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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
八話「喚び水」上辺
188/1102



 翌朝。

 タガネは王宮の庭園にいた。

 眼前には、武装したマサトが構えている。

 庭園には大勢が集まり、正対する二人の様子を見物していた。剣鬼隊の面子もそこに加わり、庭園に立つ剣鬼の姿に目を輝かせる。

 まるで祭りのごとき騒ぎよう。

 タガネは呆れを隠して前を見据える。

 右手に長剣、左手に短剣。

 腰を低く落とし、両腕を開帳した姿勢(しせい)

 間合いの異なる得物を左右に駆るマサトの戦法の正体へ予測を立てつつ、ちらと観戦者たちの中に視線を巡らせた。

 そして。

 マリアの姿をすぐ発見する。

 胸前で両手を組んで(うれ)いた表情だった。

 その隣では、ミストとフィリアが何事かタガネを恨めしそうに見詰める。

 ――心当たりが無いな。

 気になりつつもタガネは魔剣の鞘を払う。

「早く始めよう」

「そう急かさんでくれな」

「そうもいかない」

 マサトが獰猛に笑む。

 タガネは舌打ちして頭を掻いた。

 これは、決闘である。

 マサトからの挑戦を受けて立ち、庭園に場を設けて対峙していた。勝利条件は、相手の武器を取り上げるか、それとも降参させるか。

 禁則は殺傷(さっしょう)のみ。

 タガネは目を眇めた。

「なんでこうなったか……」

「それは君のせいだろ?」

「腹立つな、こいつ」

 タガネが眉根を寄せる。

 事の発端は、マリアの発言だった。

 ――剣姫はタガネと婚約している。

 そんな風に(うそぶ)いたマリアの流言を鵜呑みにし、マサトは自身が目をつけていた女性が横取りされたと憤慨した。

 (もっと)も。

 タガネとしても不本意ではある。

 ただ、マサトが撤退する見込みがあった。

 効果に期待して看過したが、それが更なる争いの火種(レゴンド)を生んだ。

 なんと。

 マサトはマリアを懸けての決闘を所望したのである。

 タガネとしては()()でも避けたかったが、容認した手前、いまさら嘘だと撤回するのも不自然な上に、腕を抱くマリアの力が凄まじかった。

 やむを得ず。

 この決闘を承諾した。

 そして現在(いま)に及ぶ。

「これでマリアちゃんを手に入れる」

「正気かい」

「ああ。そして続いて、ミストちゃんやフィリアちゃんも……」

「そりゃ夢のある展望だな」

 タガネが嘆息する。

不殺(ふさつ)の決闘だ」

「分かってるさ」

「なら、その気迫も少しは緩めてくれな」

 マサトの構え。

 それは全力で相手を倒す気勢が窺える。

 傍迷惑な(うら)みを買ってしまった。

 内心でタガネは愁嘆に暮れながら、自身も構えを取る。

 右に剣を水平に肩上に掲げて()る。

 その剣身に左手を添え、足を前後に開いた。

 マサトが鼻で笑う。

「やっぱ剣ってそう構えるんだ」

「さてね」

「ま、どうしようが僕が勝つから」

 勝利を確信した笑顔。

 マサトはその表情を一切崩さない。

 戦闘の心得がない人間のする顔ではなかった。

 大胆不敵。

 しかし、神々に祝福された力の正体が不明だ。

 タガネもまた油断せずに対する。

 魔法を禁じていないので、初手から火力の高い攻撃を放つ場合も想定した。

 いや、どんな手を使おうとも敗けるわけにはいかない。

 何故なら――。

「嫁さんを守りきれよ!」

「未来の剣聖夫人のために!」

「女を守ってナンボの男だぞ!」

「負けちまえ幸せ者!」

「やかましい!!」

 剣鬼隊(がいや)からの野次。

 タガネは思わず怒声を上げて咎めた。

 戦闘前から冷静さを欠きそうになり、自身を諌める余計な作業が追加される。この衆目がすでにマリアとの婚約云々の事情を(わきま)えていた。

 だからこその賑わい。

 様相は女を懸けた男の争いに仕立て上げられた。

 タガネは怒りを堪える。

「タガネ、後で話があります」

「わ、私も!」

「……客室に帰りてぇ」

 ミストとフィリアの声。

 決闘後にも厄介事の予告を受けて、タガネは戦意喪失の寸前だった。

 立会人のマタニルが前に進み出る。

「私が立会人だ。――双方構え」

「もう構えてるさ」

「…………」

「よし。それでは――」

 決闘開始の一声。

 それが発せられる直前に、タガネは左手で拳固を作り、マリアに一瞥だけして親指を立てた。

 不安そうな彼女の顔が和らぐ。

 そして。

「はじめ!」

 決闘の火蓋が切って落とされた。

「最初から決めさせてもらうよ!」

「…………!?」

 マサトが地面を蹴った。

 長剣の剣身がまばゆい黄金色(ラングレーゼ)に輝く。

 大上段に振り上げ、タガネに直進する。

 魔剣が微振動を起こした。

 初手から大火力の技が来る!

 マサトが渾身の踏み込みを決めた。

「喰らえ――『朝空断ち(ソル・イクリプス)』!」

 タガネめがけ剣が趨る。

 赫耀(かくやく)たる剣の袈裟斬りの威力。

 それは受け太刀すれば危険だと瞬時に判断し、タガネは身を低くしながら、マサトの右脇へと滑り込むように跳んだ。

 頭の後ろの空気を剣が焦がす。

 空振った先の空間に、極太の光線(ユーファル)の一条が奔って、庭園の一画を切り裂いた。大きく地面が抉れ、その傷跡から灼熱の炎が溢れる。

 弾けた土砂が爆風で加速する。

 辺りの観戦者を強襲し、タガネの肩を打つ。

「ッ………!」

「まだまだァ!」

 マサトの右に回り込み。

 タガネは剣の平で相手の後頭部を狙う。

 打撃による失神を意図した一手。

 いざ実行しようとして――マサトの左手の短剣が白光を宿していることを看取する。

 マサトが右の大振りの反動を利用し、体を大きく巡らす。

 右へと短剣を横薙ぎに一直線に払う。

 転身は間に合わない。

 タガネは魔剣を逆手持ちに変える。

「『夜空断ち(ルナ・イクリプス)』!」

「ぐッ!?」

 短剣の刃を受け止める。

 耳を劈く金属音が炸裂した。

 鋼の交錯点(こうさくてん)で魔力が迸る。

 マサトの細腕から考えられない膂力もあって、足下がわずかに後退した。

 爪先で地面をえぐり、踏みこらえる。

 吸収を凌駕する速度で魔力が溢れ、削がれた威力がタガネの背後で白銀の猛火(もうか)として発散された。一寸後ろの地面が()ぜて、爆風に体が引っ張られる。

 短剣に圧されたように。

 タガネの体が後方に吹き飛んだ。

 宙に高く叩き上げられた。

「どうだ!」

「…………なるほどね」

 タガネは得新顔になって呟く。

 風に(あお)られながらも中空で背転し、地面に魔剣を突き立てて着地する。

 無傷な様子を見て。

 マサトがその美貌を悔しげに歪める。

「しぶといね」

「まだ二手目だが」

「これで決めてやる!」

 マサトが再び走る。

 その両手の武器が深緑(ラシューべ)群青色(マルティリカ)に発光した。厖大な魔力が剣身を数倍の大きさに膨張させる。

 躍動(やくどう)する魔力。

 それだけで暴風が庭園に吹き荒れた。

 タガネも前へと駆け出す。

 魔剣を下段に構え、切っ先で地面を擦る。

「いくぞ――『地球斬り(ジオ・イクリプス)』!!」

「また大技かい」

 マサトが異色の双剣をふるう。

 虚空に残像を刻む猛烈な連撃を放った。

 二色の光が間断なく相手へと注がれる。

 対して。

 タガネは真っ向から迎え撃った。

 それも――マサトよりも高速で剣を駆る。

 マサトの長剣に合わせて四つ、短剣に三つの剣撃を叩き込む。剣速(けんそく)は誰の目にも捉えられない領域に達しており、タガネの姿の輪郭(りんかく)さえもが朧になっていた。

 無数の火花が散る。

 勇者の連撃を剣鬼が斬り払う。

 凄烈な斬舞に誰もが息を呑んで見入る。

 これが剣鬼。

 ケティルノース討伐を期待された男の実力。

 衆目が尊敬の一色に染め上げられた。

 やがて。

「ぜえ、ぜえ……ど、どうだ」

 勇者の三十二連撃。

 その全てが見事に完遂された。

 だが。

「数えて三十二、か」

「なッ……!?」

 タガネは無傷で立っていた。

 右手の手中で魔剣を回旋させる。

 猛撃を受けきって無事だった事実に茫然自失とするマサトの隣へ、おもむろにタガネが歩み出た。

 流れるように弄んでいた魔剣の柄頭でマサトの首筋を叩く。

 鈍い衝撃が脳に走った。

 マサトは前に膝を突いてくずおれる。

「がはっ……!」

「終わりでいいかい?」

「ぐっ……女神ちゃんに貰った力が通じないなんて……!」

「へー、女神ね」

 タガネはわずかに目を見開く。

「会ったのかい」

「ああ。僕は……この世界の王になるよう、女神ちゃんに言われて来たんだ!」

「世界の王」

「欲しい物はなんだって手に入る。『魅了』を発動していたのに、どうしてマリアちゃんやミストちゃんたちは…………」

 マサトが小さな声で独り呟く。

 内容は聞き取れなかったが、それでもタガネは思わず笑った。

 マサトの顔が含羞と怒りで赤く染まる。

「何がおかしい!」

「決闘中に考え事とは肝が据わってんな」

「は?」

 当惑するマサト。

 その鼻先の虚空を剣が切り裂く。

 驚いて後ろに飛び退いて尻もちを突いた。

 タガネが躙り寄る。

「人の女に手を出したんだからな」

「うっ……」

「それなりの覚悟があるんだろ?」

 魔剣を高々と振り上げた。

 灰銀の眼光が、マサトの心を冷たく貫く。

 総身を震わせる恐怖に、彼は両手で頭を庇う。

「ま、参った!!」

「…………」

「ぼ、僕の敗けだよ」

 マサトが敗北を認めた。

 タガネは魔剣を下ろす。

 これで決闘は勝利し、マリアは守りきった。

 一先(ひとま)ず安堵して、庭園から早々に立ち去ろうと考えた瞬間、眼前のマサトの姿が消える。

 直後、背後からの殺気に身をひるがえす。

 そこに。

「はは、僕の勝ちだ!」

「なっ!?」

「これが『分身』スキルさ!」

 短剣を掲げたマサトがいた。

 タガネの顔面めがけて突き下ろす。

 決闘の不殺すら無視した凶刃が迫る。

 魔剣は鞘に納めた、まだ体が後ろに回りきっておらず、回避も防御も望むべくもない。

 致命的な不覚を取った。

 まだ他にも自身を複製する力を秘していたのだ。

 光る短剣の切っ先。

 タガネは死を覚悟して歯噛みした。

「そこまでだよ」

「え」

 タガネの面前で火花が弾けた。

 甲高い音とともに短剣が空へと打ち上げられる。

 いつの間にか。

 二人の横合いから、カルディナの剣が伸びていた。二人の間に割って入り、その磨かれた剣身で双方を映す。

 タガネは視線を滑らせた。

 カルディナが微笑んでいる。

「勇者くん」

「は、はひっ!?」

「君はすでに降参したはずだろう」

「い、いや、分身が降参宣言して……」

「でも口にした時点で降参は認められる」

「そ、そんな」

「分身であろうと君だ。責任を持ちなさい」

「う……」

 マサトが項垂れる。

 マタニルが渋面になって睨んでいた。

 その表情に気付かず、自失するタガネの手をカルディナが取り、上に持ち上げた。

「勝者タガネ」

 勝者の名前に庭園が歓喜で沸き立った。





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