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一同の注視を浴びながら。
玉座の間へとゆっくり二人が入った。
その姿を。
タガネは一顧だにせず、マタニルに迫る。
殺気すら滲ませて一直線に歩んだ。隣にいたマリアでさえも、一瞬だが背筋が凍って身構える。
銀の双眸が昏く光った。
マタニルの胸ぐらを掴み上げる。
彼は目を剥いて当惑した。
「再演しようってか」
「な、何の話です」
「第二の魔神を作る気か……?」
マタニルの至近で。
怒りの相になった剣鬼が低く問う。
八名の視線が二人からタガネへと移り、いま紹介されようとしていた者でさえも、中途半端に振り向いた体勢で動きを止めていた。
戦場でもない王宮。
そこで剣鬼が牙を剥こうとしている。
玉座の間が戦場に似た緊迫感で包まれた。
タガネが拳を振り上げる。
「あの、剣鬼殿?」
「また魔神戦線の焼き直しを――」
「やめて!」
掲げられた拳を白い手がにぎる。
背後からマリアが腕を伸ばしていた。
タガネの体を抱き寄せて後退する。
タガネも抵抗しようとして、背中に感じる彼女の体が震えているのに気づいて脱力する。されるがまま引き下がるが、未だに刺すような銀色の眼光をマタニルに定めていた。
拳固の指を解き。
タガネも渋りながらも腕を下ろす。
耳打ちでマリアがささやく。
「今は堪えて」
「ちっ」
タガネは舌を打つ。
勇者――。
それは異界から召喚された人間である。
世界を渡る際に神々より天恵を授かり、この世に二つとない力で救世主となることを約束されている。
しかし、その結末は――。
「利用した挙句になげうつ」
「…………」
「手前勝手な理由で人を喚びつけながら平然と切って捨てる、こんな奴儕がいるから魔神戦線が……あの王国が――」
「それ以上は駄目よ」
マリアがその先を遮る。
タガネも我に却って周囲を見た。
この場の全員が二人の間で交わされる発言に耳を傾け、そして疑問を呈する表情である。恐怖の忘我から立ち直ったマタニルですらそうだった。
それも、そうだった。
勇者は歴史から徹底して抹消された。
勇者召喚から魔神の誕生。
その真実を知る者はごく限られている。
召喚をいかに糾弾しても。
流言だと一笑に付されてしまうのだ。
タガネは歯噛みする。
「取り乱した、すまん」
「本当よ、まったく」
「今日は槍でも降るのかね」
「はあ?」
「おまえさんに二度も窘められるとは」
「なッ……?」
「感謝してる」
「ふん」
マリアが鼻で不満げに吹く。
タガネも苦笑した。
襟を正したマタニルが改めて二人を手で示す。
「この二人は勇者殿です」
「どうも!」
「初めまして」
マタニルの紹介に。
その少年少女が挨拶で続いた。
元気よく応えた少年。
毛先の跳ねた黒い短髪に、切れ長で涼し気な目元だが、活力を漲らせた瞳で全員を捉えている。貴族令息と言って不遜のない端麗な容姿ながら、そこに似つかわしくない活発さが窺えた。
そして。
対象的に冷静な少女。
艶のある黒髪を腰元まで伸ばし、伏せられた黒い瞳は、強かな光をたたえて周囲の人間の様子を賢しげに観察している。
小作りな鼻と口。
白い肌が仄かに玉座の間の照明に染まっている。
その姿に。
タガネは怒りを忘れた。
母に似た容貌に思考が停止する。
平静を装いつつ彼女を見る。
見慣れない拵えの上着、ズボンとスカートの着衣が目立つ。
「俺は桐谷聖人。よろしく!」
「姫城綾子です」
少年少女が名告る。
タガネが熱心に観察していると。
カルディナが挙手した。
「質問だ」
「カルディナ殿、どうぞ」
「勇者とは、かの王国で潰えた精鋭部隊が冠していた名では?」
「たしかに似ていますが違います」
マタニルが応答した。
「ケティルノース対策として、過去の記録を確認すべく、古い文献を渉猟していた最中、その名があったのです」
「古代の書物にか」
「その召喚法と、神々に祝福された存在とだけ」
マタニルは言い淀んだ。
過去にどんな目的で召喚されたか。
そこまでは審らかになっていないのだ。
当然、それらは先人たちの思惑で悉皆消されている。
歴史の闇に触れようとしている。
そんなことも露知らず。
マタニルは滔々と説明を紡いだ。
「わずかな助勢でも欲しい窮状」
「なるほど」
「そこで、ミスト殿と聖女様に依頼して召喚したのです」
ミストとフィリアが頷く。
タガネも得心してため息をついた。
王宮へと先にいるミストとフィリア、この両名が何事かまではマリアも与り知らないことだったが、彼女だけが省かれた理由が判明する。
勇者召喚。
その為なのだと。
「天恵は真実なのか?」
「ええ。確認済みです」
「彼らに戦闘経験は?」
「まだありません。彼らのいた異世界は、極めて平穏な国だったそうで」
カルディナの顔が曇る。
これから人類の存続を懸けた大戦。
その要を、戦も識らない素人に託すことへの不信感が湧くのは自明の理。反対する声もあるが、一刻も早く大陸中の戦力を集中させている。
盤石の態勢で。
ケティルノースを迎え撃つために。
それが無為となる。
その危惧があった。
「ただ、彼らの力は紛れもない本物」
「…………」
「そこで協力して欲しい」
「協力?」
「はい」
ここからが本題。
タガネもそう感じて傾聴する。
「この勇者のお二方を、ケティルノース到着が予想される二月後までに」
「……………」
「皆様に鍛えて欲しいのです」
マタニルの一言に。
カルディナもが顔に難色を示した。
マリアも絶句して立ち尽くす。
そんな彼女の下へと、少年マサトが駆け寄った。両手を取って、上下に振る。
「よろしく、美人さん!」
「え、あ、はあ……」
「……また面倒なこって」
懶く眼差しで。
タガネは天井を見上げて呟いた。




