュバルツの発言。
遮られていないのなら。
彼は一体、これを何処に貢ごうとしたのか。
タガネは視線を能天気なリンフィアの笑顔へと滑らせる。
ふっ、と一つ愁嘆の息。
「きな臭いどころじゃないな」
護衛依頼の前途。
その難関は、帝国だけではなさそうだった。




