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乾いた南部の大地の直下で。
水を蹴る音が響く。
爪先に乗る水圧の重みを噛み締めて前進した。
剣鬼隊は、闇の中を急ぐ。
暗い迫持状となった地下水道の道を辿り、着々と砦の下にまで迫っていた。情報と異なるのは、どうしてか足下が水に浸されていることだけである。
先頭を率いるジル。
その手に携えたか細い龕灯を頼りに進んだ。
行く手に敵影は無い。
ただし、水道の先には常に照明できない部分に闇が蟠る。時折聞こえる自分たちとは異なる水音に全員は肝を冷やし、心の中の忙しない安堵と不安の逆転に堪えた。
最後尾にはタガネ。
剣鬼隊という名の象徴でありながら、その頭目にジルを頂き、自身は後方に控えて背面からの奇襲などに備えている。
その隣にロビーが並ぶ。
一等臆病であり、それが転じて最大の警戒心となっている彼は、誰よりも人の気配に敏感だった。ある意味では、獣の鼻よりも信頼が置かれている。
タガネは後ろを顧みた。
「ロビー」
「何ですか」
「妙だとは思わんか?」
「はい」
タガネは足下の水を睨む。
「雨は降っていないのに」
「水、がありますよね」
「加えて水源は涸れている」
「はい」
不審感が募った。
ナハトの情報と食い違う点がある。
半世紀も前に人の手が離れて久しい地下水道、上を小川が流れているとはいえ、踝を濡らすほどの深みまで今さら潤う理由が怪しい。
水道の構造上、音が反響する。
南軍も剣鬼隊も、彼我の位置を特定できない。
本人に聞きたくも、ナハトは先行して砦に潜入していた。
タガネが状況を分析する最中。
先頭のジルが片手を挙げて後方に合図する。
剣鬼隊が立ち止まった。
「おい、剣鬼」
「何だい」
「そろそろ警備がついてる位置のはずだが」
「…………まさか」
剣鬼隊の間をすり抜け。
タガネは剣を抜いて先頭に躍り出た。
現在地は把握している。
ナハトから教えられ、龕灯の中の蝋燭の溶け具合、使用された本数から時間を逆算して距離を測っていた。
蝋燭の残余は三本ある。
タガネは龕灯を受け取って中を調べた。
通常の長さから中程まで溶解している。
そこから現在地を計算しても…………手薄ながらも二名の警備が目を光らせる位置に到達していた。
砦のすぐそばに来ているはずだ。
ジルは先方を見つめる。
「情報と食い違いがある」
「ナハトが嘘付いてるってのか」
「かもな」
「…………」
「元は俺を捕まえる魂胆で寄越された刺客だ。提供される情報自体は鵜呑みにしてねぇ」
タガネは顔に冷笑を浮かべる。
ここ最近のナハトが伝達する情報に誤りはなかった。ようやく芽生えた仲間意識かとも考えたが、信頼性を確立するための手回しと猜疑心を胸の隅に留めている。
飼い主から奪うまでは、まだ敵である。
その認識だけは改めなかった。
そして。
ナハトが寝返る瞬間が到来したときこそ。
「近くにご主人様がいるな」
「……マジかよ」
「俺を捕まえる準備が完了したわけだ」
タガネは再び足元を見る。
これが陥穽だとするなら、この水は如何にして機能するのか。地下水道という閉塞的な空間、水で浸され、警備らしき敵兵の姿は認められない……。
静かな静思の後。
タガネは魔剣の鞘を払う。
そして剣先を地下水道の底に突き立てた。
「レイン、頼むぞ」
『ん』
「剣鬼、何か判ったのか」
「予定変更だ」
タガネが全員に振り返る。
「取り敢えず騒げ」
「…………は?」
「奴等に位置を知らせろ、早く」
タガネが催促する。
ここまで厳守した隠密を破れ、その指示に剣鬼隊は首を捻りつつ、壁を蹴ったり怒鳴り声を上げた。
前後の地下水道へ、音が駆け抜けた。谺して、闇に溶け込んでいく。
残響すら聞こえなくなる。
わずかに濡れる水面の音だけとなった。
『来る』
レインの一声。
そのとき、地下水道が閃光に満たされた。




