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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」中央
173/1102

13



 連合国の戦争は終局を迎えた。

 それは、統一ではなく消滅という形である。

 近隣諸国には小さな諍いの連続。

 常に戦の絶えない地域だと認識されていた。

 それが、唐突にケティルノースによる来訪によって中央部が壊滅し、その後に流星群が地上に降り注ぎ、人の文明を地上から掃討された。滅びた王国の経緯をなぞらえるように、そこもまた数日の後に魔獣の住処(すみか)となっている。

 しかし。

 異なるのはケティルノースの動向。

 すでに連合国の跡地から去っていた。

 今は小国を一つずつ踏破しながら、現在の世界中枢と言われる大陸西部のリューデンベルク王国に向かっている。

 つまり。

 ケティルノースの足音が聞こえるまで。

 それが決戦までの猶予だった。



 吹く風は初冬の厳しさを帯びる。

 空気が澄んでいるので寒空を震わせる魔獣の上げた奇声すら冴えた響きを持った。

 それに耳を澄まして。

 独り王国の大地を見下ろす(とうげ)に立つ。

 見慣れた地の荒れように失笑した。

 人の足が途絶えて半年が経とうとする道は、もはや魔獣の跋扈(ばっこ)する地獄へといざなう険難な道へと変わり果てている。

 先方の景色を眺めつつ。

 タガネはそばの岩に腰掛けた。

「ようやくか」

 独り言ちて。

 背負った宝剣を後ろ手に撫でる。

 あの連合国の事件から一月が経過した。

 ベルソートの助力を得て連合国を脱し、帝国へと向かう道の半ばまで付き合い、王国への岐路で剣鬼隊とは別れている。

 タガネには所用があった。

 その一つが宝剣。

 終の別れも告げずに死んだ国王への手向(たむ)けとして、せめて王室が宝にし、ルナートスが揮っていた宝剣を跡地に(ほうむ)る。

 特に意味はなく。

 危急の用でもない。

 況してや、魔獣の群生地に踏み込む危険な行為であり、愚挙といえば正鵠(せいこく)を射ていると自嘲すらする行動である。

 それでも。

 タガネにとっては必要なことだった。

 それに。

「ベル爺の依頼だしな」

 突入する前に。

 武装や荷物などを入念に点検する。

 糧食、魔剣、宝剣、薬草……。

 必要最低限の道具が揃っていると確認し、その場から腰を上げて、王国への道をたどる。

 遠くから気配を嗅ぎ付け、早くも魔獣の眼光が峠の上の人影(じぶん)を捉えていた。人が追放された大地に犇めく敵意を感じ取り、体がわずかに緊張する。

 武者震(むしゃぶる)いを起こして。

 タガネは獰猛に笑った。

 土煙を起こして、道先から魔獣が群となって押し寄せる。体格も種も、すべてが異なるそれらが束になって押し寄せる光景は、どんな肉食獣であっても恐れをなして踵を返す。

 しかし。

 タガネの足は止まらない。

 魔剣を片手に悠揚と進んでいく。

「ちょうど良い」

『ガァァアアアッ!!』

「ケティルノースの前の肩慣らしになりな」

 先頭の魔獣が跳躍する。

 タガネもまた地を蹴って迎え撃った。

 二つの影が路上で交錯する。

 おびただしい魔獣の群の中で、嬉々として鬼は剣を振った。


 それと同時刻。

 帝国に剣鬼隊が到着していた。

 検問には騎士団が顔を揃えており、国外から訪れた傭兵団に帝国式の最敬礼の姿勢を取る。

 恭しい態度に驚いて。

 ロビーは自身の目を疑った。

 誇り高い騎士が、仕える国も無く暴力を金に換えて恥じないとの風評が絶えない、それこそ(いや)しいと蔑む傭兵に敬意をもって迎える。

 並大抵のことではない。

 だからこそ、その裏にあるタガネへの信頼と恩義がいかに篤いものかは語るまでもなく剣鬼隊に伝わった。

 騎士団の一人が進み出る。

 甲冑にマントを背負った風体は、明らかに他の兵装とは異なる威風をまとっていた。

 地位ある者だとすぐに判ってジルも前に出る。

 検問を境に。

 二人は手の届く間合いで立ち止まった。

 騎士団と剣鬼隊は、固唾を呑んで見守る。

 しばらく沈黙の時間が続いた。

 ジルが痺れを切らして口を開こうとして。

 騎士が一礼する。

「剣鬼殿から事の次第を聞いている」

「お、おお、そうか」

「歓迎しよう、剣鬼隊」

 騎士が柔らかく笑む。

 意表を衝かれてジルは微かに動揺する。

 一触即発の空気だった。

 それは対面したジルが一等強く感じていた。

 剣鬼に恩があるとはいえ、彼の異名を冠した部隊の構成員までが(しん)に置ける人徳の持ち主とは限らない。

 微笑む騎士の瞳の奥。

 そこにはまだ疑念の色があった。

 ジルも笑顔で応対する。

「やっと休めるか」

「因みに、入国は何名だ?」

「女一人、ガキが十二人で、剣鬼隊十一名だ」

「了解した。入国税はこちらで払う」

「助かるぜ」

 騎士が検問の前から退く。

 ジルは礼を言って先に進んだ。

 胸を撫で下ろした剣鬼隊が後ろに続き、彼らに囲まれてシスターと子供たちもナハトの先導に従って黙々と追従した。

 そこで。

 ふと騎士が目を眇める。

「ジルニアス殿」

「あん?」

「君の報告と少し違うぞ」

「何がだよ」

 騎士がナハトを指差した。

 ジルは、あっと言う口を塞ぐ。

「女が二名だが」

「いや、あれは男だ」

 ジルがナハトの正体(せいべつ)を明かす。

 騎士はより疑念に眉をひそめた。

「我々を(たばか)るのか」

「ちょいと女顔な上に、身に染み付いた女装癖の所為でよく勘違いされるが」

「正気か?」

「ま、あれでも剣鬼隊(ウチ)の戦力だからよ」

「そ、そうか……」

 まだ信じられない。

 騎士は顔でそう語っていた。

 ジルは彼の肩を叩いて再び進み出す。先頭から隊列の中に割って入り、ナハトの隣に並んだ。

 その装束は侍女服。

 連合国を出てからも改めはせず、道中で幾度も女性と見紛(みまが)った男の魔手がナハトに伸びて、その都度に返り討ちに()った人間との諍いがあった。

 ジルが大仰に嘆息する。

 ナハトが不快だと顔を歪めた。

「何か文句でも」

「そろそろ男服にしねぇか?」

「この方が諜報や斥候として利に適うので」

「……あそ」

 本当は好きなんじゃ……?

 そう思ったことをジルは口にしなかった。

 指摘すれば仲間でもどんな目に遭うか。

 想像に(かた)くなかった。

 ジルの隣でシスターが両手を組んだ。

「似合ってるわ」

「ありがとうございます」

「好きなの?」

「…………いえ、別に」

 ナハトは顔を背けた。

 ジルの口角が上がる。

「素直じゃ――」

「ここで死にますか?」

「冗談、冗談だっつの!」

 ナハトも溜息を漏らし。

 正面に向き直りながら横目でジルを見る。

「素直でないのは貴方(あなた)では?」

「あ?何がだよ」

「貴方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()だったのでしょう?」

「……………」

「それも、ベルソートと協力までもして」

「………バレてたか」

 ジルが後頭部を掻いた。

 ナハトには幾つか思い当たる節があった。

 剣鬼が集団を好まないことは、すでに大陸中に知れ渡っている。傭兵の界隈でも、彼と団体を組むことは危ういという暗黙の了解があった。

 にも拘らず。

 ジルの行動はそれらを無視していた。

 連合国に入る前から彼に同行し、その周囲を人で埋めるよう部隊を組織する。更には、彼の意向に従い、しぜんと信用を得るように立ち回る振舞いがナハトの胸中に一つの疑念を喚起した。

 まるで。

 剣鬼という一匹狼を柵で囲うようだと。

 タガネにとって剣鬼隊の存在が大きくなる。

 そうなれば。

 喫緊の事態でなら、剣鬼隊を守ることを条件にしたケティルノース討伐の要求を呑まざるを得ない。

 狡猾な誘導に思えた。

 そう考えると、すべてが噛み合う。

「あー、そうだよ」

「…………」

「俺はリューデンベルク王国騎士団に所属してるジルニアス・ビューテクルク。今回は連合国入りする前の剣鬼に張り付いて、ケティルノースが訪れるまで剣鬼をあそこに留める任務を受けてた。魔獣がこっちに向かってんのは知ってたが、剣姫たちが説得しに来るのは予想外だった」

「ベルソートとは、いつ?」

「あの人は、連合国に入る前に協力関係を結んだだけだぜ」

 ナハトは呆れて口を閉ざす。

 この一連の出来事で、最も誰かを欺いていたのは、誰よりも明るく、表裏の無さそうなジルニアスでたる。

 二人の間だけにしか聞こえないよう声を潜めているが、もし聞き咎めている剣鬼隊がいたなら、晴天の霹靂(へきれき)だっただろう。

 しかも。

 家名――つまり爵位のある人間なのだ。

 騎士団に所属しながら、国外へ単騎で任務に赴かせられるほどの実力があると信頼された工作員。

 ジルは肩を竦める。

「結果的に任務達成されたな」

「では、騎士団に?」

「は?何で」

「任務の都合上で発足した剣鬼隊は、もはや不要なはずです」

「あー、それな」

 ジルが目を逸らす。

 口にしにくいことがあるのか、しばらく唸るだけだった。

 ナハトは小首を傾げる。

「それで、貴方の進退は?」

「実はな……」

「はい」

「騎士団、辞めることにした」

「はっ?」

「息子に家督を譲る(うま)も手紙で送った」

「……正気ですか?」

「まさか二回も聞かれるとはな」

 ジルが苦笑する。

 ナハトにとっては信じ難いものだった。

 折角の爵位を、権力を捨ててまで剣鬼隊に帰属(きぞく)する理由があるようには思えない。彼にとって剣鬼隊は、剣鬼を誘導するのに必要な道具(てじゅん)でしかない。

 たしかに。

 剣鬼隊を統轄できるのは彼のみ。

 ただし、ジルにとってはもう無用なのだ。

 如何様(いかよう)にもできる。

 なのに。

「どうして、ですか?」

「元は傭兵から成り上がったんだよ」

「…………」

「だから騎士団だの男爵なんぞは慣れんし」

「所帯を持っていたのは驚きですが」

「妻は生粋の令嬢だが俺を(けむ)たく思っててな。息子は溺愛してるが、家に帰りゃ味気のねぇ言葉たけだ」

「そう、ですか」

 ジルが拳を掲げる。

「だから、ここが居心地いいんだよ」

「はい」

「テメェと同じさ」

 ナハトは微笑んだ。

 ジルのことを言う資格は自分に無い。

 何故なら、ナハトもまた剣鬼隊に戻る必要の無い人物であり、それでも部隊に残留する決断をしていた。

 シスター達は帝国騎士団の援助を受けて生活する。

 しかし。

 ナハトは、辟易していた戦場で欠け替えの無い『仲間』という関係を獲得した。

 これが何よりも大切に思えて。

 踏み留まることにした。

 シスターは、その意思を汲んで応援するとだけ言った。

 そして。

 あのタガネは――。

『ちと正気を疑うがね』

 気遣いの欠片も無い言葉を吐いた。

 彼らしい。

 剣鬼隊の皆でそう笑った。

「彼の帰りを待つだけです」

「そしたら」

「ケティルノース討伐……緊張してきた」

 ロビーが体を抱いて震える。

 存外この部隊で最も逞しく成長したのはロビーだが、いまだに戦場へ畏怖を抱く様は剣鬼隊が有頂天になることを防止する命綱になっていた。

 誰も彼も。

 今では欠け替えがなく。

 死んでも忘れ難い価値がある。

「よっしゃ。ナハト、ロビー!」

「はい」

「剣鬼隊再始動の祝杯を上げんぞ!」

「お断りします」

「あ!?何でだよ!」

「ジルさん、移動経費で財政が……」

「ま、マジかよ……」

 ジルの顔色が蒼褪めた。

 連合国から帝国まで、たしかに長いながい距離だったし、若干十名とはいえ多少の金を費やされる。南軍第一砦陥落や、様々な戦果がかすむほどに財布は軽い。

 悄然とジルが肩を落とす。

 そこへ騎士が寄った。

「我々の館に歓迎の用意がある。子供たち共々、今日はそちらで休むといい」

「ありがとよ騎士さんよ!」

「……私は参加しません」

「僕も、お酒には弱いので……」

「バカ言うな。行くぞ!」

 剣鬼隊とシスター達は館へと向かった。

 まだ災厄の足音は聞こえない。

 最初から偽っていた者。

 一度は離脱を選びかけた者。

 敵として襲いかかった者。

 そして、ただ偶然居合わせた傭兵たち。

 そんな似ても似つかない人間たちが寄り添い合ってできた剣鬼隊は、部隊の象徴たる真の頭目を待ち侘びながら、その日の夜を賑々しく祝った。

「剣鬼隊、行くぞ!」

「仕方ありませんね」

「そんなぁ……」

 彼らにとって。

 その夜は忘れ難き思い出となった。






ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


切咲家との因縁=忘れ形見(がたみ)


七話の締め括り=忘れ(がた)き。


イザーク等など=(かたき)


これらを主題として懸けて作ろうと思い付きで発進した七話も無事に完結しました。


八話もまだケティルノースではありません。

幕間を挟んで、筆安めの八話を経て決戦に向かう予定です。

次回は思い付きでは無いと思います、きっと!





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