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前庭の彫像が砕け散る。
轟風が吹いて土砂と破片が高速で飛散した。
塔の門前が修羅場となっている。
ルナートスが長剣を揮った。
びょう、と。
金色に輝く剣身から烈風が放たれた。
それは亡国では王室にのみ継承される宝剣であり、ひとたび魔力を籠めれば一太刀で海を裂くほどの威力を発する。
戦争では大軍を一撃で屠った殺戮兵器。
その火力が容赦なく行使される。
良質な魔素を糧に、殺傷力の高い凶悪な風を生み出した。
それを――。
「疾ッ」
タガネが魔剣で斬り払う。
迫り来る風の刃を潜り抜け、不可避の一吹きだけを剣先で散らした。
直進するタガネ。
胴を横薙ぎにしようと烈風が放たれた。
波状の風に対し、タガネは寸陰の間に二閃、三閃を叩き込んで威力を散逸させる。間髪入れずに垂直に地面を抉って近づく斬撃に、側転でその場から離脱して回避した。
体勢を立て直して再発進する。
ルナートスも全力で宝剣で空間を断つ。
「くッ……しぶとい!!」
「乱れた剣だな」
腰元で寸断せんとする風。
タガネは背中で地面を滑ってくぐり、頭上を過ぎるか否かの際疾い瞬間に、踵と手で叩いて跳ね起きる。
その勢いのまま跳躍した。
顔めがけて魔剣を振り下ろす。
ルナートスは辛うじて宝剣で受け止めた。
互いの面前で火花が散る。
「惜しい」
「ぐううう……!!」
「おまえさん、力弱いね」
「貴様は、何もかも奪っていく」
「は?」
鍔迫り合いの最中。
ルナートスの口から吐露された。
「マリアも、ミストも……父すら」
「…………」
「私より貴様を想っていた」
「そうかい」
「何故だ、なぜ私じゃない!?」
拮抗する鋼の押し合い。
しかし、着実に均衡は崩れていた。
タガネの腕が振り抜かれる。
ルナートスの体が後ろに弾けて、地面をもんどり返った。土砂にまみれて、激しい転倒の衝撃で甲冑が外れて転がる。
タガネが追走に出た。
しかし、起き上がったルナートスが立ち上がりしなに一刀を振る。
低い位置から上へと凶風が駆け上がった。
タガネは二撃で受け流した。
悔しさにルナートスは唇を噛む。
「その剣……ヴリトラか!」
「正式にはレイン、だがな」
タガネが魔剣を回旋させる。
魔剣レイン。
それは宝剣とは対象的な性質を有する。
あまねく魔素を基にした攻撃を無効化し、暴力的に喰らう。三大魔獣の一角を斃し、鹵獲した牙から鍛造した凶器。
世界に唯一無二の業物である。
だが。
魔剣にも一度に吸収可能な許容限界があった。
それは人間で約十数人分の魔素。
ルナートスの一撃はそれを凌駕する。
その欠点をタガネの『技』が補う。
相手が風なら、その気流を読んで自身にとって有害な部分と無害な部分を即座に判別し、剣先で魔素を刈り取りながら受け流す。
いかに凶悪無比な魔剣といえど。
常人ではルナートスの風は凌げない。
恐れるべきは遣い手。
遺憾なく性能を活かす剣鬼の力だった。
「小癪な……!」
「王子どのと決闘したことは無かったな」
「それが、どうした?」
「マリアの方が手応えがあったな」
「……愚弄しやがって!!」
ルナートスが突進する。
宝剣を前へ一直線に突き出した。
タガネは魔剣を逆手持ちに切り換え、相手の切っ先を横へといなしつつ、その持ち手へと銀閃を見舞う。
ルナートスの指が血を噴いて飛んだ。
「ぐあああッ!!」
「国王に申し訳無ぇが」
「よくも……よくも!」
「おまえさんは邪魔だ」
「ごぶっ!?」
苦鳴の声が上がる。
タガネの膝蹴りが脇腹に食い込んだ。
喉の奥から胃液が溢れる。
その直前に、魔剣の柄頭が顎を打ち抜く。顎骨が砕かれ、横へと吐瀉物を振り撒いてくずおれた。
その背中をタガネが踏む。
「さて」
「ぐぶ、ごぼ、おぇ」
「まだ戦るかい?」
銀の瞳が眇められた。
ルナートスが足を払いのけて立つ。
宝剣を持ち替え、渾身の魔力をこめて振った。
タガネも魔剣で斬り返す。
一撃で爆風が起きる。
盛大に前庭の景色を食らう土煙の中で、剣戟の火花が光り、鋭利な鋼の交錯がもたらす絶叫が間断なく響いた。
二人の影が土煙の中でうごめく。
激しい斬舞。
剣への練度の高さによって勝敗が決するそれは、次第にルナートスが圧され始めていた。
タガネの魔剣が唸る。
ルナートスの肩を切った。
「あがッ!?」
「もう終わりで良いだろ」
「ぐわぁッ!」
ルナートスが手を振った。
指先を失った断面から、血が飛ぶ。
恐怖からタガネを振払おうとしたゆえの偶然か、或いは本能的に講じた戦略なのか。
血がタガネの目にかかる。
その視界を塞いだ。
一瞬、魔剣の動きが止まった。
「うがぁああああ!!」
裂帛の気合いとともに。
ルナートスが宝剣に魔力を漲らせて振るう。
大上段から相手を両断するつもりの一太刀。
千載一遇の好機にして必殺。
勝利の確信に手元を加速させた。
「甘いね」
目を閉じたまま。
タガネは魔剣を逆袈裟に斬り上げた。
宝剣を振り下ろすはずだったルナートスの腕が、上腕半ばから断たれ、空へと飛ばされる。血煙で銀髪が赤く染まる。
ルナートスは悲鳴混じりに後退した。
その場に尻もちを突く。
タガネは目もとを拭って歩み寄った。
「もう気は済んだかい?」
「あが、あがぁあ……!」
「一つ忠告しとこう」
「は、はがれ……」
「マリアはおまえさんの物じゃない。ミストはおまえさんの身を案じてた。そして……国王も、おまえさんを愛してたよ」
「おそが!」
「俺が言えた義理じゃ無いが」
魔剣を振り上げた。
タガネは哀愁を湛えた瞳で見下ろす。
「少しは信じてくれな、みんなを」
「……………!」
ルナートスが飛び出す。
タガネの足に歯を突き立てようとした。
それを躱して背後に回る。
「残念だよ」
後頭部に一打。
魔剣の柄頭をぶつける。
ルナートスが白目を剥いて倒れた。
タガネは一息ついて。
「その屈辱、噛みしめて逝きな」
背後のルナートスに言い放つ。
その足先で塔へと向かった。
――が。
「…………空が、明るい?」
タガネが空を振り仰ぐ。
そこに。
天空を覆い尽くす巨石の凶影があった。




