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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」南端
157/1102



 烈しく交わる剣と鍬。

 地下倉庫で異色の剣戟を繰り広げられた。

 鍬で下から掬い上げる。

 顔を上げたタガネの顎の下を薙ぎ払った。回避されたと悟って一旋させ、怒濤の勢いで次々と叩き込む。

 床を削り、柱を(えぐ)り、空を裂く。

 鍬の先端は、耘るようにタガネの命を刈り取ることに躊躇が無かった。鍬を駆るヒバチは常に回って多方向から暴風を吹かせる台風と化していた。

 それでも怯まない。

 鍬が剣によって弾かれた。

 支柱の間で閃光が入り乱れる。寸秒の間に剣と鍬が激突を繰り返し、二人の周囲ではいちどきに複数箇所で火花がはぜた。

 拮抗していた凶刃の交換。

 しかし、タガネの剣が一段上回った。

 鍬が甲高い音を打ち鳴らして弾かれる。

 ヒバチの上体が浮いた。

(ヤワ)な回転だな」

「ぬぉ!?」

 タガネが鬼の相で剣を振り下ろす。

 ヒバチが薙刀の長柄を上に掲げて受け止めた。万力のごとき剣圧に、柄が内側から悲鳴の軋りを上げる。

 防御されて。

 次手に転ずるかと思われた。

 しかし、タガネの手は止まらない。より強い力で押し潰そうと一歩前に進む。ヒバチの足がそのぶん後退した。

 武器越しに視線が交じる。

 銀の瞳は、理性の光を失っていた。

 鬼気迫る相貌は、直視するのも(はばか)られるほど強い威圧感を放つ。肉体と精神の両面に仮借(かしゃく)ない重圧がかかる。

 ヒバチの足が床に沈み込んだ。

 人の域を脱した膂力だった。

「ぬッ………おお!」

 渾身の力を発揮し。

 ヒバチは長柄で剣を押し返した。

 弾かれたタガネが蹈鞴を踏んで後退る。

 そこへ、間髪入れずに後方へ回り込んだツバキが飛鏢(ひひょう)を投擲する。

 完全なる死角。

 肩や膝を狙う正確な連投(れんとう)だった。

 タガネがもう一本の長剣を抜く。

 銀の眼差しはヒバチを見据えたまま。

「な……!?」

莫迦(ばか)な」

 タガネは一瞥もせず。

 後ろ手で回旋させた長剣により、飛来する飛鏢を弾く。その後、即座にそれを逆手持ちにして床を蹴り、ヒバチの胴めがけて一閃する。

 刃先は服の襟をわずかに掠めた。

 飛び退いたヒバチが戦慄する。

 あと寸陰の間でも遅れていたなら、危うく()を撒き散らしていた。この短い手合わせの最中で、剣速が際限なく増している。

 これを処せるのも時間の問題か。

 そう危惧して。

「ぐはっ!?」

 タガネの突き出された足の裏。

 ヒバチの胴を踏み、支柱へと叩き付ける。

 背を強打し、小さな苦鳴が漏れた。

 すぐ追撃が来る!

 身構えたヒバチに――鬼が背を向けていた。

 先刻の蹴りは踏み込み。

 ヒバチの胴を蹴って、後ろへと反転したのだ。身を低くし、俊敏にツバキを間合いに収めんと()せる。

 阻止せんとヒバチも飛び出した。

 その直後、タガネが床に落ちた先刻の飛鏢を踵で蹴り上げる。その離れ技に(おのの)き、飛来した飛鏢に足首を貫かれて転倒した。

「こんなことが……!」

「そこで見てな」

 タガネは止まらない。

 ツバキは指間にはさむ四本の飛鏢を投じる。

 ただ。

 どれも命中する一寸前で弾かれた。

「くッ……!」

「飛び道具だけか?」

 鬼の歯牙がツバキに迫る。

 タガネが踏み込む。

 後ろに剣を引き絞り、瞬間で狙いを定める。

 ツバキは後ろに上体を反らしながら跳ぶ。その黒頭巾を追いすがるタガネの紫電が断ち割り、中から亜麻色の長髪が溢れる。

 はらりと落ちる頭巾。

 その上を、背転倒立(はいてんとうりつ)でツバキは後ろに逃げた。

 タガネは惑わずに追走した。

 しかし、ツバキは自身以上に敏捷であり、距離はぐんぐんと離れていく。捕らえるのは不可能と悟って、片手の長剣を投げ放った。

 真っ直ぐ投じられた剣先。

 それは虚空を(つんざ)いて支柱に刺さる。

 ツバキが消えた!

 そう思って、頭上から血の滴が落ちるのを見咎(みとが)めて、天井を振り仰いだ。

 天井付近の高さ。

 ツバキが支柱に短刀を突き立てて静止していた。

 頭巾から暴かれた人相には縦一筋の傷があり、迸った流血で半面は赤く濡れていた。

 血の滴が床に斑点(はんてん)を作る。

「何と凶暴な剣……!」

「逃がさんよ」

 タガネは支柱に向かって駆ける。

 先刻投げた自身の長剣の柄に飛び乗った。体重で僅かにしなる。その反発力が限界まで高まった瞬間にそれを利用して直上に跳躍する。

 ツバキは壁を蹴って避ける。

 しかし。

「遅い」

 タガネの剣が宙に銀の残光を刻む。

 その間で血飛沫が上がった。

 両脚を失ったツバキが地面に叩きつけられる。

 そこへ――。

「まず一つ」

「ぎぃっ!?」

 着地すると同時に。

 倒れるツバキの脳天に剣を突き立てた。

 剣先が頭蓋(あたま)を貫通して床に達する。脳を裂かれた感覚に短い奇声を上げて、しばし痙攣してから静かに息絶えた。

 動かないツバキの喉を踏み押さえて頭と支柱の剣を引き抜く。

 一人を仕留めたその足で。

 残るヒバチへ悠々と歩み寄った。

「……最後は、おまえか」

「怒りで底力が叩き上げられたか……!」

 戦闘の直前まで。

 タガネは格下のはずだった。

 それは強者間でしか伝わらない感覚であり、戦う前に相手の実力のほどをある程度だが察知できる。

 自他共に、二人が優勢だと認識されていた。

 剣鬼が怒りに身を(ゆだ)ねるまでは。

「そなたの母は戦闘に心得なき非力な女」

「踊り子だったしな」

「なのに、なぜそなたは強い」

「キリサキの血なんだろ?」

 ヒバチは鍬を支えに立つ。

 もう片足は機能しないが、一本だけでタガネ相手には立ち回れない。まだ剣鬼の気迫、怒りは全く衰える様子を見せなかった。

 少しずつ距離が縮まる。

「見逃してやるよ」

「………何?」

 タガネが鞘に剣を収めた。

 慮外の一言にヒバチは固まる。

 まだ銀の瞳は怒りに炯々と輝いているが、それを必死に理性で抑圧していた。その心中の葛藤がありありと窺えて、ヒバチは恐る恐るその場に腰を下ろす。

 余計な刺激で、その怒りは再燃する。

 努めて慎重にたずねた。

「なんのつもりだ?」

「このまま、おまえさんらを殺してもいい」

「…………」

「たが、また()()を出されても困るんでね。今は他に急用もあるし」

「……なるほど」

「キリサキが何を企もうが、帰る気は無い。二度と、俺の耳に名が届かねぇ範疇で生きろ」

「…………」

「そう伝えな」

 タガネが低い声で告げる。

 それは言外に、これ以上の戦闘を望むなら過たず殺すと含んでいる。ツバキの死、そしてヒバチの敗北を脅迫材料に切咲家を制する心算だ。

 たしかに、もう勝機は無い。

 ツバキの死体を斜視して。

「……承知した」

「賢明だな」

 タガネは彼を無視して階段を上がる。

 その後ろ姿に。

「十日後の連合国北部の要塞」

「………?」

「そこで、姫様が待っている」

「だから、どうした」

「彼女は待っている」

「行かんよ」

 タガネは拒絶し。

 段差を踏みしめて仲間の気配を追った。





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