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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
七話「忘れ敵」西端
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 野営地にタガネが戻った。

 迎えた剣鬼隊は、その着衣に剣で斬られた痕跡と、頬に残った紅葉模様に注視を向けた。

 負傷らしい負傷は特に無い。

 帰った本人が不平顔だったことを除いて。

「何があったんだ、その顔」

 ジルが苦笑して指摘する。

 赤く腫れた部分を目にして、剣鬼隊一同が笑いを堪えているようだった。

 タガネは殊更に顔をしかめる。

「まあ、色々とな」

「まさか、噂の剣姫か」

 タガネは無言でうなずく。

 剣鬼隊には、予めこれから会う人間について話していた。

 剣姫マリアにケティルノース討伐への参戦を要求されると予測しており、その場合の剣鬼隊の動きも指示していた。

 ただし。

 頬を平手で張られる展開までは予想できなかった。

 二人でしばらく互いの知らない数月の間の出来事について話し合っていたところ、クレスが生存しており薬師の娘に懸想していること、他国の国家機密に意図せず抵触してしまった事件について話した。

 マリアについては、自身の武勇伝を語ろうとしていたが、存外興味の湧かなかったタガネは、適当な返事をして平手を見舞われたのである。

 戦闘では一太刀も直撃を許さなかった。

 その慢心が不覚を誘ったか。

 さしものタガネも、不適切な対応だったと省みている。機嫌を損ねたマリアは一方的に砦へと帰って行った。

 頬をさすって。

「それじゃあ、動くか」

「やっぱ、そうなったか」

「おう」

 おもむろに。

 剣鬼隊が荷物をまとめて立ち上がった。

「第一砦を潰しにかかるか」

「北軍に合わせてたら半月に間に合わん」

 タガネは南の方角を見やる。

 ナハトは侍女服の裳裾を手で捲り上げた。

 その中から鍵束を取り出す。

「地下水道の鍵です」

「ご苦労さん」

 受け取って。

 タガネは鍵束を懐中に入れる。

 戦場では、剣鬼隊も主に独断で行動している。撤退命令などには純粋に従うが、北軍の中でも厚遇されている身分とあって、大抵の命令違反――北軍の戦果となる行為に限る――は容認された。

 すなわち。

 これから剣鬼隊が独自で行うこともまた、北軍に背馳(はいち)する物でなければ、大きな報酬が確約される。

 それに加えて、南軍との早期決着が望めた。

 ジルが不満げに空を見る。

「地下水道か〜……」

「涸れてるけどな」

「いや、きっと凄ぇ臭いと思うぜ?」

「それでも楽だ」

 ジルが屈託を漏らす。

 それは剣鬼隊全体の代弁でもあった。

 これから剣鬼隊は第一砦に侵入する。

 ナハトが調査した結果、砦の内部に通じる地下水道があることが判明した。半世紀前まで浄水設備として使用されていたが、水源の移動によって設備もまた不要となり、そのまま放棄されて残った物である。

 水は涸れ、今では鼠や虫の寝床。

 悪臭を予感させるが、しかし第一砦の内部まで直接侵入可能な通路となっている。

「警備体制は?」

「通路の各所に二名ずつ」

「なら突破できる」

 ジルが片眉をつり上げる。

「剣姫たちがいるのにか」

「あの三人は、南軍の基地に戻るんだと」

「何で?」

「俺の引揚げに失敗したんでな」

「ああ、なるほどな」

 南軍とは結託していない。

 連合国からタガネを連れ戻せないと判断した以上、諦めなかったとしても、この国境に滞在する必要は無くなる。第一砦の戦力は三人を失って著しく低下する。

「南軍が落ちれば」

「他国も手を引いて中央軍を倒しやすくなる」

 その展望に。

 剣鬼隊の全員の顔は明るかった。

 しかし、タガネだけは愁眉を開かず、南の空を睨め上げている。魔剣から発せられる反応が以前よりも強くなっていた。

 彼女との会話を経て、もう既に苦手意識から来る悪寒は消えていたが、まだもう一つタガネを刺激する感覚は途絶えていない。

 生存本能が鳴らす警鐘だった。

 圧倒的な脅威の気配が残っている。

 魔剣もそれに感応していた。

「途中で出会(でくわ)さなきゃ良いが」

 物憂く眼差しの先で。

 上空に厚い暗雲が立ち込めていた。






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