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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」中央
171/1102

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 枯葉が宙で静止した。

 世界から一切の音が途絶え、色も消える。

 墜ちる星に震撼(しんかん)する空を見上げるジルたちも灰色の背景の一部として佇む。

 全景が異界と化した中。

 タガネは独りで立ち尽くす。

 自分以外がまったく動作しない違和感。

 奇妙な孤独感に苛まれながら、改めて空を見上げる。

 空を焦がす大岩。

 速すぎる落下速度に凄烈な空気摩擦(くうきまさつ)を生じて炎を帯びている。数呼吸の後には巨塔を根本まで押し潰し、連合国の中央を抹消する。

 直下にいるタガネたちは、そこで真っ先に息絶える命の一つとなるはずだった。

 極大の天災。

 それが目前にして延長されている。

 一人の魔法使いによって。

「ほほほ、相変わらずじゃ」

「……まさか」

「喧騒の中心に、いつもヌシがおるのぅ」

「おまえさんか、ベル(じい)

 タガネは呆れて笑った。

 頭上から降りてくる人影がある。

 中空で水平にした長杖に座り、悠々とタガネのいる前庭まで降下し、片手を挙げて挨拶した。

 今年になって三度目。

 タガネとしては見慣れた面だった。

 この異空間にタガネを招き、時間の流れを自在に操る規格外の偉人。

 世にただ一人の大魔法使い。

 ベルソート・クロノスタシアだった。

 豊かな(ひげ)を撫でて。

 陽気にベルソートは笑う。

「ヌシもいるとは驚きじゃよ」

「ベル爺はどうしてここに?」

「ケティルノースの動きを探ってのぅ」

 腰の後ろを叩きながら。

 ベルソートは空の大岩を指差した。

「そしたらヌシがおるし」

「俺も驚いたよ」

「ワシ、思わずギックリ腰しちまったわい。久々に大きな魔力を使ったのぅ」

「老躯に鞭打たせて悪かったな」

「お蔭で遠くにいた遊女の着替えの透視を中断せにゃいかんかったのじゃぞぅ?」

「…………」

 冷たい眼差しを送る。

 タガネは口を閉ざして鼻で嗤った。

 星が墜ちる緊急時に遊女の着替えを盗み見ることに注力していたベルソートの情熱には、ほとほと呆れる他にない。

 いや。

 所詮は天災すら微風も同然なのか。

 ベルソートが敵意を(もっ)て人類に立ち向かえば、むしろ三大魔獣に匹敵する力など容易に引き出せるのである。ただその力が益体も無い事柄に行使されていることが、幸か不幸か世界の安寧を保っている。

 にわかに信じ難いが……。

 タガネの感慨を他所に。

 ベルソートは長杖から降りた。

「よっこいせ、と」

「助かったよ、ベル爺」

「ほほ。もっと、もっと」

「うるせぇ」

 調子づいたベルソートの頭を叩く。

 タガネは嘆息混じりに辺りを見回す。

「ケティルノース、来てるのかい?」

「南におる」

「…………戦うしかねぇのか」

「今はやめときなさい」

「……どうしてだい」

 ベルソートが目を細めた。

 ジルたちを流し目で見る。

「今のヌシには荷物が多い」

「…………!」

「まだ機ではないのじゃ」

 タガネにとっての荷物。

 剣鬼隊の戦力は、じゅうぶん並の軍隊を束ねても勝利できるほどである。

 それでも。

 剣鬼とは主に、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に戦場を駆け巡り、獰猛無比な剣で敵を殲滅する。その戦法は、独りだったからこそ真価を発揮した。

 集団となった今。

 タガネは仲間への配慮などで剣の冴えが(おとろ)えている。剣が鈍ること、すなわち実力の低下に他ならない。

 この状態でケティルノースに挑むには甘い。

 辛辣だが鋭い指摘だった。

 タガネは唇を噛む。

「ワシはのぅ」

「うん?」

「ヌシとヤツの戦いが観たい」

 その一言に。

 タガネがきょとんとした。

 ベルソートは快活に破顔する。

「盤石の状態での」

「……結局、おまえさんは傍観か」

「しかり」

 ベルソートが首肯する。

 掴み取った長杖を地面に立てた。

「本来なら手は出さんのじゃが」

「…………」

「手助けするぞい」

「助かる。……でも、どうやって?」

 この時間が止まった世界。

 二人以外は誰も動けない。

 その状況で、広範囲に被害をもたらす星の墜落から逃れられる距離まで移動するのは至難である。まだ塔内部に子供や剣鬼隊もいるらしく、その人員の撤退すら不可能に近い。

 どうやって。

 その思考を読んでか。

 ベルソートが首を横に振った。

「瞬間移動じゃ」

「は?」

「ワシの魔法で、ヌシと仲間を遠隔地に転送するくらいは容易いわい」

「本当かい?」

「できる。――ただし!」

 ベルソートの瞳が光る。

 タガネは概ねを察して、うなずいた。

「委細承知した」

「……つまり?」

「俺はケティルノースと戦うよ」

 ベルソートが満足げに笑う。

 タガネも自嘲気味の笑顔になった。

 誰かを助けるために対価としては釣り合わないほどの災厄を相手取る。以前レインの安全のためにヴリトラ討伐を請け負った経緯に似ていた。

 誰かを助ける。

 それは、厄介事の種にしかならない。

 タガネは肩を竦める。

「それじゃ、頼んだ」

「ほほ、任せなさい」

 ベルソートの長杖から光があふれた。






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