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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」南端
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 乾いた南部の大地の直下で。

 水を蹴る音が響く。

 爪先に乗る水圧の重みを噛み締めて前進した。

 剣鬼隊は、闇の中を急ぐ。

 暗い迫持状となった地下水道の道を辿り、着々と砦の下にまで迫っていた。情報と異なるのは、どうしてか足下が水に浸されていることだけである。

 先頭を率いるジル。

 その手に携えたか細い龕灯(がんどう)を頼りに進んだ。

 行く手に敵影は無い。

 ただし、水道の先には常に照明できない部分に闇が(わだかま)る。時折聞こえる自分たちとは異なる水音に全員は肝を冷やし、心の中の忙しない安堵と不安の逆転に()えた。

 最後尾にはタガネ。

 剣鬼隊という名の象徴でありながら、その頭目にジルを頂き、自身は後方に控えて背面からの奇襲などに備えている。

 その隣にロビーが並ぶ。

 一等臆病であり、それが転じて最大の警戒心となっている彼は、誰よりも人の気配に敏感だった。ある意味では、獣の鼻よりも信頼が置かれている。

 タガネは後ろを(かえり)みた。

「ロビー」

「何ですか」

「妙だとは思わんか?」

「はい」

 タガネは足下(そっか)の水を睨む。

「雨は降っていないのに」

「水、がありますよね」

「加えて水源は涸れている」

「はい」

 不審感が募った。

 ナハトの情報と食い違う点がある。

 半世紀も前に人の手が離れて久しい地下水道、上を小川が流れているとはいえ、(くるぶし)を濡らすほどの深みまで今さら潤う理由が怪しい。

 水道の構造上、音が反響する。

 南軍も剣鬼隊も、彼我の位置を特定できない。

 本人に聞きたくも、ナハトは先行して砦に潜入していた。

 タガネが状況を分析する最中。

 先頭のジルが片手を挙げて後方に合図する。

 剣鬼隊が立ち止まった。

「おい、剣鬼」

「何だい」

「そろそろ警備がついてる位置のはずだが」

「…………まさか」

 剣鬼隊の間をすり抜け。

 タガネは剣を抜いて先頭に躍り出た。

 現在地は把握している。

 ナハトから教えられ、龕灯の中の蝋燭(ろうそく)の溶け具合、使用された本数から時間を逆算して距離を測っていた。

 蝋燭の残余は三本ある。

 タガネは龕灯を受け取って中を調べた。

 通常の長さから中程まで溶解している。

 そこから現在地を計算しても…………手薄ながらも二名の警備が目を光らせる位置に到達していた。

 砦のすぐそばに来ているはずだ。

 ジルは先方を見つめる。

「情報と食い違いがある」

「ナハトが嘘付いてるってのか」

「かもな」

「…………」

「元は俺を捕まえる魂胆で寄越された刺客だ。提供される情報自体は鵜呑みにしてねぇ」

 タガネは顔に冷笑を浮かべる。

 ここ最近のナハトが伝達する情報に誤りはなかった。ようやく芽生えた仲間意識かとも考えたが、信頼性を確立するための手回しと猜疑心を胸の隅に留めている。

 飼い主から奪うまでは、まだ敵である。

 その認識だけは改めなかった。

 そして。

 ナハトが寝返る瞬間が到来したときこそ。

「近くにご主人様がいるな」

「……マジかよ」

「俺を捕まえる準備が完了したわけだ」

 タガネは再び足元を見る。

 これが陥穽(かんせい)だとするなら、この水は如何にして機能するのか。地下水道という閉塞的な空間、水で浸され、警備らしき敵兵の姿は認められない……。

 静かな静思の後。

 タガネは魔剣の鞘を払う。

 そして剣先を地下水道の底に突き立てた。

「レイン、頼むぞ」

『ん』

「剣鬼、何か判ったのか」

「予定変更だ」

 タガネが全員に振り返る。

「取り敢えず騒げ」

「…………は?」

「奴等に位置を知らせろ、早く」

 タガネが催促する。

 ここまで厳守した隠密を破れ、その指示に剣鬼隊は首を捻りつつ、壁を蹴ったり怒鳴り声を上げた。

 前後の地下水道へ、音が駆け抜けた。谺して、闇に溶け込んでいく。

 残響すら聞こえなくなる。

 わずかに濡れる水面の音だけとなった。

『来る』

 レインの一声。

 そのとき、地下水道が閃光に満たされた。






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