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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」西端
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10



 南軍の古城に撤退する。

 その準備が完了し、三人は貴賓室を辞した。

 ベリディール子爵邸の幼い使用人が見送る。

 通路の脇に端然と立ち、横をすれ違う前に腰を折って一礼する。その所作は無駄がなく、流麗で気品があった。

 それでも三人には異質に思えた。

 彼らの瞳は昏く、三人を見ていない。整った所作と相まって、機械仕掛けの人形のような印象が強かった。

 マリアは立ち止まって、一人の前に屈み込んだ。

 同じ高さの目線から。

 まっすぐ子供の顔を見つめる。

「しっかりしてるわね」

「いえ」

「これ、あげるわ」

 荷物の中から。

 袋を一つだけ押し付けるように渡す。

 怪訝に袋を見る使用人に、マリアはうなずく。許可を得て中身を(あらた)めた子供の顔が、少しだけ明るくなった。

 マリアは唇の前に指を立てる。

「ご主人様には内緒よ」

「よろしいのですか?」

「皆で分けなさい」

 使用人がふたたび一礼する。

 ただ、前よりも深くふかく頭を下げた。(うなじ)を晒すほどに謝意を示されて、マリアも苦笑する。

 (おもて)を上げるや左右を確認し、駆け足で横を通り過ぎていく。

 ふと。

 そのとき三人は気付いた。

 幼い使用人は、片足を引きずって歩いている。跛行(はこう)する足運びに、フィリアが胸前で両手を組んで瞑目する。

 白い僧衣から光の粒子が空中に舞う。

 宙を彩るそれらは、使用人を追うように群になって移動し、床に引きずられた足を渦となって包み込む。

 驚いた使用人が悲鳴を上げるより先に。

 光が散逸していく。

「何をしたのよ?」

「私からも、お礼ですよ」

 フィリアが微笑む。

 その視線の先で、幼い使用人が驚愕していた。

 動かなかった足で床を踏みしめられる。(かかと)で体重を支え、爪先で床を蹴った。足首はまだぎこちないが回る。

 使用人が振り向く。

 フィリアは手を振って応えた。

 また深々と黙礼(もくれい)し、通路の奥に去っていく。

 三人はそれを見送って。

「やはり、不吉」

「不吉、ですか?」

 使用人が消えた先。

 ミストは険のある眼差しを注いでいる。

 フィリアは組んだ手をほどき、言問(ことと)い顔で彼女を見る。

「アイツ風に言えば、『(きな)臭い』ね」

「何かあるんでしょうか」

「あの使用人たちからしても」

 言葉を切って。

 ミストが通路の前後を確かめる。

 人の有無を確認していた。視覚的には判らずとも、魔力感知も並行して気配を読んでいる。

 人の耳が無いと了解して。

 ミストは小さな声でささやく。

「子供の数が異様です」

「そうね」

「邸を整えるだけなら、それだけの数は不要」

「たしかに、三十……以上はいましたね」

「その上」

 ミストは先刻の使用人を思い出す。

 充分な員数でありながら、満足に歩けない子供を使用人として起用するのは、本来奴隷でなく平民であっても貴族家は使おうとしない。

 食い扶持を与えるのが無駄だからだ。

 それでも。

 あの子供を使役している。

「それに、あの歩き方」

「何よ」

(くびす)の腱と、膝の靭帯も損傷した人間の歩行の特徴がありました」

 フィリアが首肯する。

 魔力で癒やした手応えから、その部位に残る傷も判じられた。

「あれは、どうも怪しい」

「たまたま怪我したんじゃないの?」

「それを放置する?」

「…………」

 ミストの抱く違和感。

 曖昧だった輪郭が、だんだんと嫌悪感として明瞭さを帯び始めていた。その感情の矛先は、言わずもがなベリディール子爵である。

 子供を多く使用人に採用した邸の態勢。

 その時点でも、かなりの酔狂に相違ない。

 戦争孤児を引き取って仕事を与え、従事する者に糧食を与える優れた人格の持ち主。――そうとも考えられる。

 仮にそうだとしたら。

 あの子供の負傷を看過するだろうか。

 孤児を引き取るほど深い慈しみある者なら、怪我の治療などに手を尽くすまではなくとも、医療費などを工面して診療まで導くはずだ。

 それすらも無い。

 何より、使用人たちの瞳が物語っている。

 一片の希望すら映さない暗さ。

 この生活にまるで生きる喜びを見出していない。だから、先刻の様子は空気を華やがせたようだった。

 これらを鑑みた上で。

 そして怪我の箇所と照合する。

「国を防衛する者だった経験から」

「…………」

「あれは、よく嗜虐の趣向がある人間が他者にある程度の抵抗を許し、且つ逃走を防ぐためにつける傷に似ています」

「つまり、()()()()()()を嗜む者ですね」

「あの子は……」

「『お気に入り』ですね」

 マリアが腕を組んで窓の外を睨む。

 初見から、偏見ではあるが「胡散臭い」という印象があった。敬意も何も裏には無い、体面だけの立ち居振る舞い。

 あの男が……。

 マリアは、はたと顔を上げる。

「もしかして」

「ん?」

「はい?」

 二人がマリアを見た。

「あの男、アイツに貸してるって」

「タガネさんに、ですよね?」

「そういえば……」

 二人もまた。

 マリアが言わんとすることを察した。

 全員が青ざめる。

「子供、一人拉致ったんじゃないの?」

「まさか」

「タガネさんはそんなこと」

 そう言いかけて。

 全員が同時に沈黙していた。

 また、面倒事(やっかいごと)なのだろう。

「懲りる、懲りないの問題じゃないわ」

「病気」

「ひ、人がいいんですよ、きっと!」

 通路の奥からベリディール子爵が顔を出した。

「皆さん、馬車の用意が完了しました」

「え、ええ。すぐ行くわ!」

 マリアは平静を装って。

 ベリディール子爵の方へと歩んでいった。

「ご苦労様」

「いえ。私も城に用事があるので、道中ご一緒させて頂きます」

「え」

 今度こそ取り繕えず。

 三人はそれぞれが本心を顔全面に表して、その同行に渋面を作る。

 子爵はただ、微笑みを浮かべた。






ここまでお付き合い頂き、誠に有り難うございます。

次回から南端、ようやく中央軍との絡みと伏線回収を行います。



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