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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
八話「喚び水」下辺
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 牛頭が大剣を振り上げる。

 まだお互いが小さく見える遠間(とおま)だった。

 警戒して二人が立ち止まる。

 それでも大剣を握る腕の挙動は停止しない。

 投擲を予測して、二人は左右に散開する。

 すると。

 牛頭の大剣が紫光(しこう)を発散した。

 ぎょっとして二人は身構える。

 もしや――魔法剣!

 だが、魔獣にその心得があるはずがない。

 人間から強奪した武具を帯びる種族はしばしば耳にするが、魔法剣を行使する手合は二人にも未知の例だった。

 魔法なら間合いなど関係ない。

 タガネはジルへと駆け寄る。

 牛頭が大剣を振り下ろし――王城の階段が爆散した。段差が(めく)れ上がるように拡大する紫光の波に粉砕され、タガネたちの足下にまで及ぶ。

 波頭がジルへと到達する。

 その寸前でタガネが割って入った。

()ッ!」

 狂暴な魔素の荒波を斬り払う。

 二人を避けるように光は過ぎ去った。

 ところが。

「やべ」

「くッ……!」

 足下が瓦解した。

 光は底から階段を爆破し、二人の立ち位置だけが切り立った崖のごとく残存する。か細くなるほど削られ、爆風の余波でそれも脆く崩れた。

 瓦礫とともに転落する。

 中空で身を翻すと、眼下に牛頭が待ち構える。

 次は光る戦斧を振り上げた。

 タガネは魔剣を逆手持ちにする。

『もぉおおおおおお゛!!』

「――ッああ!」

 垂直に振り下ろされた戦斧。

 タガネは横合いから斧腹を打ち、横へと受け流した。牛頭の膂力に圧し負けそうになりながらも、攻撃を回避した。

 斧とタガネが弾かれ合うように離れた。

 ジルを巻き込んで積み上がった瓦礫の上を転がる。

 跳ね起きて。

 タガネは即座に構えた。

「無事か?」

「いや、助かったぜ」

「なら良い」

「しかし、魔法剣たぁな…………」

 二人で牛頭を睨んだ。

 弾かれた斧が瓦礫に突き刺さっている。

 抜くのに苦慮(くりょ)しており、長柄を掴んで何度も引き抜こうとしていた。

 魔法剣を使う魔獣。

 初めて対峙する脅威だった。

 従来の魔獣のごとく生態や本能ではなく、技巧をもって戦う。

 その在り方がすでに異質。

 タガネは乾いた喉を唾をうるおす。

「尋常な剣で届くか」

「遠間じゃ魔法剣、近づいても危険」

「面倒なこって」

 牛頭が戦斧を引き抜く。

 二人へと左右に肩を揺らしながら歩む。

 石畳を叩く重低音。

 尾の蛇がしぃーッ、と鋭い声を発した。

「俺が前を引き受ける」

「オレは後ろからか」

「魔法剣はレインでしか対抗できん」

「そうだ、レインちゃんの力なら」

「無理だ」

 即座にタガネは否定する。

「討伐軍の前じゃ使えん」

「……ヴリトラだもんな」

「復活させたとか難癖付けられる」

 体裁(ていさい)を気にする場合ではない。

 それでも。

 レインが大蛇の姿に変形して戦えば、それこそヴリトラ再臨だと王宮に伝わり、より剣鬼弾圧の活発化を促す。

 そうなれば安息はない。

 むしろ、タガネがケティルノースと共に葬られるかもしれないのだ。

 つまり、禁じ手てある。

「ヤツの後ろに回りな」

「了解だぜ!」

 ジルが駆け出した。

 タガネはその場に留まって構える。

 牛頭は瓦礫を踏み砕きながら進む。

 その瞳はタガネを一直線に見据えていた。

 水平にした大剣を腰の後ろに引き絞る。

 全力の一閃を予測した。

『もお゛!』

 牛頭の全身が駆動する。

 光を放射する大剣がふるわれる。

 タガネの前景をすべて薙ぎ払う勢いだった。

 瓦礫を巻き上げて光の渦が迫る。

 魔剣で威力を削ぎ、剣圧で払う。

 そして。

「ぐあッ!」

 遅れて来る爆風に吹き飛ばされた。

 地面の上に仰臥(ぎょうが)して。

「げッ!?」

 その直上で。

 跳んだ牛頭が斧を振り上げていた。

 空を背景にした異形。

 殺意を漲らせた影が接近している。

 慌てて横へと跳ね起きながら側転。

 一瞬前の過去位置がはぜる。

 タガネは体勢を整えて前に疾駆した。

 返す刃で振るわれた大剣を掻い潜り、内懐へと飛び込む。中腰になって踏み込む牛頭の太腿に飛び乗り、さらにそこから跳躍した。

 牛頭の面前に躍り出る。

 横へと魔剣を一閃させた。

 ――()った!

『もぉおおおおおお゛!!』

 勝利の確信と渾身の剣撃。

 それらを無に帰すように牛頭が口を開けた。

 頬まで裂けて、魔剣の切っ先が空振る。

 驚く間もなく。

 次いで口内から猛火が溢れた。

 牛頭が一息吹くと、球状となって炎熱が発射される。真正面にいたタガネは魔剣で一刀両断した。

 二つに分断された火球が後ろで爆発する。

 失敗したとみるや、牛頭が頭を横に振った。

 湾曲した(ツノ)が、タガネを横合いから叩く。

 体との間に魔剣を入れて防御した。

 だが、力で敵うはずもなく弾き飛ばされる。

 タガネは地面を転がった。

 そこへ牛頭が容赦なく駆け込む。

 大剣を地面に突き立てながら斬り上げた。

 転がるタガネ。

 その手元が(かす)む。

『もお゛ッ!?』

(はや)いな……!」

 血飛沫(ちしぶき)が散る。

 空へと、大剣を握る牛頭の腕が舞い上がった。

 緩やかに落下して瓦礫の山の上に突き立つ。

 牛頭はそれを(かえり)みた。

 その間に、タガネは息を整える。

「ジル、援護はどうした?」

(ワリ)ィ、絡まれた!」

「は?」

 タガネは前庭に視線を巡らす。

 その一画にジルはいた。

 そこには、牛頭とは別に丸太を抱えた巨人のような魔獣が相対(あいたい)している。首から上は無く、腹の表面に牙を持つ人の顔があった。

 また面妖な姿の魔獣。

 斧で受け止めた丸太を押し返そうとしている。

 ジルが苦しげに振り向く。

「手が放せねぇ!」

「耐えろ、もう少しの辛抱(しんぼう)だ」

 タガネは牛頭を見上げる。

 ナハトたちの報告が届けば、すぐに増援が――……。

 思考が凍りつく。

 援軍は、来ないかもしれない。

 あの二人がもし、カルディナたちではなく、参謀に報告していたなら。

 剣鬼の窮地を看過する。

 あわよくば、これを機に戦死することも望んでいるだろう。

 タガネは舌打ちした。

「ベル爺、これは無理だぞ」

 魔剣を握り直す。

 相手の片腕は斬り落とした。

 あと腕は三本あるが、動いて撹乱(かくらん)しながら攻めれば勝てる。

 タガネは改めて覚悟を固める。

『もぉおおおおおお゛!!』

 雄叫びを上げる牛頭の腕が再生した。

 タガネは唖然とする。

 腕の損壊が一瞬で回復した。

 これでは相手の戦力を削いで(とど)めを刺す戦法では通用しない。

 他に狙うとすれば――。

 タガネは頭上の牛面(うしづら)を見た。

 首を断つのは有効だ。

 先刻の攻撃――裂けた頬は治癒していなかった。拡張された口端は唾液混じりの流血に染まっている。

 弱点は頭部!

 だが、それが遠い。

「剣鬼、やべぇぞ!!」

「なに?」

 巨人を斬り倒したジルが叫ぶ。

 タガネはその声に振り返って。

 次々と前庭に踏み入る魔獣たちを見咎めて絶句した。物事は猖獗(しょうけつ)する、味方ではなく敵の増援の可能性を失念していた。

 タガネの顔が引きつる。

「さて、どうしたもんかね」

『ブフルルルルルル!!』

 牛頭が荒々しい呼気を出す。

 タガネは魔剣を手に力の無い笑みを浮かべた。





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