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防壁の外側では。
一軒の平屋が占拠されていた。
内装は荒らされ、本来の住人は一室に縄で縛められている。口は一枚の手拭いで固く封じて放置していた。
そして。
少女が防壁を窺う窓を開ける。
やや高い位置にあるそれは、齢が十四となる頃の背丈で窓外を覗くには難しかった。取手が下部についていたのが幸い、だが景色までは見えない。
少女が爪先立ちになって再挑戦を試みる。
それでも届かない。
上下運動に合わせて肩口で白い髪が乱れ、金色の双眸が届かない苦心に苛立ちで揺れる。
小さな口を尖らせて。
「無理」
「姫さん、手ぇ貸すぜ」
「姫じゃない。――レイン」
背後から。
少女レインの脇に手を差し込む大男。
槌鉾を背負い慣れた体力は、軽々と窓の高さまで彼女を持ち上げた。
ようやく窓外の景色が見えた。
少女の額を風が撫でる。
「多分、あそこに」
「タガネ、いる」
「感じるか」
「タガネのぽわぽわを感じる」
「ぽわ………」
独特の表現に首を捻り。
大男はゆっくり少女を床に下ろした。
その背後で、複数人の男たちが剣の刃を砥いでいる。家の外から、大きく膨らんだ麻袋を担いだ二人が戸口を潜って入った。
大男――ジルは全員の顔を見回す。
「守備はどうだ?」
「用意できる分は完了しました!」
その声に。
ロビーがはっきりと応える。
ジルは満足げに頷いた。
「ここまで来て、未完了じゃ困るわな」
「でも、これで」
「二人とも救えるな」
全員の前にレインが立つ。
「よし、俺たち剣鬼隊あらため、『レイン隊』の目的は二つだ!」
「タガネ」
「それとナハトの奪還だ!」
ジルが胸を叩いて宣言する。
南軍第一砦を陥落させて間もなくして。
約束の日に剣鬼隊は連合国北部にある孤児院を訪れた。
ただ、そこに標的は来なかった。
ナハトの慕う修道女はおり、話を聞けば子供を全員買い取った後であり、先んじて襲撃の情報をつかんでいた男によって躱されたと知る。
それでも収穫はあった。
ナハトが剣鬼隊に宛てて、密かに残した書き置きを修道女が預かっていた。
砦でロビーが気絶する前に聞いた内容と手紙に綴られた情報を照合すると、敵は中央軍の要人であると判明したのである。
すなわち。
タガネを目的とした敵の現在地。
それが中央軍の中枢だと推測した。
「ようやく、ここまで来たぜ」
「レインさんのお蔭だ」
「…………」
レインは黙って窓を見上げている。
この数日。
レインの様子は暴走の一言に尽きた。
タガネが誘拐されたと知るや第一砦の人間を虐殺し、捕食した魔素を養分として、魔剣内部の『人格』の成長が促進された。
それによって外観も変わり。
中身の人格さえにも変化をきたした。
幼い女児だった姿が、今や大人の片鱗を見せるほどの外見年齢に成長している。
それから。
暴走は収まらないので、剣鬼隊はこの鎮静の為にもタガネを追った。レインを御せるのはタガネのみ、放置していればヴリトラの再臨である。
そして。
遂に敵影とタガネを捉えた。
レインの魔力感知と情報を頼りに辿り着いた場所で、いま防壁付近の平屋の一つを占拠し、現在に至る。
ジルが嘆息した。
「生きた心地しねぇ」
「ですね」
「姫さ――レインがおっかねぇもんな」
ジルとロビーは。
そっとレインを流し目で見る。
「タガネは渡さない。レインのもの、レインの家族、絶対、絶対…………」
独り言が絶えない。
この状態で彼女に目をつけ、馴れ馴れしく触れた与太者が全身の魔素を一瞬で失って昏倒した。一命は取り留めたが、もはや誰の目にも我が身のことのように思えてしまう。
今や剣鬼隊一同が恐れ戦く存在である。
剣鬼隊というより、レイン隊だった。
「それより」
「敵の正体が中央軍とはな」
「どうしたんですか?」
「いや……」
ジルは口を噤んで黙考する。
ナハトの飼い主を最初に見たのは東軍の街。
話では北軍の孤児院の御用達。
最後に南軍の第一砦。
目的から身分まで、その本性がまるで判らなかった。そもそも、中央軍自体は南軍のように穏健派、北軍のように戦争推進派などと志を標榜せず、何処よりも謎に満ちていた。
本格的な侵略もせず。
まるで戦争を俯瞰するようだった。
「もしかすると」
「…………?」
「いや、何でもねぇや」
ジルは思考を止めた。
一つの解答を導き出したが、それは荒唐無稽でありえない。
何せ。
この連合国全体で激しい戦が頻発している。
それが全て。
中央軍が裏で関与している、なんて……。




