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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」南端
154/1102



 水道の闇を圧倒した光が消える。

 蒸気がそこかしこで煙り立ち、視界を塞ぐ。

 一瞬の出来事だった。

 先刻の現象は何だったのか。

 剣鬼隊は魔剣を提げた先頭のタガネに目を向ける。その体から、時折だが小さく弾ける音を鳴らして火花が散っていた。

 その場に膝を屈する。

 ジルが慌ててその体を支えた。

「おい、剣鬼……今のは?」

「電撃、だ」

 タガネは足元の水を見遣る。

 閉塞的な空間を満たす水が鍵となった。水を媒体にして剣鬼隊を一網打尽にするなら、その策が思い浮かぶ。

 濁水であるほど電流を伝導し易いので、元から土埃や寄生した齧歯類(げっしるい)などの糞で汚れた地下水道は好適である。

 魔法による仕業と見て。

 魔剣を突き立てて襲い来る力を吸収した。

 水中を迸った魔力は、予想に(たが)わず剣身に吸収されたものの、何人もの魔法使いを投じて放たれたのか存外強力であり、僅かながらレインの食欲(きゅうしゅう)を凌駕した。

 削がれた電撃は剣を駆るタガネに伝わる。

 体中が痺れていた。

「くッ……面倒な」

「大丈夫か、剣鬼…………うっ!?」

 ジルが口元を押さえた。

 タガネも顔をしかめて口を手で覆う。

 空気が淀んでいる、いや、呼吸をするほどに頭痛や目眩(めまい)がした。その症状は剣鬼隊の面々にも見受けられ、それぞれが苦悶している。

 これは。

「空気が……()()!」

「それ、どういう……!」

「次が来る!」

 タガネは魔剣にすがって立つ。

 空気が濃い――この現象は、火山の(ふもと)などである現象だった。旅をしている最中、絶景と噂される火山を見に足を運んだ際、その麓で同じ感覚を味わった。

 地中から噴き出し、熱された水が蒸気として分解する中、その周辺は大気中に毒素が含まれると観光案内人が説明している。それは引火性が高く、近辺で熾火などをすれば大爆発を招く。

 それを()って。

 現状との類似性にタガネは感付いた。

 前後の道を(かす)ませる蒸気、これは火山麓で見た物と少し異なるが同質である。

 水の中に、異物があったのだ。

 それが電圧で分解され、毒素として空気中に瀰漫(びまん)している。

 敵の次手が読めた!

 タガネは魔剣の柄を強くにぎる。

「次も頼む、レイン!」

『次は、ぜんぶ食べる』

 レインが覚悟を決める。

 すると。

 想定した通り、通路の奥から火炎の奔流が押し寄せた。魔剣が水色に微光し、前方に薄い半透明をした円形の膜を生成する。

 炎の先端が激突した。

 膜に触れた部分から熱風に分解され、後ろへと過ぎていく。肌を焦がす熱に堪えて、風圧に浚われそうな体に鞭を打って踏ん張った。

 十を数えるほどの時間。

 猛烈な火の攻撃が途絶えた。

 今度こそタガネは膝を突く。

「げほっ、げほっ」

「大丈夫か、剣鬼」

「早く砦に向かうぞ……」

「たしかに……何なんだこれ」

「奇策に次ぐ奇策だな」

 ジルの手を借りて。

 タガネは蹌踉(よろ)めきながら立ち上がる。

 ジルが再び龕灯を点けようとするのを止めた。

「無闇に火をつけるな」

「あ、そうか」

「また炎に炙られちまう」

 タガネは火傷した指先を舐めた。

 直にレインの力で治癒する。

 その痛みだけが気付(きつ)けとなっていた。疼く指先の感覚を噛み締めて進む。

 剣鬼隊は口を手で覆い、蒸気の中を歩んだ。

 レインが吸収した魔素を、タガネの自然治癒力の強化に巡らせる。体の痺れが緩和され、指先の痛みと覚束なかった足に力が戻った。

 地図に従って。

 しばらく歩き続ける。

 時間と距離を測る龕灯の(ろう)が封じられた今、歩数で数えるしかなかった。

 ジルが眉をつり上げた。

「なあ、おい」

「どうした」

「ここ、さっき通らなかったか?」

「…………」

「まさか、敵の仕業か」

 その発言に。

 一同が周囲をあらためた。

 長く暗中を通っているし、加えて地下水道は何処を見てもほとんどが同じに見えるほどに殺風景である。同じ所を巡っていると言われても共感しかねた。

 ただ。

 それを戯言とせず注進として受け取り、タガネは状況を分析する。

「たしか、聞いたことがある」

「あ?」

「魔法には催眠とかいう、相手の五識(ごしき)に訴える術があるとか」

「……そんなのあるのか?」

「あるよ」

 タガネが先の闇を睨む。

 魔法を扱う暗殺者の常套手段として認知していた。他にも、初夏の山中に再会したベルソートから簡潔な説明も受けている。

 催眠(さいみん)

 相手に自身の魔素を流し込み、その五感を鈍らせたり、操ることが可能。例として相手の魔素の流れを速くして興奮させたりさせる。

 そして。

 その使い方には直接()()()こと。

 まずは自身を相手に認知させるのが絶対条件。そこから、魔力の流し方は相手に特定の仕草を見せる、皮膚に触れる、それと――。

 タガネは魔剣の柄を撫でた。

『足の下』

 短い一言が示す。

 タガネは足元を手で探った。

 すると、手のひらに収まる小石を拾う。

 表面などを観察すると、そこに奇妙な模様が描かれていた。

術式(マーティレット)だ」

「何だそれ」

「形は何でもいいが、とにかく物体と自分に(つながり)を作る。後は、それが媒体となって魔力さえ供給すれば持続的に効果を発する」

「それってつまり」

「設置された催眠だ」

 タガネは石を上に軽く放る。

 宙に投げられたそれを、抜剣したかすら判らない速度で、タガネの長剣が切り裂いた。

 剣鬼隊が驚いて声を上げる。

 石が破壊されて破片が落ちると、地下水道の景色が歪んだ。

 正面に伸びていた道が右手に移動し、何もなかった左に道が開かれる。

「ジルの感覚が正しい」

「やはりな、がはは!」

「そして」

 タガネが後ろを振り返る。

 その挙止(きょし)を見取ったロビーが最前列まで移動すると、肩にかけた袈裟のベルトの小型ナイフを手にする。

 ゆっくりと振りかぶって。

 新たに出現した――否、隠されていた道の壁面に向かって投擲する。

 鋭く飛んだ刃が壁を蹴る。

 刹那の火花が起きて小さく暗闇を照らす。

 一瞬だけ、暗中に人影が浮かんだ。

「伏兵がいるぞ」

「おっしゃ、任せろや!!」

 剣鬼隊はそちらへ飛び込んだ。

 悲鳴が聞こえ、直後に水に血がにじむ。

 ジルが闇の中から、ローブを着た男を引っ張り出した。

「こいつらか」

「恐らく催眠を仕掛けた奴だな」

「そうか」

 ジルが槌鉾(メイス)を振り下ろす。

 ローブの男の頭が歪に(ひし)げる。

「よし、あと少しだ」

 伏兵を仕留めた通路を進む。

 すると、間もなく正面に先方に砦への入口が見えた。

 迫持に格子状の鉄柵を()め込んでいる。奥から光が溢れていた。

 警備らしき気配、罠を起動させた魔法使いの魔力反応も無い。

 訝ってタガネは前に進み出る。

 剣を構えながら鉄柵に寄った。

「タガネさん、下がって!!」

「ッ!?」

 ロビーが警告を発した。

 タガネは驚いて後ろへと飛び退く。

 爪先で蹴った地下水道の底を二本の短剣が叩いた。硬い音を立てて足下を転がる。

 ジルともう一人がタガネの隣に立つ。

「飛び道具は俺が払い落とす」

「了解」

「あいよ!」

「おまえさんらで鉄柵を壊してくれな」

 二人が前に踏み込む。

 槌鉾と戦斧が鉄柵を殴打した。

 鉄柵の根本を固定する輪の金具が破裂したように飛び、柵は中程で折れるように歪んで倒れた。

 そこへ。

「来る!」

 ふたたび短剣が飛来する。

 タガネは剣で一つずつ丁寧に撃墜した。

「さ、いよいよ砦の中だな」

「ナハトの主人もいるといいな」

「それなら助かるな」

 タガネも獰猛な笑みを浮かべる。

 剣鬼隊は、光の中へと飛び込んだ。





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