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同時刻。
アヤコは王宮の一室にいた。
そこで二人から魔法の指導を受けている。
防衛や治癒に長けたフィリア。
攻撃に特化しているミスト。
勇者という資質もあり、二人が有する通常とはかけ離れた肌感覚の魔法説明にも対応し、その心得を着実に深めつつあった。
教え応えがあり、二人も熱を込める。
それを傍らからマリアは眺めた。
この作戦。
アヤコの魔法鍛錬は良策に見える。
ただ、一方でこれはタガネの犠牲を容認して機能しているのである。後に責め立てられるのは彼一人なのだ。
自身の犠牲は甘んじる。
タガネの考え方が釈然としなかった。
物思いに耽って険相のマリア。
そこへ。
「失礼、こちらに剣姫殿は?」
扉の向こう側から男の声。
カルディナだった。
マリアはすぐに応えて扉を開ける。
赤い重甲冑が凛と佇んでいた。
「少し話があるんだが」
「私に?」
「君だからこそ、さ」
マリアは小首をかしげた。
意図もわからないまま通路へと出る。
扉を閉めて。
改めてカルディナと正面に向き直った。
「話って?」
「タガネくんのことさ」
「……勧誘の話なら本人にして」
「違うさ」
カルディナが苦笑する。
マリアは警戒に視線を鋭くした。
決闘場でもしかり、タガネに対する距離感が親しげだが、それはかなり一方的なものだった。遠慮気味な彼に詰め寄っているようにも見える。
果たして。
目的は何なのか。
「何が目的?」
「私は一刻も早く彼を保護したい」
「保護……?」
「それが私の贖罪なんだよ」
言葉の真意を推し量れない。
マリアは一歩、後退った。
この男は根本から何か違う。
親しげに接していた国王とも、彼を猟奇的に狙う男の目とも異質である。
まるで。
「アイツに対して罪悪感があるの?」
「私の不始末が原因なのさ」
「……何のこと?」
「彼の母親は知ってるかな?」
マリアは耳を疑った。
タガネの母親――について問うている。
カルディナは微笑んでいた。
「一緒に旅してるときに、少しだけ」
「では、故郷については?」
「最低な父親と、ひどい村の連中も聞いた」
「なるほど」
カルディナは笑みを崩さない。
それどころか確信を深めるようだった。
マリアの脳裏に。
一つの考えが浮かび上がる。
「母親と知り合い?」
「初めて会ったときだ」
「は?」
「すぐ判ったよ、彼女によく似た顔だったから」
マリアの言葉など気に留めず。
カルディナはどこか遠くを見るようだった。
タガネは母親に似ている。
たしかに、彼はどちらかといえば女顔だった。
悍しい異名と噂を携えて、それでも浮世離れした美貌で戦場に立つ。そこから母親がいかに美しい人だったかというのが窺い知れる。
タガネ本人も自嘲気味に語っていた。
カルディナは。
母親の顔を知っている。
「どうしてアイツに拘るのよ」
「はは、どうしてかと?」
「…………」
「決まっている」
カルディナが薄く笑う。
「息子が心配だからさ」
「はあ?それって、どういう――」
そのとき。
慌ただしい足音が響く。
二人が振り返る先で、ナハトとロビーが通路を駆け巡っていた。マリアを見咎めるや、素早く方向転換して直近まで寄る。
何事か。
マリアが問うよりも先に。
「報告です。街が魔獣に襲撃されています」
「はあ!?」
「現在、王宮に迫る個体と剣鬼が交戦。至急増援に向かって下さい」
「ちょ、街、魔獣?」
市街に魔獣が出没する。
そんな話は聞いた憶えが無い。
しかも、王宮の近くまで差し迫っており、タガネが出動していること。どれもこれも驚愕を味わわせる物だった。
その隣で。
カルディナが前に出る。
「魔獣は一体か?」
「街の様子から察するに複数かと」
「わかった。マリア君は先に行け、私は可能な限りの戦力を召集して討伐及び救助活動に取り掛かる」
「りょ、了解よ」
声を聞きつけて。
一室の扉が開け放たれた。
マリアとミスト、アヤコが黙って出て来る。
「我々も」
「同行します」
「心強いわ」
カルディナたちに背を向けて走り出す。
そのすれ違いざまで。
「タガネくんを頼むよ」
喜悦とも憂慮とも取れない声。
マリアは振り払うように頭を振って駆けた。




