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広間に雪崩れ込んだ敵勢力。
砦に擁する勢力の半数以上が押し寄せ、迎え撃つ剣鬼隊九名との戦況は激化していた。優勢であるのは無論、数の利を手にしている砦の兵士たちである。
幾人目か。
ジルは槌鉾で血の海に沈めて息をつく。
討てども、討てども。
数の勢いが減退することはない。
剣鬼隊の気迫に圧されて数の暴力が容易に通じないと理解し、踏み込む機を見計らって立ち尽くす者が多くなった。
勢いの止まった敵兵を見回して。
ジルは肩の矢を抜き取る。
「上階はどうなってんだ」
「頭、今の内に上に行くか?」
「…………ロビー達に加勢しに行くぞ」
「でも、敵兵は……」
まだ敵の数は多い。
ロビー達の下に行っても追撃は絶えず、また乱戦へと戻るだけだ。ジルにとって、これ以上の疲弊などの損耗は避けたい。
能うならここで敵を全滅させたい。
しかし。
その前に、さしもの剣鬼隊でも倒れる。
タガネもまだ来ていない。
ただここで手を拱いている場合でもなかった。数名を寄越したが、首級の護衛と対峙したロビーたちにも不安がある。
是が非でも。
切り抜けたかった。
「どうすりゃ……」
「――レイン、出る」
レインが前に出た。
剣鬼隊の中から現れた幼い少女。
怯懦もなく、興奮もない。
静かに進み出た小さな体の放つ異質な存在感に注視が募る。今まで、剣鬼隊でさえ誰も気に留めていなかったほどに気配を消していた。
レインが広間の中央に立つ。
たったそれだけ。
その行動に、誰もが息を呑む。
レインが誰かを指差す。
「だめなぴかぴか」
「あれもぴかぴか」
「これも」
「それも」
「全部、だめ」
小さな口から。
複数の異音で声を輻輳させる。
レインの右腕の表皮が白くなる。網目のように鱗が浮かび上がった。虹彩が金色になり、瞳孔が紡錘形に変化する。
その場の一同は動かずに凝視した。
レインが腕を前に伸ばす。
その手首から先が、蛇の頭に変貌した。
「食べる前に……」
「れ、レインちゃん?」
「いただきます」
食前の礼。
その言葉を発した後、顎を大きく開いた蛇の頭が巨大化し、広間に集合した敵兵の一部と、その背面にあった壁を丸呑みにした。
消えた兵士たちと壁。
瞬間、広間の全員が恐怖する。
レインが別方向を見た。
「次、そっち」
「マジかよ」
レインの片腕が変形した。
別方向の兵士が悲鳴を上げる間もなく、ふたたび消えた。方向転換し、壁に沿って並んでいた別の兵士を丸呑みにしていく。
胴の部分からまた別の頭が出現し、通路の奥に控えている後続部隊も襲った。
剣鬼隊は立ち尽くした。
「こ、これ……は?」
「ヴリトラ……」
戦々恐々とする一同の前で。
広間から敵兵がすべて姿を消した。
巨大な蛇のたちがレインの体へと引き戻され、彼女が振り向いた挙止だけで思わず反射的に身構える。
レインは上階を指した。
「つぎ、行く」
「お、おう!」
ジルがレインを肩に担ぎ上げた。
階段を駆け上がる彼に、剣鬼隊がおずおずと追従する。
ジルの肩の上で。
「……タガネ?」
レインがある方向に視線を向けた。
その瞳はまだ、金色だった。




