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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
八話「喚び水」下辺
200/1102

10



 その頃。

 客室で別の事件は起きていた。

 数ある中で、それは剣鬼が宿泊する部屋だ。

 室内は荒らされ、寝台の上では傭兵ダルティオが倒れている。首元から血を流し、白目を剥いていた。

 その死体を。

 アヤコは冷然と見下ろす。

 片手に提げた血濡れの短剣を手巾で拭う。

 鞘に納めて懐中に隠し、後ずさりした。

 そのまま扉へ振り向いて。

「やはりかい」

「…………!」

「やはり参謀連中の手下でしたか」

 背後に三人が立っていた。

 赤い重甲冑のカルディナ。

 そしてロビーとナハト。

 三つの眼差しに射竦められて、アヤコは硬直する。その拍子に懐に入れた短剣が落ちた。

 床を転がる凶器を、ナハトか拾う。

「なるほど」

「汚い手を使うようだ」

 アヤコが歯噛みする。

 カルディナは予想通りだと目を細めた。

「君は召喚時から参謀陣営だね」

「どうして」

「簡単さ。勇者の差別化が不自然すぎてね」

「…………」

「よほど剣聖が恐ろしいか」

 カルディナは微笑む。

 傭兵ダルティオの殺害。

 いま王宮内に存在する陰険な勢力、アヤコは以前からその参謀たちの陣営に属しており、密かな工作を行っていた。

 タガネの監視と報告。

 本来ならジルニアスに委任した任務だったが、彼は傭兵に転身して剣鬼に与してしまったのだ。

 なので。

 アヤコが参謀の意思を実行する駒となった。

 最初から魔法以外の才も優れており、あえて実力を秘匿(ひとく)してタガネの内懐に潜り込む。

 その後。

 数日の監視を経て、彼の警戒が薄れた瞬間にその名声に(きず)をつける事件を意図的に発生させて、その罪を剣鬼に被らせる。

 現場にタガネの部屋を選んだ動機はそれだけだった。

 そして殺害対象。

 ダルティオは剣鬼と初日から反目している。

 なら。

 あの場にいた八名なら、剣鬼が殺したという(いわ)れを疑わなくなる。

 それが参謀陣の企図だった。

「剣聖の誕生条件」

「…………」

「一つ、比類なき戦力。二つ、優れた人格。三つ、募る人望」

「そう」

 アヤコがにたり、と笑う。

 剣聖として公認される条件は三つ。

 カルディナが述べた通りだった。

 だからこそ。

 参謀陣営は、それらを破綻させていくことを企んだ。

 一つ目、勇者との決闘。――これは失敗した。

 二つ目、アヤコの教育失敗。

 三つ目、ダルティオ殺害。

 人を導けず、そして対立した相手を怒りのままに殺傷した未熟者。

 この二つが完成すれば、人格への猜疑心を誘い、人望はまたたく間に失せていく。

 ただし。

 タガネは用心深い人間である。

 さらには、彼を慕う者たちによって悪意の魔手は阻まれてしまう。

 本人が意図せず築いた強固な牙城。

 アヤコはその浸食を命じられた。

「なぜ、カルディナさんが…………」

「怪しいと思ったのでね」

「貴方も剣鬼に拘泥するのはなぜ」

「守るためだよ」

 カルディナが肩を竦める。

「アヤコくん、君はどうして」

「従うかって?」

「ああ」

 アヤコの全身が微光する。

 ナハトとロビーを、盾を前に差し出す構えでカルディナが庇い立つ。

「マサトの為よ」

「ほう」

「私は彼と幼馴染だから、味方をするのは当然でしょう。こんなワケのわからない世界に喚ばれて、私には彼しかいないの」

「…………そうか」

「なに?哀れんでるつもり?」

「いいや」

 カルディナが長剣を抜いた。

 切っ先をアヤコへと差し向ける。

「利害が一致すれば、私は君に協力したが」

「利害?」

「君は、邪魔だね」

 カルディナの声が冷たさを帯びる。

 ロビーとナハトの体が萎縮した。

 本能が叫んでいる。

 前に立つ最強の傭兵、頼りになる人間がこの場で最も凶悪な怪物に化けたと全神経が危険信号を発していた。

 アヤコも獰猛に微笑む。

「なら、処分するの?」

「当然。タガネくんは――誰にも渡さないよ」

 その一言と同時に。

 カルディナの長剣が閃いた。



 前庭でタガネは立ち尽くす。

 眼前には牛頭の頭が転がっていた。

 マサトによる強力な魔法剣の攻撃により、直撃した体が焼滅して、崩れた骨だけが残っている。

 その死体のそばで。

 マサトは剣を掲げて叫んでいた。

「どうだ、剣鬼さん!」

「……………」

「……ん、剣鬼さん?」

 マサトが思案げに問う。

 その声もタガネには届いていなかった。

 目の前の光景が白くなっていく。

 牛頭が討伐された瞬間、そこから五識(ごしき)に異変が生じた。

 音が遠くなる。

 触れている地面と魔剣の感触が薄らいでいった。

 何も感じない。

 タガネは消えかかる意識の中で。

『ほほ、ゲームオーバーじゃのぅ』

 最後に。

 (しわが)れた声だけが聞こえた。






ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


次回からタガネ争奪戦が過激化します。

正妻戦争があるかも…………。





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