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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」南端
160/1102

10



 広間から離れた通路で。

 侍女服の護衛が血溜まりの中に沈む。

 剣鬼隊三人とロビーは、赤い詰襟服の男に詰め寄った。

 侍女服は訓練を(ほどこ)されているのか、存外戦闘に心得のあり、交戦は長引いて全員を倒すまでに長い時間を要した

 ロビーの活躍する場面はなかったが、あとはナハトと標的の男のみである。

 今や。

 男を壁際に追いやって包囲していた。

 ロビーは前に進み出て、ナハトに手を差し出す。

「ナハトさん」

「…………」

「その男は終わりです」

 ナハトの瞳が困惑の色を浮かべる。

 男とロビーの手を視線で往来し、指先は求める先への躊躇(ためら)いで震えた。心はすでに傾いているが、恐怖で律する部分との軋轢を生んでいる。

 それが表情にもありありとうかがえる。

「ナハトさん、帰ってきて」

「………」

「僕らは待ってます!ナハトさんがいてこその剣鬼隊なんです」

「…………それは、私の職能上で役立っているだけで」

「違います」

 否とロビーが断じる。

 能力の有無ではない、そう告げた。

「ここに侵入したときです」

「…………?」

「情報と異なる警備態勢や奇襲を受けて、ナハトさんに裏切られたと剣鬼隊の誰もが感じました」

「……はい」

 ナハトは顔を伏せた。

 裏切った仲間からにこれから非難されると覚悟して、それでも正視(せいし)に堪え難く、ぐっと瞼をきつく閉じる。

「みんな、辛そうでした」

「………そうですか」

「戦いの最中も少し暗かったです。タガネさんも、当然のことだと判断して」

「………ご、ごめんな――」

「でも、誰もナハトさんを批難する声は上げませんでした」

「え…………?」

 むず痒さに。

 ロビーは頬を指で掻く。

「敵の術中で慌てていたのもありますが」

「……………」

「今でもみんなは待ってます」

「そんな」

「この手が、証です」

 ロビーが更に前に手を出す。

「僕は誰よりも弱く、まだ助けられてばかりです」

「…………」

「知ってますか。僕の短剣の投擲法は、ナハトさんから学んだんです」

「は」

 ナハトが思わず目を見開く。

 ロビーが陰ながら努力していたのは剣鬼隊の中では知られている。

 仲間の精神面や経済面をやり繰りするだけでなく、自身の戦力的な問題にも目を逸らさない少年の姿を、いつしか全員が見守るという暗黙の了解が成立していたのだ。

 その見本がナハト。

 ナハトも実戦は少ない。

 ロビーの前でそういった芸当を披露した機会も指折りで数える程度である。

 それを目指して。

「元々、投擲用の短剣を装備していたのもありますし、周りが長剣ばかりだったのも」

「は、はい」

「それで、僕よりも若くて小さいのに頑張ってるナハトさんは、目標でもありました」

「……………」

「だからナハトさんは僕にとって仲間であり、これからも目指すべき見本なんです」

 ナハトの視線は、彼の土汚れた掌に集中した。

 剣鬼隊という居場所。

 人質で脅迫する主人。

 主人のお蔭で自分が今も大切に想う孤児院が存立しているが、同時に対価として後ろ暗い仕事を強要されている。

 それが常態化(じょうたいか)し、恐怖もまた心の奥深くに沈殿した。

 いざ刃向かうとなれば。

 深層にあった恐怖心が噛み付く。

 ナハトは、それを振りほどけなかった。

 具体的な案は出さず、だがタガネには主人を喪失した後の孤児院の進退に一計(いっけい)を案じている。

 後顧(こうこ)の憂いが無いのなら。

 ロビーの手を取って離反する。

 それで全てが報われる。

 こんなにも自分を想う仲間がいた。

 この卑劣漢(ひれつかん)の奴隷に身をやつしてきた日々は無駄ではなかった。

 ナハトの瞳が希望で光を取り戻す。

 そっと。

 ナハトは手を伸ばした。

「茶番はそこまでか?」

 それを誰かの一声が止める。

 ロビーでもない。

 剣鬼隊三名でもない。

 ましてや、やり取りを静観(せいかん)していた詰襟服の男でもない。

 通路の奥から発せられたものだった。

 男が手を叩いて笑う。

「遅いじゃないか、将軍様ぁ」

「いや、定刻通りだ」

 ロビーたちの視線が巡る。

 通路の奥に、甲冑を着た青年が立っていた。

 片手には、三尺以上に及ぶ長剣を提げている。剣身が仄かに金色に明滅していた。

 ナハトの顔から血の気が引いた。

 剣鬼隊三名も身構える。

 青年が剣を高く振りかざして。

「ロビー、避けて!!」

「えっ」

 ナハトの悲鳴じみた警告。

 その声を搔き消す一陣(いちじん)の風が吹き抜けた。

 ロビーの前髪を風がなぶり。

 その瞬間に、横から誰かの手に突き飛ばされて壁に激突する。

 遠くから青年が振るった剣より放たれた風。壁面に強打した肩をさすり、ロビーは何事かを察する前に、足下で鳴る水音に下を見た。

 足元に。

 血溜まりと白い右手が落ちている。

 前腕半ばからぷっつりと途絶えた腕を伸ばすナハトが立っていた。

 次いで後ろで床に三人が倒れる。胴を両断されていた。

 男一人が無事に笑っていた。

「ははっ、さすがだねぇ」

「貴様こそ予定と違うぞ」

 将軍と呼ばれた青年が男のそばに立つ。

 ナハトはその場に崩れ落ちた。

 ロビーが慌てて床から抱き上げる。

 腕の部分を包帯で締め上げて、止血処理をした。

 その横で、二人は会話を続けている。

「それで、首尾はどうかなぁ?」

「剣鬼は捕らえた。宛てがった二名は戦死したが、あとは貴様を引き上げるだけだ」

 ロビーは耳を疑った。

 剣鬼が――タガネが捕らえられた。

 やはり、あの二人がそれほどの猛者だったのか。相討ちとなったと聞くと、よほどの修羅場だったと察せられる。

 そして。

「ナハト、行くぞぅ」

「……………」

「私と来れば、その少年は見逃そう」

「………はい」

「ちょ、ナハトさ――」

 ナハトは立ち上がる。

 ロビーが腕をつかもうとして、首筋に軽く手刀(しゅとう)が落とされた。呆気なく、意識が途絶して床に倒れ伏せる。

 ナハトは彼から視線を外し。

 男の隣へと戻った。

「いい子だ」

「何をしている、早くしろ」

 青年が二人を急かす。

 男が歩み出し、ナハトはその一歩後ろに控えて()く。

 幾度も振り返りながら、ロビーたちを残してその場を去った。



 数刻の後に南軍第一砦は陥落した。

 この武功を挙げた剣鬼隊の犠牲者は、わずか四名。部隊としては数に何ら痛手はなくとも、その象徴たる剣鬼が凱旋の際に不在だった。

 北軍は即座に南軍の本土侵略を開始する。

 両軍の戦力は拮抗し、連合国で最も激しい戦端が開かれた。

 ただ。

 その渦中に、剣鬼隊の姿はなかった。







ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。


遂に、次章で七話も終局です。ようやく、タグの『ざまぁ』が果たせそうです。

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