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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」南端
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 南軍の古城の一室で。

 頬を張る乾いた音が鳴り響いた。

 ナハトが卓上に転倒する。机に並べられた料理たちを盛大に薙ぎ払いながら、その場に倒れ付す。

 赤く腫れた頬を手で押さえた。

 それを冷然と赤い詰襟服の男が見下ろす。

 ナハトを(したたか)打擲(ちょうちゃく)した手を引き戻し、手拭で掌の血をぬぐって微笑む。

 ゆっくりと卓上のナハトの足を掴んだ。

 自身へと引き寄せ、今度は逆側の頬に強烈な平手を見舞う。破裂に似た音とともにナハトの顔が横へ弾けた。

 男の頬に高揚の赤みが兆す。

 それから左右の頬を交互に張る。

 ナハトは避けず、防がずに受け止めた。その激しい暴行に、長髪の(かつら)が取れる。

 どれほど経ったか。

 いつしか男は手を止めていた。

 興奮に息巻いて、赤くなったてのひらを広げてナハトの侍女服の襟元をつかむ。握力を込めて、(ぼたん)も取らず強引に引き裂いた。

 服の裂けた部分から白い肌が覗く。

 露わになった鎖骨を舌で舐め上げた。

 ナハトは不快感に顔を歪める。

「っ…………!」

「ようやく帰ったのに、つれないなぁ」

「申し訳……」

「お前は私の物だ。忘れるな」

「…………はい」

「お前の人形のような部分を気に入っているんだからねぇ」

 ナハトのおとがいを指でなぞる。

 肌の上を愛撫(あいぶ)する男に身動ぎした。

 以前ならば心を殺して堪えられた行為だったのに、今では全身の毛が逆立つような拒否感が湧き上がる。

 どうして…………。

 ナハトの脳裏に人の顔が浮かぶ。

 変わった人柄の剣鬼、怖い物知らずか彼に馴れ馴れしい大男、戦とは無縁そうな臆病者、彼らを筆頭に立つ傭兵たち。

 なぜか。

 今のナハトには何よりも鮮やかに思えた。いつの間にか、任務の都合上で関わっていただけの面子が、心の深部にまで踏み込むほどに繋がっている。

 もう、ただの標的とは形容できなくなっていた。

 彼らに想いを馳せていると。

 男の唇によって、口が(ふさ)がれた。

「…………!」

「ぷはっ。ふふふひぃ」

 男は満悦の相で唇を舐めた。

 ナハトは反射的に睨め上げる。

「何だ、その顔はぁ?」

「あ………」

「生意気になったなぁ」

 髪をつかんで。

 ナハトの顔を持ち上げる。

「私に逆らえば、お前の家も、シスターも……わかるな?」

「……………はい」

「ふふ、流石は私の見込んだ優秀な道具だぁ」

 髪から手を離す。

 男は満足感に浸りながら椅子に座る。

 ナハトからの情報で、剣鬼隊が第一要塞への侵入を画策していることを知り、即座に罠を設置させた。魔剣を所有するタガネだけが回避し、他を排除できる。

 その先にも。

 剣鬼を捕らえる為の罠を幾重も備えてある。

 盤石(ばんじゃく)の態勢だった。

 これで、ようやく。

「あの美しい宝が手に入るのさぁ」

「…………」

「傭兵なんて勿体ない、すぐに私の愛玩物にしてくれるぅ」

 迸る狂気に目を爛々と光らせ。

 男は思い描いた理想と、その実現への確信に酔いしれて哄笑した。

 その背後で。

 ナハトは皿の破片の一つを手にする。

 破損したそれは、鋭利な凶器になっていた。

 尖端を男の背にかざす。

 今ならば、声も上げさせずに息の根を止められる。この男の道具として高めた暗殺の技術なら、たやすく葬れる。

 なのに。

 手の震えが止まらなかった。

 自身を優しく育ててくれた恩人(シスター)の顔が思い浮かんで、その凶行を止めさせる。

 そっと、破片を卓上に戻す。

 腫れた頬の疼痛(とうつう)に堪え、口内にあふれる血を飲みながら、部屋の掃除を始めた。

 男は一顧だにせず。

 悦楽と歓喜に浸って部屋を辞した。

 扉が閉まる音。

 ナハトの皿の破片を拾う手が止まる。

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 謝っても届かない。

 虚しいと判りながら、ひたすら口にする。

 シスターに、剣鬼とその仲間に謝罪した。

「ごめん、なさい……!」

 その目に、涙を浮かべて。





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