表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
二話「渇く河床」後編
29/1102



 ヴリトラが左に首を巡らせる。

 そこでは隊列を整える人間たち。

 大剣を手にした男が指揮を執っていた。金の眸が、じっと観察する。

 あれは――ダメなぴかぴかだ。

 地面を這って突進しようにも、喉の異物感がまだ消えない。鳴嚢とは異なって固く膨らんだ喉の部分が行動を阻害する。

 消化されまいと、人間が体内で抗っていた。

 ヴリトラの消化能力は動物を数秒で分解する。

 結界を解けば、人間は()たない。

 その防護を維持するのも限界があるだろう。じきに不快感とともに解消される。

 それまでは――。

 ヴリトラは、悠々と人間たちを見下ろした。

 金の眸は強かに時機を待つ。

 しかし、天高く掲げた頭を後方から飛来する炎の弾丸が直撃した。

 爆裂する奇襲攻撃に、ヴリトラが苦鳴の声を上げる。

 攻撃を仕掛けてきた張本人。

 それは別方向の人間たちだった。

「放て!王子を救出しろ!」

 別動隊に配属となった宮廷魔導師。

 高火力の魔法を次々と発動させて戦う。

 着弾の際に溢れる光と熱量は、なるほど怪物相手には威力があった。空気を揺らす轟音からひしひしと感じる。

 しかし。

 ヴリトラの鱗には傷がなかった。

 煙が立つだけで、火傷や損壊は認められない。

 それを見た団長は失敗だと歯噛みする。

 あの白い鱗は剣などによる攻撃は有効だが、魔法などに対する耐性が突出していた。現に、初手で王子が放った光の斬撃、続くミストたちの魔法の砲撃も軽微な損傷で済んでいる。

 ただ。

 あの未知の体液。

 ある程度の傷になると、体内から分泌されて刀剣による負傷を防ぐ効果を発揮する。斬り進むほどに、肉体自体も(かた)くなっていく。

 生態関連の文献はしこたま読んだ。

 それに有効な戦術も練った。

 ところが、ヴリトラには初見な部分が多い。

 開戦から、ずっと驚かされてばかりだ。

「団長!」

「どうした!?」

「隊列が整いました、いつでも行けます」

 部下の報告を受けてうなずく。

 相手は予想を上回ってくる。

 それでも倒さなければ何もかも失う。

 大剣で切っ先をヴリトラに向ける。

「行くぞ皆の者、王子を奪還するぞ!!」

「待ちな」

 発進しようとした団長。

 その襟首を、誰かの手が掴んで止める。

 危うく落馬しかけて、体勢を整えてから振り向いた。

「何事だ!?」

「俺の言う通りにしてくれ」

「貴様……!」

 首を掴んだ人物に目を見開いた。

 その団長の背後で、ヴリトラが魔法を長い舌で払い落としていた。舌に触れると、炎も風も氷もすべて霧散する。

 宮廷魔導師たちがうろたえた。

 ヴリトラの舌。

 それは振り払って掻き消しているのではない。

 魔素そのものを吸収して無力化している、まるで水のように。

 これが『飢え渇くもの』か!

 その名の由来が言い得て妙だと戦慄きとともに納得した。

 ヴリトラの舌先が微かに震える。

 頭を低くして、ゆっくりと接近していた。

 緩慢な動作で、獲物を追い詰めることを楽しんでいる。ただ本能的に動いていた災厄が、いよいよ悪意を持って迫って来た。

 誰もが攻めあぐねて立ち止まる。

 打つ手無し。

 それを読み取って、ヴリトラが口を大きく広げて食い尽くそうとした。

 そのとき。

「レイン!!」

 強く呼ぶ声がした。

 ヴリトラは、動きを止める。

 聞き覚えがあった。

 それは、自分が借りていた名前である。

 声は後ろから聞こえた。首ごと体をそちらに巡らせる。

 声した方向を見る。

 団長が大剣を水平にして構えていた。

 そして、その剣の平に人が乗っている。

「本当に良いんだな?」

「ああ、思いっきり頼む」

「行くぞ!!」

 団長が一歩前に踏み込む。

 強い踏み込みに足が(くるぶし)まで地面に沈んだ。

「おおおおお……!!」

 体の芯をその場に据えたまま、腰を駆動させた。

 力の爆発に備え、筋肉が大きく膨らむ。

 剣の上にいる影が霞んだ。

「うおおおおお――――飛んでけ!!」

 大剣が振り抜かれる。

 そこに乗っていた人影が消えた。

 何をした?――ヴリトラが瞼をしばたかせる。

 そもそも、さっきの声の主は何処にいるのか。

 よく目を凝らして探る。

「ここだよ」

 一瞬、小さな光が閃いた。

 それを目視したヴリトラの右の視界が赤く染まる。

 目元から頭頂を激痛が駆け抜けた。

『ギィィィイイイイッッ!?』

 血が噴き出している。

 斬られた。……でも、何に?

 困惑して首を振る。

「おい、言葉はわかるよな」

 また声がした。

 聞き覚えのあるそれは、頭上からしている。

 誰のものだったか。

 記憶の糸を手繰っていくと、一人の人間の姿が思い浮かんだ。

 目に焼き付く銀の髪。いつも仏頂面で、それでも時折見せる笑顔が印象的だった。

 そう、名前は……。

『た、が、ね』

「おまえには、言い忘れてたことがある」

 声の主――タガネが頭上にいる。

 大剣の上に乗っていたのは彼だった。団長の腕力を味方につけて跳躍し、そのまま頭の上に乗ったのだろう。

 まさか、タガネに斬られんなんて。

 予想だにしない出来事にヴリトラが固まる。

「青い髪の女、偉そうな男も危険だが」

 空気が冷たくなっていく。

 ヴリトラは本能的な危険を察知した。

 頭の上にいるのはタガネではない。

「一等駄目な()()()()は……」

 そこにいるのは

「俺だよ」

 泣く子も黙る鬼だと。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ