表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
八話「喚び水」上辺
185/1102



 一同の注視を浴びながら。

 玉座の間へとゆっくり二人が入った。

 その姿を。

 タガネは一顧だにせず、マタニルに迫る。

 殺気すら滲ませて一直線に歩んだ。隣にいたマリアでさえも、一瞬だが背筋が凍って身構える。

 銀の双眸が昏く光った。

 マタニルの胸ぐらを掴み上げる。

 彼は目を剥いて当惑した。

「再演しようってか」

「な、何の話です」

「第二の魔神を作る気か……?」

 マタニルの至近で。

 怒りの相になった剣鬼が低く問う。

 八名の視線が二人からタガネへと移り、いま紹介されようとしていた者でさえも、中途半端に振り向いた体勢で動きを止めていた。

 戦場でもない王宮。

 そこで剣鬼が牙を剥こうとしている。

 玉座の間が戦場に似た緊迫感で包まれた。

 タガネが拳を振り上げる。

「あの、剣鬼殿?」

「また魔神戦線の焼き直しを――」

「やめて!」

 掲げられた拳を白い手がにぎる。

 背後からマリアが腕を伸ばしていた。

 タガネの体を抱き寄せて後退する。

 タガネも抵抗しようとして、背中に感じる彼女の体が震えているのに気づいて脱力する。されるがまま引き下がるが、未だに刺すような銀色の眼光をマタニルに定めていた。

 拳固の指を解き。

 タガネも渋りながらも腕を下ろす。

 耳打ちでマリアがささやく。

「今は(こら)えて」

「ちっ」

 タガネは舌を打つ。

 勇者――。

 それは異界から召喚された人間である。

 世界を渡る際に神々より天恵(てんけい)を授かり、この世に二つとない力で救世主となることを約束されている。

 しかし、その結末は――。

「利用した挙句(あげく)になげうつ」

「…………」

「手前勝手な理由で人を喚びつけながら平然と切って捨てる、こんな奴儕(やつばら)がいるから魔神戦線が……あの王国が――」

「それ以上は駄目よ」

 マリアがその先を(さえぎ)る。

 タガネも我に却って周囲を見た。

 この場の全員が二人の間で交わされる発言に耳を傾け、そして疑問を呈する表情である。恐怖の忘我(ぼうが)から立ち直ったマタニルですらそうだった。

 それも、そうだった。

 勇者は歴史から徹底して抹消された。

 勇者召喚から魔神の誕生。

 その真実を知る者はごく限られている。

 召喚をいかに糾弾(きゅうだん)しても。

 流言だと一笑に付されてしまうのだ。

 タガネは歯噛みする。

「取り乱した、すまん」

「本当よ、まったく」

「今日は槍でも降るのかね」

「はあ?」

「おまえさんに二度も(たしな)められるとは」

「なッ……?」

「感謝してる」

「ふん」

 マリアが鼻で不満げに吹く。

 タガネも苦笑した。

 襟を正したマタニルが改めて二人を手で示す。

「この二人は勇者殿です」

「どうも!」

「初めまして」

 マタニルの紹介に。

 その少年少女が挨拶で続いた。

 元気よく応えた少年。

 毛先の跳ねた黒い短髪に、切れ長で涼し気な目元だが、活力を漲らせた瞳で全員を捉えている。貴族令息と言って不遜のない端麗な容姿ながら、そこに似つかわしくない活発さが窺えた。

 そして。

 対象的に冷静な少女。

 艶のある黒髪を腰元まで伸ばし、伏せられた黒い瞳は、強かな光をたたえて周囲の人間の様子を(さか)しげに観察している。

 小作りな鼻と口。

 白い肌が仄かに玉座の間の照明に染まっている。

 その姿に。

 タガネは怒りを忘れた。

 母に似た容貌(ようぼう)に思考が停止する。

 平静を装いつつ彼女を見る。

 見慣れない(こしら)えの上着、ズボンとスカートの着衣が目立つ。

「俺は桐谷聖人(きりがやまさと)。よろしく!」

姫城綾子(ひめしろあやこ)です」

 少年少女が名告る。

 タガネが熱心に観察していると。

 カルディナが挙手した。

「質問だ」

「カルディナ殿、どうぞ」

「勇者とは、かの王国で潰えた精鋭部隊が冠していた名では?」

「たしかに似ていますが違います」

 マタニルが応答した。

「ケティルノース対策として、過去の記録を確認すべく、古い文献を渉猟していた最中、その名があったのです」

「古代の書物にか」

「その召喚法と、神々に祝福された存在とだけ」

 マタニルは言い(よど)んだ。

 過去にどんな目的で召喚されたか。

 そこまでは(つまび)らかになっていないのだ。

 当然、それらは先人たちの思惑で悉皆(しっかい)消されている。

 歴史の闇に触れようとしている。

 そんなことも露知らず。

 マタニルは滔々と説明を紡いだ。

「わずかな助勢でも欲しい窮状」

「なるほど」

「そこで、ミスト殿と聖女様に依頼して召喚したのです」

 ミストとフィリアが頷く。

 タガネも得心してため息をついた。

 王宮へと先にいるミストとフィリア、この両名が何事かまではマリアも与り知らないことだったが、彼女だけが(はぶ)かれた理由が判明する。

 勇者召喚。

 その為なのだと。

「天恵は真実なのか?」

「ええ。確認済みです」

「彼らに戦闘経験は?」

「まだありません。彼らのいた異世界は、極めて平穏な国だったそうで」

 カルディナの顔が曇る。

 これから人類の存続を懸けた大戦。

 その要を、戦も識らない素人に託すことへの不信感が湧くのは自明の理。反対する声もあるが、一刻も早く大陸中の戦力を集中させている。

 盤石の態勢で。

 ケティルノースを迎え撃つために。

 それが無為(むい)となる。

 その危惧があった。

「ただ、彼らの力は紛れもない本物」

「…………」

「そこで協力して欲しい」

「協力?」

「はい」

 ここからが本題。

 タガネもそう感じて傾聴する。

「この勇者のお二方を、ケティルノース到着が予想される二月後までに」

「……………」

「皆様に鍛えて欲しいのです」

 マタニルの一言に。

 カルディナもが顔に難色を示した。

 マリアも絶句して立ち尽くす。

 そんな彼女の下へと、少年マサトが駆け寄った。両手を取って、上下に振る。

「よろしく、美人さん!」

「え、あ、はあ……」

「……また面倒なこって」

 (ものう)く眼差しで。

 タガネは天井を見上げて呟いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ