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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
八話「喚び水」上辺
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 玉座の間に待機する八名。

 迎賓の卓も無く。

 ただ、その場に静かに直立していた。

 王が不在の玉座もさることながら、その直近に顔を並べる猛者たちの威厳が、この空間を異界へと仕立てている。

 タガネの足音しかしないほど静かだった。

 衆目が二人へと集中する。

 先んじて足を運んでいたミストとフィリアが、それぞれ一礼や手を左右に振る仕草で挨拶する。

 タガネは目礼して応えた。

 八名の輪に加わって立つ。

剣鬼(けんき)、到着よ!」

「傭兵のタガネといいます」

「彼も討伐戦に参加するわ」

「本部より徽章と書状を預かった(よし)、遅れながら参上しました」

「ふん」

 タガネが丁寧に名告った。

 マリアは満足げに胸を張る。

「揃ったことだし、皆もしましょう」

「要るのかよ」

「これから肩を並べる味方よ」

「しかしなぁ……」

 タガネは顔に渋面(じゅうめん)を作った。

 集った顔触れは傑物ばかり。

 誰も彼も、戦場で名が知れている。

 知らない方が非常識だと(あざけ)られ、それだけで実力や器量が知れる。親睦を深める意図でも、中には傭兵稼業の商売敵(しょうばいがたき)もいたので、タガネには下策に思われた。

 マリアが視線で促す。

 それを受け取って一同がうなずいた。

 一部を除いて。

「最近は忙しい剣鬼様じゃん」

「どうも」

「噂は常々聞いてるがよ」

「…………」

 タガネに向かって歩む一人。

 頭上から身を屈めて顔を接近させた。

 輪の金具をつけた(たくま)しい唇を忌々しげに噛んだ。

 低い響きを含む舌打ちを鳴らす。

 根本から毛先にかけて波打つ髪を後ろへと撫でつけており、癖が強く倒れない屈曲な一房(りとふさ)だけが面前に垂れていた。

 紫の瞳がタガネを睨む。

「何だい?」

「強欲だな、ここでも手柄を立ててぇってか」

「いや、別に」

「なら、とっとと失せな」

 タガネに指を突きつけて。

 その男は退場するよう迫った。

 自分勝手な物言いである。

 タガネはその男の腕をつかみ、捻り上げながら相手の方へと引かせた。

 剣で鍛えられた握力は、易々と振り払うことを許さず、骨を軋ませる強さで圧迫した。

 男の顔が苦痛に歪む。

「おまえさんの(あきな)いを邪魔しに来たんじゃない」

「邪魔なんだよッ……」

「俺にも事情があるんだよ」

「ああ?!」

「おまえさんが消えな」

 タガネが足で突き飛ばす。

 胴に一蹴りをくらって男は転倒した。

 赤い絨毯の上に半外套のすり切れた裾が広がる。

 それは別大陸の沿岸部に住む原住民の着る民族衣装(ポンチョ)であり、花や骨の柄をあしらった羅紗(らしゃ)に方形の穴を穿(うが)って貫頭衣に仕立てだった。

 その特徴だけで。

 彼が傭兵ダルティオだと通じる。

「やりやがったな」

「文句ならリューデンベルクに言いな」

「テメぇ……!」

「俺は呼ばれて来たんでね」

 タガネは肩を竦めてみせた。

 ダルティオが半外套の下に手を入れる。

 ここで刃傷沙汰に及ぶつもりか。

 タガネもまた、魔剣に手を伸ばす。

 不穏な遣り取りを全員が黙って見ていた。

 そんな中。

 二人の間にマリアが割って入る。

「いい加減にしなさい」

「ああ?お姫さんの出る幕じゃねぇんだよ」

「――黙りなさい」

 マリアの一瞥(いちべつ)で口をつぐむ。

 緊迫した空気が流れた。

 公爵令嬢という、荒事とは無縁そうな出生だけでは発せない迫力を感じて、さしもの歴戦の傭兵すら二の句を繋げられない。

 侮っていた女性に圧倒されたのもあり、ダルティオが悔しげに唇を噛む。

 マリアの視線が翻る。

 タガネを険しい目つきで見上げた。

「アンタも」

「……ちと口が過ぎたな」

「ふん」

 タガネは構えを解いた。

 よもや。

 マリアに(いさ)められる日が来るとは予想だにしていなかった。肩を叩いて隣に並び直す彼女に奇妙な感慨を抱く。

 ダルティオも身を退いた。

 事の落着を見計らって別の一人が動く。

「本部の人間がもうすぐ来るね」

「そうね」

「では、私だけでも名告らせてもらおう」

「いいわ」

「私は傭兵団『征服道(リミーティファー)』の団長カルディナだ」

 赤い重甲冑の男。

 世には『覇刃(はじん)』で有名な英雄である。

 整った鼻梁(びりょう)と、中年期に入った加齢によって浮き出た頬骨で厳つい顔つきの印象も、柔かい目元が和らげて優男の面相になっており、薄い茶の総髪を後ろで結って垂らしているので清潔感も相まって傭兵より騎士の風貌だった。

 この場で誰よりも上背。

 その高さから(おご)らず、まるで慈しむように優しい眼差しを周囲に注ぐ。

 ただ。

 戦に出た者なら知っている。

 カルディナに敵う戦士はいない。

 およそ四十年前から燦然(さんぜん)と戦場で輝き、未だ衰えを知らず戦場で活躍する大陸最強と名高い傭兵である。

 それがカルディナ。

「久し振りだな、タガネくん」

「どうも。ご無沙汰してます」

「はは、そう畏まらんでくれ。此度(こたび)は仕事場で君とまた肩を並べられて嬉しいよ」

「光栄だね」

 思わず目を逸らす。

 カルディナに相手を威圧する感は無い。

 タガネ自身が抱く気まずさに起因(きいん)していた。

 最後に出会った戦場で、タガネは『征服道』からの入団勧誘を受けた。主に『征服道』は滅多に人は誘わず、けれど間諜(かんちょう)でなければ入団希望者を受け容れる。

 その傭兵団自体はカルディナの威光と関係なく、数多くの強者に構成された集団である。

 個体戦力、連携力、遂行力。

 何を取っても戦場で無類の強さを発揮した。

 つまり。

 自他ともに認める最強の傭兵団。

 その『征服団』人を勧誘されること。

 すなわち実力的に秀でた者という証である

 それも。

 その団長カルディナから直々(じきじき)に勧誘したのは、その四十年の戦歴の中でもタガネ一人だったのだ。

 本来なら(ほま)れある栄光。

 まだ剣鬼の名がつく前の頃。

 ある国の戦役(せんえき)に加わっていたカルディナが、夥しい敵兵を討ち滅ぼし、兜首(かぶとくび)を獲った少年に目をつけた。

 後に、次なる戦地攻略に向けて休む野営地で孤立しているその少年を誘った。

 傭兵になったばかりのタガネである。

『少年、よければ来ないか』

『…………』

 当時のタガネはこれを断った。

 誰も信用できない。

 タガネが最も人間不信の酷かった時期である。

 そんな過去もあり。

「相変わらず素っ気ないな、ははは」

「…………」

挨拶(じょうしき)もできないわけ?」

「おまえさんよりは心得てる」

「はぁ!?」

 心外な言葉に。

 タガネは小さく軽口で反駁(はんばく)する。

 そうしてマリアが声を上げたとき。

 扉が大きく開かれた。

 数名の衛兵を連れて男性が現れる。

 タガネはあっ、という声を呑んだ。

「皆さん、お集まりのようで」

「…………」

「改めて、討伐連合軍の総司令官を担当しますマタニル・フェル・クルニトゥルです。以後お見知りおきを」

 恭しく頭を下げるマタニル。

 静かに反応するマリアと八名。

 タガネは引きつった笑みで対した。

 先刻、柱の影から鋭い眼光を飛ばしていた詰襟服の男がマタニルだったのだ。何ゆえに恨まれていたのかは心当たりは無いが、早くも嫌な予感が立つ。

 マタニルが面を上げた。

「此度の戦場で、あなたがたの力を見込んで、要職を担って貰うことになります」

「要職…………」

「その上で」

「うん?」

「これから将軍を紹介させて頂きます」

 マタニルが扉の前から退く。

 衛兵も絨毯の左右に控えるように構えた。

 開けられた道。

 タガネは視線で辿って、眉をつり上げる。

「彼らが将軍――()()のお二人です」

 マタニルの声に。

 二人の少年少女が前に進み出た。

 勇者。

 世界平和のために魔神へと変身し、(いびつ)ながらも現代に根付く平和の一種の礎となった存在の呼称だ。

 昨今でもそれを聞くことはない。

 なのに。

「嘘だろ……」

 一人だけ。

 タガネは愕然とその二人を睨んでいた。






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